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【第八話】 超絶ブラコンで変態メイドな妹分エレン・クランドール



 ガル兄ことガルバ・ロドリゴまでもが合流し、いつも独りぼっちだった里帰り及び墓参りは一気に様変わりしていた。

『五年』という言葉自体は頭にあったとはいえ、俺にしてみれば本当にここに集まる奴が二人もいることに驚いたというのが本音だろうか。

 俺達に会えた喜びと『今までよく頑張った』というお褒めの言葉をお腹一杯いただいた流れでガル兄のことも聞いてみたところによると、アルに続きガル兄も王都に移り住むつもりで準備を進めていたらしい。

 アルが来るということは妹のエレンもやって来る確率が高い。

 何なら性格やあの時の態度を考えればクロエもそうだろう。

 何の情報もないアイシスはどんな時間を過ごし、どんな変化があったのかが分からないので何とも言えないし、フィオ姉は立場上国を離れるのも難しいはず。

 それでも今日の今日まで思い出であり過去の傷跡であった古なじみの顔が見られるなんて思っていなかっただけに喜び半分、戸惑い半分で心中は複雑な感じだ。

 いや、勿論嬉しいことに違いはないし、来ない方が良かっただなんてことは一切ないのだけど……ほら、目的がさぁ。

「なあガル兄」

「どうした、我が弟よ!!」

 三人に増え、またまた墓標の前に並んで座り過去を回顧し懐かしみ慈しむ静かなひと時。

 その辺りをどう考えているのかが曖昧なままにしておく不味いことになる気がして、触れずにいるわけにもいくまいと聞いてみることにした。

 のだが、ガハハと高笑いを響かせるガル兄は何か偉いテンション高いし声でけえしで何だか切り出し辛い。

「随分と上機嫌ですねガルさん」

 アルもどこか呆れた風だ。

 というよりは俺と同じで『こういう人だったなぁ』と思い出して懐かしくなってきているといった感じだろうか。

 かくいう俺もゴツい肉体のみならず、こういう豪快な振る舞いや態度に過去の記憶、かつての姿ばかりが思い起こされていた。

「五年だ。こうして実際に姿を見るのは五年振りなんだぞ。そんな弟二人に会えて気分が高まらないわけがない」

 ガハハともう一度笑ってバシバシと俺とアルの背中を叩くガル兄は本当に嬉しそうだ。

 なんつーかまあ、体格の立派さを除いても鎧を着て背中に大剣という風貌も相俟って如何にも腕に覚えのある冒険者という感じである。

 五年分も歳を取ったのだから記憶にないのも当然だけど、昔は無かった顎ひげなんて生やしちゃってるもんだから威厳や風格みたいなものすら感じるレベル。

「ガル兄はずっと冒険者をやってたのか?」

 あまりにも大きな自分との差に劣等感がハンパない中、ようやく本題を口にする俺。

 確かに俺達は五年前にこの地を散り散りになって、その後どこでどう生きてきたのかを俺は知らない。

 村の子供では最年長のガル兄は当時十七歳だった。

 俺より年下のアルが他国に行って国に仕えるぐらいだからもう何を聞いても驚かないだろうけど、これだけの短期間で、しかも王都とは別の都市を拠点にしてA級にまで上り詰め名を馳せるというのはとんでもないことだ。

「ここで別れた後、俺は遠い町に行って木こりの手伝いをしながら雨風凌ぎつつ金を貯めた。そんで、少しして装備を買ってすぐに冒険者になったよ。俺はレオやアルみたいに賢く世渡りをする頭もねえからな。とにかく強くなって、腕っぷし一つで稼いで、今日ここでお前等に胸張って会えるようにって俺なりに必死にやってきたつもりだ」

「…………」

 やめて。

 耳が痛いからやめて。

 あと胸も痛いからやめてあげて。

 もう俺のライフポイントはゼロだよ?

