【第七話】 脳筋でドラゴン・スレイヤーでA級冒険者な兄貴分ガルバ・ロドリゴ
あれから物の数分。
二人で並んで墓標に向かって座っている。
感極まっていたとはいえ男同士で泣きながら抱き合っていたのだと思うと今更ながらちょっと恥ずかしい。
「ところでアル。アルはこの五年間何をしていたんだ?」
照れ隠しにしては少々デリケートな話題である。
最初がアルじゃなかったらこうもすんなり声にならなかっただろう。
それが良いか悪いかは別として、アルは昔から俺のやることを否定したり反対したりということはほとんどなかった。何なら完全に俺が間違っていても味方をしてくれていたぐらいだ。
気軽に触れるのは躊躇われることに違いは無いが、やっと会えた弟に遠慮なんかしてやらない。
どんな些細な事でも聞きたいし、教えて欲しい。そして今までしたくでも出来なかった分、いっぱい褒めてやりたいんだ。
「ラクネス王国で働いていました。この服装を見ていただければ分かると思いますけど、城で宰相補佐として」
「宰相補佐!? すげえなお前!!」
国でも相当な役職だろそれ。
お前俺より年下だぞ?
「いっそのこと宰相にまで上り詰めてやろうかとも思っていたのですが、さすがに時間が足りませんでしたね。とはいえ、このぐらいはやらないと皆に……兄さんに合わせる顔もありませんから」
にこりと屈託のない笑顔を向けられ返す言葉もないので取り敢えず頭を撫でてやった。
正直に言って耳が……いや、心が痛い事実である。
十歳そこらの弟が異国の地に渡って立派になってるというのに、俺は未だに底辺冒険者。
こっちが合わせる顔ねえよ……いやマジで。
「だけど、国外からだと随分長旅だったんじゃないのか?」
「お隣さんですし、昨日のうちには帰国していたのでそれほどでもないですよ」
「そうだったのか。帰りはいつになるんだ? しばらくは居られるのか?」
「何を言ってるんですか。もうラクネスには戻りませんよ、仕事もとっくにやめてきましたし」
「……え、マジ?」
「僕にとって今日までの全てはこの日のためですから。政治や世渡り、コネクションの作り方やお金の使い方を覚えたのも、立場を利用して様々な情報を集めておいたのも、兄さんの隣に立つにふさわしい男になる、ただそれだけのためです。あの国その物にも同僚や曲がりなりにも世話になった方達にも、職を辞した時点で何の感慨もない。あるのはこの五年間、自分の決めたことを全うし貫こうとする意思を支えてくれたあの日の誓いと、心に灯った消えることのない不滅の炎だけだ」
「アル……お前」
いつの間に、そんな冷たい目をするようになったんだ。
躊躇いながらも口を突きかけた問い掛けは、直後に背後で響いた騒音に掻き消される。
「おいお前等ぁぁぁぁ!!」
突如響いたバカみたいに大きな声に、思わず体が跳ねる。
反射的に振り向くと、一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
やけにゴツイ体と比例して背も高く、その背丈と同じぐらい大ぶりな剣を背負っている短髪の年上であろう男だ。
物騒な背中の武器も然り、胸部や両手足には黒いアーマーが装備されているあたり冒険者か、或いは傭兵や盗賊の類か。
一瞬見知らぬ誰か。もっと言えば俺達にとって都合の悪い誰かに見つかってしまったのではないかと焦ったが、大股で近付いて来る男の頬にある傷を見て記憶が蘇る。
間違いない。
かつてこの地で過ごした幼馴染メンバーの中では最年長であった皆の兄貴分、ガルバ・ロドリゴだ。
昔から人一倍ガタイが良く、見た目通りにいつだって元気いっぱいで病気一つしたことがなく、それでいて率先して肉体労働や危ない見回りなどを買って出る、豪快かつ陽気でいて仲間想いの本当に頼りになる兄貴分という感じだった。
「……ガル兄?」
思わず、かつての呼び名が声になって零れる。
皆は俺が中心みたいに言ってたけど、いつだって皆を引っ張っていたのはガル兄だった。
アルの時も同じだったけど、そんな兄貴分に五年振りに再会したのだから感情なんてぐちゃぐちゃだ。
補足するならばこのガル兄だけはどこで何をしているかぐらいは知っていた。
活動拠点を王都から離れた第二の都市レイスティーに置いていたため直接見掛けることは一度も無かったが、名前や噂話は時折聞こえてきたからだ。
現在A級冒険者。
頭角を現した当初はみるみるうちに成り上がるその過程において一度もパーティーを組むことなく単独主義であったことから孤高の大剣などと呼ばれていたらしい。
少し前までの通称は【黒装の勇猛野蛮人という尊敬を集めているのか馬鹿にされているのかも分からない二つ名で認知されており、略してB・B・Bだとかと呼ばれるようになった。
そして今現在の異名は……竜殺しである。
なんでも単独でワイバーン二頭を討伐したのだとかと聞いたけど、風の噂なのでどこまでが事実なのかを俺は知らない。
とはいえ遠く離れた王都まで名が馳せていることは事実なわけで、名前が聞こえてくる度に野蛮人ってなんだよと心でツッコみたくなるのと同じぐらいガル兄すげえなと感嘆していたっけか。
「うおおおおお!!!」
名前を口にしたことが合図になったのか、ガル兄はいきなり全力で走って来たかと思うと飛びつくように俺とアルへと抱き付いて来た。
痛いぐらいに力強くはあったものの、その体は小さく震えている。
「お前達……大きくなったなぁ。アルもレオも一端の男になりやがってチクショウ」
「ガルさん、鎧が痛いよ」
「ガル兄、こそでかくなりすぎだろ……」
同じ国にいるのに頼りの一つも寄越さないで、そのくせ今日この場に現れて。
どいつもこいつも律儀にあの日の約束を遵守し過ぎだろ。
「さみしかったぞ、会いたかったぞ、ずっと心配してたんだぞ」
俺も泣きそうになっちゃってるけど、ガル兄に至っては号泣していた。
俺だって同じだよ。
王都に来て三年ぐらいが経った頃にそんな名前の冒険者が居ることを初めて知った。
同じ国にいるのに、ただの一度もただすれ違うことすらなく過ごした日々。
何度会いに行こうと思っただろうか。
何度この孤独感を紛らわせてもらおうと考えただろうか。
何度、しっかりしねぇかとブン殴ってくれたらいいのにと悩んだことだろうか。
だけどそれでも実行に移せなかったのは、今の堕落した自分に合わせる顔があるのかという葛藤が半分。
そしてもう俺のことなんて忘れているんじゃないかという恐怖が半分。
「お前達、これからは俺が守ってやるからな。どんな敵からも、どんな困難からも」
分厚い腕に抱きしめられながら、そんな言葉にとうとう俺の目からも涙があふれてきた。