その百一(姉)
私は磐神美鈴。大学四年。
只今、絶賛就活中である。
もっと気楽に考えていたが、想像以上に厳しい。
今日も、親友の藤原美智子とある企業を訪問したが、あまり手応えはなかった。
美智子は、高校の時の同級生でもあり、あれこれ相談に乗ったり乗ってもらったりという仲だ。
私の恋人の力丸憲太郎君との仲を取り持ってくれたのも、美智子である。
見かけはおっとりしてるけど、本当はしっかりしていて、私よりずっと「お姉さん」な感じ。
「それ、誉めてるように聞こえないんだけど?」
以前美智子にそう言われた事がある。
「『お姉さん』は誉め言葉だよ、ミッチー」
私は満点笑顔で言った。
「そうかなあ。私、妹達に『お姉ちゃん』って言われる時は、大概嫌なお願いが多いけど」
美智子は真面目だから、そんな反応が返って来る。
彼女の家は、お父さんとお母さん、そして妹さんが三人。
妹が欲しかった私には、とっても羨ましい家族だ。
「私は弟が欲しかったよ」
美智子が言う。
「美鈴って、弟君の話をする時、とっても楽しそうなんだもん」
「え?」
ギクッとするような言葉。リッキーにも言われたけど、あれはリッキーの嫉妬心から来るものだと思っていた。
美智子に言われると、さすがに効く。ドーンと来た。
「どうしたの、美鈴?」
不思議そうな顔で私を見ている美智子。私は苦笑いをして、
「あ、その、私って、そんなに楽しそうに話してる?」
「ええ、それはもう。憲ちゃんの話をする時より、嬉しそうだよ」
「ええ!?」
リッキーの話より愚弟の話をしている時の方が嬉しそうな私って……。
「そうかあ、弟って、そんなに可愛いものなんだあ、なんて思っちゃうの、美鈴を見ていると」
美智子は邪心のない笑顔で言う。私は溜息を吐いてしまった。
おおっと。変な事を思い出したな。
今は現在の事に集中。
先日、リッキーのお姉さんの沙久弥さんから電話があり、父の日のプレゼントを共同で買いたいから、買い物に付き合って欲しいと言われた。
リッキーに「付き合ってください」と言われた時より驚いた。
意味が違うけど。
以前の私なら、あれこれ言い訳して、お断わりしていたろうけど、今の私は違う。
沙久弥さんとは、もう普通に話せるから、大丈夫。
「是非」
そう返事をした。
そして、今はその待ち合わせ場所の百貨店の前に向かっている。
沙久弥さんとお買い物だから、いつもより慎重に服を選んだ。
間違っても、リッキーとデートに行く服はチョイスできないから。
だから、自然にパンツスーツになった。沙久弥さんと被らないように黒系。
「あ」
通りの反対側の角にある百貨店の前に何人もの待ち合わせをしていると思われる人が立っているが、その中で一際目立っているのが、沙久弥さんだ。
別に沙久弥さんは派手な格好をしている訳ではない。
いつものように白を基調としたツーピースで、長過ぎず短過ぎずのスカート。
白の帽子、白のパンプス。ザ・美少女全開だ。
しかも、本人は無意識だから、凄い。
周囲にいるバカな男共は、沙久弥さんを嘗めるように見ている。
やめなさいよ、沙久弥さんが穢れるから。
私は信号が青になると同時に早足で横断歩道を渡り、沙久弥さんに近づく。
「お待たせして、申し訳ありません」
「そんな事ないわよ。私も今来たところだから」
沙久弥さんが微笑む。私も微笑む。
周りの男共はニヤけた。どうだ! これぞ、弟の武彦言うところの、「姉ーズ」の力だ。
沙久弥さんと私は百貨店へと入る。
今年は以前にも増して、クールビズ商戦が激しいらしいので、定番のネクタイはやめにして、ベルトを購入。
本革で、長持ちしそうなのを選んだ。
「ありがとう、美鈴さん。付き合ってくれて」
「どういたしまして。こうして、お義姉さんと一緒にお買い物って、初めてで嬉しかったですよ」
私はお世辞でなくそう言った。すると沙久弥さんはニコッとして、
「お義姉さんって、いい響きね。憲太郎は、ずっと『姉貴』としか言ってくれないから」
「そうなんですか。ウチは『姉ちゃん』ですよ」
私は店員さんから紙袋を受け取りながら言った。
「あら、それの方が親しみがあっていいわね」
私達は取り留めのない話をしながら、百貨店を出た。
そして、近くのコーヒーショップに入る。
「武彦君は今日はお出かけ?」
注文をすませると、沙久弥さんが尋ねて来た。
「あいつは、彼女の亜希ちゃんのお父さんのプレゼントを買いに出かけてます」
「そうなの」
沙久弥さんも、何だかとっても愚弟の事をお気に入り。
あいつ、「お姉さんキラー」なのかな? 美智子も武彦をお気に入りだし。
どちらかと言うと、放っておけなくなりそうなタイプなんだろうけど。
やがて、注文したコーヒーが来て、しばらく愚弟話に花が咲く。
リッキーの小さい頃の話が聞けて、楽しかった。
沙久弥さんて、とっても弟思いのお姉さんなんだなあって実感した。
私は武彦には怖がられてばかりで、あまりいい姉ではないかも知れない。
反省。
「そろそろ行きましょうか」
沙久弥さんが腕時計を見ながら言う。
「はい」
私はバッグを手に取り、立ち上がる。
「あ」
沙久弥さんはスッと伝票を取ってしまった。
「付き合ってもらったのだから、私がお支払します」
そう笑顔で言われた。
「ご馳走様です」
あれ? さっき、「そろそろ行きましょうか」って言われた気がするが……。
店を出ると、沙久弥さんは私を見て、
「ちょうどいい時間ね。さ、行きましょう」
「え? どこへですか?」
私はドキドキしながら尋ねる。何か聞き逃した事があるのか?
「あら? 憲太郎から聞いてないの? これから、父と母も交えて、昼食よ」
「ええ!?」
聞いてない。聞いてない。絶対聞いてないぞ!
リッキーめ、また罠に嵌めたな!
「でも、大丈夫よね? この後予定とかあるの?」
沙久弥さんが心配そうな顔で訊いて来る。私は苦笑いして、
「いえ、別にありませんから、大丈夫です」
と応じた。この期に及んで、逃げる事などできない。はあ。
でも、心の準備ってモノが……。
参った……。