「名うての冒険者の勧誘も全部拒否したし、クソ貴族の打診も全部蹴った。俺が自分の意思で守るのはお前達だけだ。そして俺を従えていいのはレオン、お前だけだ」

「…………」

 さっきから黙ってばっかだな俺。

 だって返す言葉ねえもん。

 アルも然り、会わない時間が長かったせいで思い出補正が掛かって俺への期待値高すぎるだろ。

「そういえばアルよ」

「はい?」

 沈黙している間に話が終わっていた。

 一つ分かったことがあるとするならば、こいつらは人を見る目がないってことだ。

「お前一人で来たのか?」

「ええ、僕と違って妹は国内に残っていましたからね。この五年で会ったのも三回程ですし、今日ここに来ることは間違いないでしょうけど」

「そうなのか? その割には全く話に聞かなかったな」

「冒険者をしているガルさんとはそう接点もないでしょうから仕方がないかと。でも、そんなことを言っている間に御到着のようですよ?」

 アルはふと、半身になって背後に目をやった。

 ん? とガル兄と声を揃えてそれに倣うとなるほど、言葉の意味を理解する。

 耳を澄ますなり聞こえて来たのは姿が見えずともスキップをしているのだと分かる軽やかな足音と、若い女性のものだと思われるご機嫌な鼻歌だった。

 いや、聴覚から得られる情報がそうだというだけで実際には姿見えてるんだけどね。

 ぴょんぴょんと跳ねるような足取りでこちらに近付いてきているのは旅行用の鞄を手にツインテールにした長めの黒髪を靡かせる、赤と黒のメイド服を着た誰かだ。

 やっぱり俺にしてみれば見知らぬ誰かであったが、やっぱり次の瞬間にはそれが誰かを理解した。

 頭部の両サイドで髪を縛っている綺麗な身なりに似つかわしくない古びた髪留め。

 記憶の奥底ではあるものの、確かに見覚えがある。

 五年どころか七、八年前に俺があげた物だ。

 くそ……どいつもこいつも俺の涙腺を刺激してくんじゃねえよ。

 また泣いちゃうだろが。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 向こうも俺達の存在に気付き目が合うと、メイド服の少女の足が止まる。

 そんな時間が数秒流れたのち、口をあんぐり開けたまま固まっていたメイドっ子は歓喜の表情を浮かべ、こちらに全力で突進してきた。

「レオ兄ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 何なら俺達の居る方というか、もう完全に俺に向かって突っ込んできている。

 持っていた鞄を放り出して猛スピードで走って来るその子を受け止めればいいのか、危ないからと制止を呼び掛ければいいのか迷っているうちに目の前にまで迫ってきいて、結局どちらの行動にも出れずに固まってしまった結果そのまま飛び付いてきた少女の体重を支え切れずに揃って倒れ込んでいた。

