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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
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その百四

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 様々な事があった大学生活も、もうすぐ夏休みに入る。


 そしてその前に待ち受けるのが、最初の難関の前期試験だ。


 でも、あまり心配していない。


 高校の頃の僕は、自分でも情けなくなるほど気弱で優柔不断だったが、今は違う。


 たくさんの人達と共に頑張って来た一年が、僕を強くしたのだ。


 だから大丈夫。


 そう、キャンパスライフはね。


 それより心配な事がある。


 先週、僕の姉は、婚約者の力丸憲太郎さんのご両親と会食した。


 何も聞かされていなかった姉は、寿命が縮んだと思うくらい緊張したらしい。


 憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さん。


 決して、威圧的でもなく、怖い訳でもないのだけれど、存在感抜群。


 その沙久弥さんの百倍のお母さん。


 一体どんな人なのだろう?


 沙久弥さんの百倍なら、すでに「神の域」ではないかと思ってしまう。


 姑息な姉は、そんなお母さんとの会食に僕を巻き込んだ。


 そして、僕も彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんを巻き込んだ。


「ごめん、亜希ちゃん。勝手に参加を決めてしまって」


 僕は大学への通学途中の電車の中で、亜希ちゃんに詫びた。


「別に気にしないで、武君。沙久弥さんのご両親なら、いずれはお会いしなければならないのだから」


 亜希ちゃんは笑顔で僕を許してくれた。ああ、本当に僕の女神様だ。


「でも、ドキドキするね。どんな方なのかな?」


 亜希ちゃんは楽しそうに言う。さすが、都坂家のお嬢様。


 亜希ちゃんは違うと言っていたけど、本当は貴族の家柄なんだと思う。


 確かに、あの沙久弥さんのお母さんなのだから、物凄い美人だろう。


 そして、圧倒的なオーラを身にまとっていると思う。


 ああ、段々、怖くなって来た。姉の気持ちがよくわかる。


 だって、僕は亜希ちゃんのお父さんに会うのでも、あれだけ緊張したんだから。


 昔からよく顔を合わせていて、知らない仲でもないのに。


「そ、そだね」


 いけない。昔の僕になりそうだ。あの当時の口癖が出てしまった。


「武君がそんなに怖がる事ないと思うよ。メインゲストは美鈴さんなんでしょ? 武君や私は、美鈴さんの付添人なんだから」


 亜希ちゃんのその論理的な解釈に僕は心底救われた気がした。


 その通りだ。主役じゃないのだから、僕がそんなにしゃちほこる事はないのだ。


「ありがとう、亜希ちゃん。さすが、僕の女神様」


 僕は思わずそう口にしてしまった。亜希ちゃんの顔が見る見る赤くなる。


「や、やだ、武君、それは言い過ぎよ」


 照れる亜希ちゃんも可愛い。


「そんな事ないよ。本当に亜希ちゃんは僕の女神様だよ」


「……」


 亜希ちゃんは赤い顔を俯かせて、黙り込んでしまった。


 まずい。調子に乗り過ぎたか?


 やがて電車は降りる駅に到着した。


「武君!」


 亜希ちゃんはドアが開くと同時に僕の手を掴み、ホームを走り出す。


「え、え?」


 かつての速さは衰えたものの、まだまだ亜希ちゃんの脚力は凄まじい。僕は何度も転がりそうになりながら走った。


 亜希ちゃんは僕を階段の陰に引っ張り込む。


「じゃあ、女神様からのご褒美」


「え?」


 うお! この人が行き交うホームで、亜希ちゃんは僕にキスして来た。


「どうですか?」


 亜希ちゃんは微笑んで尋ねる。


「最高です、女神様」


 僕は恍惚として答えた。亜希ちゃんはクスッと笑い、


「じゃ、行こうか、武君」


と歩き出した。


 時々思うんだけど、女の子ってみんな、こんな風に切り替えが早いのかなあ。


 僕はまだドキドキしているのに。


 


 その日は、外国語の授業がなかったので、丹木葉にぎは泰史やすし君とは話をしなかった。


 もちろん、他の講義で見かけて、会釈はしたけど。


 取り敢えず、丹木葉君は元気なようで安心した。


 でも違っていたんだ。それは僕の思い込みだった。


 


 講義が終わり、亜希ちゃんが席を外した時、丹木葉君が近づいて来た。


「やあ」


 僕は笑顔で彼に応じた。すると丹木葉君は、


「今日、音子に言われた。『私につきまとわないで』って」


「え?」


 どういう事? 何で? いや、と言うか、何故そんな話を僕にするの?


「僕は音子につきまとっているつもりはないのに……」


 丹木葉君の目に涙が浮かんでいる。


「どうしてそんな事を言うのか、理由を訊いたんだ」


 僕はますます話の行方がわからなくなる。


「『貴方とは高校の同級生ってだけで、彼でも何でもないから』って言われた……」


「ええ?」


 音子というのは、先日偶然が重なって、話をする機会ができたたちばな音子おとこさんの事だ。


 橘さんは、そんな事を言う人に見えない。かと言って、丹木葉君が嘘を吐いているとも思えない。


「どうすればいいんだろう?」


 丹木葉君は真剣な眼差しで質問して来た。


 訊く相手を間違えてるよ。僕はそんな難題を解決できる技量はないから。


 でも、そんな事を丹木葉君に言えない。


「僕が橘さんに訊いてみようか?」


 そう言うしかなかった気がする。


「ありがとう、磐神君。そうしてくれると、助かるよ」


 丹木葉君は嬉しそうに言った。


 結局、僕はそんなお役目を抱えてしまった。


 丹木葉君が去ったところに亜希ちゃんが戻って来た。


「どうしたの、丹木葉君? 武君に相談事?」


 僕は亜希ちゃんに経緯を話した。


「フーン。橘さん、まだ若井さんを諦めていないのかもね」


 亜希ちゃんは歩き去る丹木葉君の後ろ姿を見て言った。


 若井わかいたける君かあ。今はあの長石ながいし姫子きこさんと付き合っているんだよな。


「武君もお人好しね。また騒動にならないといいけど」


 亜希ちゃんは呆れ気味に溜息を吐く。僕は思わず苦笑いして、頭を掻いた。


 


 そして、その日の講義は終了し、僕は亜希ちゃんと駅で別れ、バイトに行った。


 そして見てしまった。


 若井君が長石さんと歩いているのをずっと後ろから見つめている橘さんの姿を。


 何だか、怖くなって来た。


 


 バイトも終わり、家に帰った。


 玄関に入ると、妙にニコニコした姉が迎えてくれた。


「たっけくーん」


 一応メールで、亜希ちゃんの承諾を得た事は伝えてあったので、多分その事に関してだろうと思った。


「何、姉ちゃん?」


 それでも、いつも何か仕掛けて来る姉には気を許せない。


「今度の食事会、武と亜希ちゃんを紹介する会になったから。メインはあんたらね」


「えええ!?」


 腰が抜けそうになった。そして、ガックリと項垂れる。


「大丈夫。姉ちゃんがついてるから」


 ガハハと笑う姉。


 何で立場が入れ替わったの?


 どうしよう?

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