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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
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その百二

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 先日、僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと同じ外国語クラスのたちばな音子おとこさんを送ってあげた。


 たまたまバイト先のコンビニの近くに住んでいるらしく、僕がそこで働いている事を、僕と同じ外国語クラスの長石ながいし姫子ひめこさんと、長石さんの幼馴染で、亜希ちゃんと同じ外国語クラスの若井わかいたける君に話してしまった事を詫びられた。


 確かに、それがきっかけで僕は若井君に殴られたのかも知れないけど、橘さんは何も悪くない。


 詫びなくてもいい事だと思った。


 でも、橘さんて、本当にいい人だなあ。


 あ、亜希ちゃんに睨まれそうだ。


 


 そして、今日は父の日。


 今までは、仏壇に父の大好物だったおまんじゅうをお供えし、お墓参りもしていた。


 僕達の父が亡くなって、もう十五年。


 今思うと、月日が経つのは残酷なほど早い。


 今年は、磐神家に異変が起こっている。


 姉の美鈴は、今日は恋人の力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんとお買い物。


 ちょっと前までは考えられなかった事だ。


 二人で、沙久弥さんのお父さんへのプレゼントを買うらしい。


 姉はいつになく嬉しそうに出かけた。


 何はともあれ、力丸家との関係が良好で良かった。


 そして、僕はと言うと。


「行こうか、武君」


 亜希ちゃんと亜希ちゃんのお父さんへのプレゼントを買うために出かけた。


 姉達が行く百貨店には行きたくないので(沙久弥さんには会いたいけど)、別の百貨店に行く事にした。


「別にいいじゃない、同じお店でも?」


 亜希ちゃんが不満そうに言った。そして、


「それに磐神君の大好きな沙久弥さんもいるんだし」


 ひいい! また出た、「磐神君」攻撃。心臓が止まりそうだ。見抜かれてる……。


「そ、そんな事ないよ。姉ちゃんと外で会うと、恥ずかしいから」


「ふーん、そうなんだ」


 亜希ちゃんはクスクス笑いながら言った。


 遊ばれてるのかな、僕?


 


 僕と亜希ちゃんは買い物をすませ、亜希ちゃんのお父さんが待つレストランへと向かう。


「そんなに格式ばったところじゃないから、大丈夫よ」


 服装の事を気にした僕に亜希ちゃんが言ってくれた。


 だから僕は、白のポロシャツにライトブラウンのチノパンにした。


 ジーパンよりはマシだろうという発想だ。


 確かに亜希ちゃんも、大学に行く時に着ている服よりはカジュアルな装いだけど、無地で白のワンピース。


 しかもノースリーブなので、隣に立っている僕の位置からだと時々見えてはいけないものが……。


 コホン。ごめん、亜希ちゃん。




 そんな妄想をしているうちに、レストランに到着した。


 亜希ちゃんのお父さんは、奥のテーブルで何だか少し緊張気味に待っていた。


 それを見て、僕は身体の力が抜けた。


 お父さんもドキドキしてるんだ、と思うと、気持ちが和んだのだ。


「お待たせ、お父さん」


 亜希ちゃんが微笑んで声をかける。お父さんは椅子から立ち上がり、


「今日はどうもありがとう、武彦君、亜希」


と頭を下げた。僕はビックリしたが、


「大袈裟なんだから、ホントに」


 亜希ちゃんはまるでいつもの事のように笑って席に着く。


 僕はその隣に座った。


 亜希ちゃんのお母さんは、今日は僕の母とお出かけ。


 気を遣ってくれたのだ。都坂家は本当にいい人達。


 僕達は、昼食を楽しんだ。


 お父さんは、相変わらずお酒が入ると駄洒落が出たけど。


 それを楽しそうに聞いている亜希ちゃんにまたしても惚れ直した。


 そして帰り道、僕はお父さんに気を遣って、亜希ちゃん達と別れた。


 今日は亜希ちゃんはお父さんについていてあげて欲しい。


「そこまで気を遣わなくても」


 そう言いかけた亜希ちゃんに、


「いいから」


と言い、僕は二人から離れたのだ。


 亜希ちゃんには言えないけど、父を早くに亡くした僕にすれば、少しでも多くの時間、お父さんと一緒にいてあげて欲しいのだ。


 決して、父親がいない僕の僻みでも何でもなく。


 


 家に着いた。母はまだ帰っていなかったが、姉はもう帰宅していた。


 確か、憲太郎さんの話だと、ご両親と昼食のはず。


 憲太郎さんは、また姉に内緒にしたらしい。


 いつか憲太郎さんが酷い目に遭わない事を祈りたい。


「姉ちゃん?」


 キッチンに行くと、姉がテーブルにグタッと突っ伏していた。


 まさか、また酔い潰れてるの?


「ああ、お帰り、武」


 何だか徹夜明けのような顔の姉。どうしたんだろう?


「大丈夫、姉ちゃん?」


「大丈夫じゃない。リッキーてば、酷いんだよ、武え」


 姉は半べそを掻きながら僕に抱きついて来た。


「わわ!」


 僕は驚いたが、倒れ込むようにして来た姉を支えるしかない。


「お母さんとお父さんと一緒に食事なんて、聞かされてなくてえ……」


「姉ちゃん」


 相当辛い事があったのだろうか?


 いつもは怖い姉が、何だかとっても可愛く見えた。


 それにしても、これから先、姉は力丸家とうまくやっていけるのだろうか?


 心配だ。


 その時、父のお墓に着いた母の携帯から連絡。


「あなた達のお父さんを忘れているの?」


 お怒りの電話だった。僕と姉は慌てて家を出て、父のお墓へと走った。


 ごめん、父さん。

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