「いてて……」

 普通に背中打ったぞ。

 ガル兄といいこいつといい気持ちは痛い程に分かるけど衝動的に突っ込んで来るのが流行ってんのかっての。

 幸か不幸か目の前の女の子は俺の上に乗っかっているので大事無さそうだけど、これもこれでテンション上がり過ぎてそんなことどうでもよさそうだった。

「レオ兄、レオ兄、レオ兄! あたしだよ? 分かる? 勿論分かるよね?」

 少女は未だ他の二人には目もくれず、ただ俺一人の名を連呼する。

 つーか顔が近い。

「わ、分かるに決まってるだろ。ネル、久しぶりだな。つーか大きくなったなぁ」

 エレン・クランドール。

 愛称はネル。

 アルの妹にして俺の妹分だ。

 最後の日の記憶しかない俺にとって、本当に小さい子供の姿しか知らない。

 当時十歳だからまだぎりぎり成人したぐらいの年齢なので大人になったというと語弊があるが、随分と可愛らしい女の子になったものだ。

 五年という時間とは凄いねほんと。

 とりわけこの子は一番年下だっただけに、甘えん坊だったちびっこがいつの間にか一端の女の子になっちゃった感じ。

 ついでに言えば、お前もまだ俺を兄と呼んでくれるのか。と、しんみりしちゃったのは内緒な。

「そうだよ、レオ兄のエレンだよ……ずっと会いたかったよ」

 ネルは涙を流しながら笑顔を浮かべている。

 そりゃそうだよなぁ……十歳の女の子が、親も家も失ったその日に一人で生きていくことを強いられたんだぞ。

 どれだけ辛い日々だったことか。

「ん~……」

 ガル兄の言葉を借り、よく頑張ったなと誉めてやろうとした時。

 何故かネルは目を閉じ、顔を近付けてきた。

 どういうわけか、唇を突き出すようにして。

「ちょ、おい待て。な、何してんだネル」

 慌てて肩を押し返すも予想外に力強く抵抗され、今にも顔が接触せんばかりに近付いて来る。

 アルに助けを求める視線を送るも『まったく、自重を知らない妹なんだから』とか呆れながら言っているだけで止めてくれる様子はない。

「待て、落ち着けネル。そして落ち着いている場合かアル。つーか何でキスしようとしてんの!?」

 戸惑いの中、そんな台詞が口から出るのとほとんど同時。今にも唇が触れ合いそうになるぎりぎりのタイミングでガル兄が後ろから脇を抱え上げることで止めてくれた。

「こらエレン、再会が嬉しいのは分かるがレオが全力で引いてんだろ。こんな真っ昼間の屋外で盛るな馬鹿もん」

「ちょっとゴリ兄、邪魔しないでよ」

 抱え上げられたネルはクルリと、器用に体を一回転してその手を逃れる。

 え? 何その動き、凄い。

 などと素直に驚いている隙にガル兄の手をすり抜けたネルは起き上がろうと上半身を起こした俺の腹の上に座る。

 おい、だからなぜそこに座るのか。

「誰がゴリ兄だ。響きが似ているようでだいぶ違う意味を含んでるだろそれ」

「五年も会えなかったんだよ? 五年振りに会えたんだよ? だったらもう二度と離れ離れにならないために今日を記念日にしなきゃダメでしょ!」

「……何の記念日だよ」

 どうにもテンションが先走って話が通じないネルに呆れて溜息を漏らすガル兄だったが、当のネルはもはやリアクションすらしなかった。

 その目に映るのは俺一人……らしい。

「安心してねレオ兄、ちゃんとレオ兄のために初めてはとってあるから。ううん、初めてどころか死ぬまでレオ兄専用だから」

「専用ってお前……何がとは聞き辛いだろ」

「そんなこと言わずに是非聞いて? むしろ聞かれなくても答えるね。何がと問われればあたしの穴がだよ!」

「年頃の女の子が何言ってんだ!!」

 例に漏れず五年振りの再会にあの頃と同じ態度で接していいものか分からず個々との距離感には慎重になっていたはずなのに、思わず全力でツッコんでいた。

 いやマジでどうしたのこの子、色々とはっちゃけ過ぎだろ。

 昔からこんなだったか?

 んなわけねえだろ、こんな十歳児いねえよ。

「ネル、取り敢えず落ち着けって。こっちは久々過ぎて聞きたいことだらけなんだから」

「え~、家まで待てない~」

「こ、こら。腰をクネクネするんじゃない」

 下半身が元気になっちゃうだろが。

 とは勿論言えず、このままじゃ話が進まんとやや強引にネルを押しのけてようやく立ち上がるに至った。

「ごほん、で? ネルはいままでどこでどうしてたんだ? 皆が言う通り五年振りなんだ、話を聞かせてくれ」

「そうだぞエレン。皆きっと末っ子のお前を一番心配してたんだからな」

「もう、仕方ないなぁ。せっかくレオ兄に見せるために可愛い下着にしてきたのに~」

「だーから外で盛んじゃねえって言ってんだろうが。アル、てめえの妹はどうしちまったんだ」

「いやぁ、成長の過程に僕は関与していないので何とも。唯一言えることはレオ兄への愛がそうさせたということでしょうか。性別が違うので恋愛感情に発展しないのが残念ですが、僕も根本は同じですからよく分かります」

「え?」

 ガル兄に同意って言い掛けたけど、ちょっと待てアル。

 何が残念だって?

