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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
101/313

その百

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 講義が終わって、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと駅に向かった僕は、バイト先にいくため、亜希ちゃんと別れて別のホームに向かった。


 その時、大学の同級生で、亜希ちゃんと同じ外国語クラスのたちばな音子おとこさんが酔っ払いに絡まれているのを見かけた。


 意を決して助けに行こうとすると、我が姉美鈴が彼氏の力丸憲太郎さんの同級生達と現れ、橘さんを助けてくれた。


 ホッとしたのも束の間、姉に橘さんを送るように言われ、


「亜希ちゃんには黙っていてあげるから」


と「脅迫」され、朝の炊事当番を一ヶ月押しつけられる事になってしまった。


 それは納得がいかなかったけど、震えて涙ぐんでいる橘さんを見たら、送らずにいられなくなった。


 決して、彼女に下心を持った訳じゃないけど。


 


 幸いにも、橘さんの降りる駅は僕が降りる駅と同じだった。


 僕のバイト先が家から遠いのは、そのコンビニの店長が前にバイトしていたコンビニを退社して、独立してオーナー起業したところだからだ。


 むずがゆくなる言い方だけど、


「来てくれないか?」


と誘われたのだ。


 もしかして姉は、橘さんの降りる駅が同じだったから、「送ってあげて」と言ったのか?


「ありがとうございました」


 駅の改札を出ると、橘さんがお辞儀をしてお礼を言ってくれた。


「いえ、そんな大した事してないですから」


 僕は照れ臭くなった。橘さんは亜希ちゃんとも姉とも違うタイプ。


 大人しい感じの人だ。あ、これ、語弊があるかな?


「私、磐神君に謝らないといけない事があるんです」


 僕が立ち去りかけた時、橘さんが言った。


「え?」


 謝りたい事? 橘さんとは今日初めて会話したと思うんだけど? どういう事だ?


「私、この近くに住んでいるので、前に磐神君がコンビニのゴミを片付けているのを見かけたんです。それで、長石さんに教えて……」


「ああ」


 なるほど。でも、長石さんは男子に聞いたって言ったぞ。


 長石さんなりに、橘さんを気遣ったのかな?


「別に謝るような事じゃないですよ」


 僕は微笑んで言った。すると橘さんは、


「でも若井君にもメールで教えてしまって……。その後で、長石さんから、若井君が磐神君を殴ったって聞いたから……」


「ああ……」


 苦笑いするしかない。そんな事を気にして謝ってくれるなんて、本当にいい人だ。


「大丈夫ですよ。僕は姉に殴られて育ったから、若井君に殴られたの、大して痛くなかったし」


 橘さんが笑った。ああ、笑顔も素敵だ。いかん、いかん。


「磐神君て、いい人なんですね」


 橘さんはそう言うと、もう一度お辞儀をして去って行った。


 僕は橘さんが角を曲がるのを確認してから、コンビニへと歩き出した。


 


 そして僕は、バイトからの帰り道、亜希ちゃんにメールして、橘さんの事を報告した。


 これで姉には弱味はない。


 大体、亜希ちゃんがそんな事で怒ったりする訳ないんだから。


 そう思いながらも、速攻で亜希ちゃんにメールした僕って……。


 


 ガラガラの電車に乗り込んだ時、亜希ちゃんからの返信メールが届いた。


「優しいのね、武君も美鈴さんも。お疲れ様」


 亜希ちゃんも優しいよ。最後の踊るハートマークにドキドキした。


 


 家に着くと、ほんのり赤い顔の母が出迎えてくれた。


「お帰り、武彦。今日はお疲れ様」


「何が?」


 母は姉から橘さんの事を聞いたそうだ。


「でも、浮気しちゃダメよ、武彦」


 母は焼酎のウーロン割を飲んだのか、そんな冗談を言った。


「する訳ないじゃん」


 僕がそのまま二階に上がろうとすると、


「美鈴を運んでよ」


 恐ろしい言葉が聞こえた。


 えええ? 姉ちゃん、酔い潰れてるの?


「もう」


 僕は鞄を廊下の脇に置き、キッチンに行く。


 姉はキッチンのテーブルに突っ伏して、可愛い寝息を立てている。


 狸寝入りではないようだ。


「よいしょっと」


 姉を背負う。重い! 太ったのかな?


「何だと!?」


 ビックリしたあ。そんなタイミングのいい寝言を言わないで欲しい。


 僕は階段を一段一段慎重に上がる。


「大丈夫、武彦?」


 母が心配そうについて来る。


「平気だよ」


 僕はあまり大丈夫ではなかったが、そう答えた。


 何とか階段を上がり切り、姉の部屋へと向かう。


「ふうう……」


 急にギュッとしがみついて来る姉。そのせいで背中にあの感触が……。


 それから、耳元でムニャムニャ言われて、こそばゆい。


「ふう!」


 僕は姉をベッドに寝かせると、タオルケットをかけた。


「お休み、姉ちゃん。炊事当番は今まで通りでね」


 そう言うと、部屋を出てドアを閉じた。

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