「ったくお前ら兄妹ときたら、一にも二にもレオ、レオ、レオなのは歳食っても変わらねえな。ま、当時からお前達だけってわけでもなかったけどよ」

「ガル兄、俺が恥ずかしくなってくるからやめて」

 いやマジで。

「エレン、兄さんが困ってるでしょ。ちゃんと説明をしなきゃ、皆心配して言ってくれているんだから」

「はいはい、分かったわよ兄貴」

 アルに諫められ、ようやくネルも観念したようだ。

 というか、今更過ぎる程に今更だけどそもそも何でメイド服なんだぜ?

「あたしはあれからすぐに働ける場所を探して、行き着いたのがウィングレット伯爵とかいう奴の屋敷だったんだ。で、そこで侍女としてずっと働いてたの」

「ウィングレット伯っていやあそこそこ名の知れた貴族じゃねえか」

「その前に、とかいう奴ってお前……仮にも貴族の雇用主に」

「あたし知らないもん貴族の格とか力関係とか。とにかく当面は住み込みでどっかに潜り込んで生活出来ればいいやって思ってたんだけど運良く雇って貰えたからラッキー♪ って思ったし、レオ兄と再会する日のための花嫁修業にもなるから丁度いいじゃん? みたいな? しかも家事や料理だけじゃなくて使用人は安全のために護身術の指導を受けることになっててさ、メイドだけど役に立つよ~あたしは。スパルタ大好きなクソババアに我慢して教わったから、主を守るためにこういうことも出来るんだから」

 にこりと笑ったネルは、かと思うと地面に座った状態から片足を立て、その体勢から後ろ周りに宙返りをして立ち上がるなりガル兄に対しつま先で首元を突くような蹴りを放った。

 ガル兄は反射的に細い足首を掴むことで蹴りを受けることなく防いでいたが、その靴の先っぽからは刃物が覗いている。

 メイド服の謎が解けたのはいいけど、こえぇよ! 

 何なら二人とも普通の動きじゃねえぞ。

「おいおい、物騒なもん仕込んでんなぁネル」

 内心ドン引きな俺、対照的にしれっとしているガル兄。

 もう俺はメンタルの乱高下についていけません。

「昔の暗殺者の技術で暗器術っていうらしいんだけど、要するに護衛も兼ねつつ刺客も始末する戦闘メイドになる術を叩き込んでもらったってわけ」

 ネルはドヤ顔を浮かべながらも仕草はどこか上品に両手でスカートを摘まんで持ち上げる。

 露わになった太ももにはホルダーに収まった針みたいな細い短剣がずらりと並んでいた。

「ただのメイドを目指すだけじゃつまんないし、これならレオ兄に近付く女をその場でヤれるでしょ? まさに一石二鳥ってやつだね」

「なんで護衛対象がレオ限定なんだよ、そしてなんで敵認定が女限定なんだよ」

「仕方ないじゃん、それがあたしの……レオ兄の性奴隷として生を受けたあたしの使命なんだから」

「誇らしげな顔して何言ってんのこの子!? 仮にも両親の墓前で何言っちゃってんのこの子!? おじさんもおばさんもそんな人生歩ませるためにお前を生んでないからね!?」

「そんなことないもん。パパもママも天国で喜んでくれてるもん。昔からよく言われてたんだから、レオ兄を他の二人に取られたくなかったら攻めるのみだって。手に入れたい男は力尽くで手に入れるのが女よ、って」

「それはどちらかというと男の生き様っぽくないか……いや、もうそういう問題でもないけどさ。アル、何とか言ってくれよ」

「あはは……こんな妹ですいません。ご存知の通り昔から言い出したら聞かないもので」

「…………」

 見た目も雰囲気も性格も、随分と違って見えるのに人の本質というのはそう変わらんらいし。

 親父、そしておじさんにおばさん。

 どうやらネルは育ち方を間違えてしまったらしいよ。


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