【第三話】 底辺な日常
この集会所は各地からライセンスを持つ冒険者が集まる場所とあって馬車を置く場所も馬を繋いでおく場所も当然ながら完備している。
もっとも、最近じゃ活発化しつつある魔王軍の侵攻に対抗すべく招集が掛かったとかで高名な連中は全然見かけないんだけど……。
「おはようジジ、仕事の時間だぞー」
グラン・ノーツの五人が入り口の前で待つ中、建物の横手で杭に結ばれている馬へと駆け寄ると挨拶がてらに頭を撫でてやる。
割と珍しい真っ黒な毛並みが日光で輝く、時折見せる仕草がジジ臭くて可愛らしいからという理由から『ジジ』と名付けられたバレットさんの愛馬であり、ギルドで遠征する際に馬車を引く役目を担う力持ちでいておとなしく人懐っこい良い子だ。
もっと撫でてとばかりに自分から頭を差し出してくるジジを精一杯わしゃわしゃしてやりながらも空いた手で手綱を解き、外に出してやるとすぐに馬車へと繋ぎ直して集会所の正面へと回った。
カラカラと音を立てる箱型の馬車は精々四、五人乗りの小さな物だが、ジェニーさんの趣味とセンスのおかげで色やデザインからは洒落た雰囲気が漂うこのパーティにおける遠征用屋根付き軽装キャリッジだ。
御者席から見るジジも久々に馬車を引くからか足取りも軽やかで、五人が乗り込むなりすぐに俺達は集会所を出発した。
目的地は王都の北東にある広い森林地帯。
その一帯の調査と見回りが今日の主な仕事だ。
往復で半日も掛からないぐらいの森は薬師が使う薬草の採取に使ったり肉屋が商品の調達に訪れたりといった具合に周辺には村がいくつも存在することもあって人の出入りが多く、また地方から王都にやってくる人達にとって近道となるため通り抜ける者も少なくはない。
それゆえに放置していると住み着いてしまう魔物の駆除や異変や不審な点がないかを調査する仕事が定期的に冒険者に下りてくるというわけだ。
個々が馬で移動すれば倍ぐらいは時間を短縮出来るのだけど、エイミーさんとロジャースが馬に乗れないのに加え、場合によっては持ち帰らなければならない物が出てくるためこうして俺に仕事が回って来るのだから何というかよく出来た制度である。
主だった危険は森で群れを作るゴブリンや吸血コウモリなどであるため大きな危険が伴うことはほとんどなく、言ってしまえばB級以上のギルドなら誰でも受けられる雑務の延長みたいな仕事だ。
個人からではなく冒険者ギルドからの依頼なので割とランダムに振り分けられるのが一般的ではあるが、アホ二人を例外としてギルメン達は皆マスターこと組合長やその娘さんと仲が良いので何かと融通してもらえるのだった。
マスターはマスターで仕入れた野菜を運ぶ仕事とか俺個人にくれたりするしな。
口も愛想も悪いけど、何だかんだで気の良いオッサンだよ。
「ジジ、ストップだ」
晴天の澄んだ空の下、急ぐ理由もなければ速度を出して揺れが強くなると乗り心地も悪いだろうということもあってそこそこのスピードで馬車を走らせ昼前を迎えた頃。
ようやく一行は目的地である北東の森、通称商人の森へと辿り着いた。
御者席から見渡してみる限り特に変わった様子はなく、普段通りの静かな一面の木々が左右どこまでも続いている。
「じゃ、行ってくるぞ」
各々が馬車から下りてくると、昼寝でもしていたのか伸びを一つ挟んでバレットさんが俺の肩を叩いた。
操縦手の俺は同行することはせず、しばらくはお留守番だ。
「うっす、いってらっしゃいッス。ジェニーさんとエイミーさんもお気を付けて」
「ええ」
「ありがと~」
と、凛々しい表情に加えてにこやかな癒されスマイルが返ってきたところで後ろから肩を組まれる。
嫌味なクソッタレは別れ際すらも俺をイラ立たせることに余念が無い。
「おい戦力外、俺達には一言もなしか?」
「激励したらしたで文句言うでしょあんた等は」
「ケケケ、正解だつまらねえ。ま、精々のんびりサボってろよお荷物君」
「ピアスンさ~ん、また髪の毛チリチリにされたいんですか~?」
「おっと、おっかねえ姉ちゃんだこと」
横から現れたエイミーさんが怒っている時バージョンの怖い笑顔で睨み付けると、ピアスンは『くわばらくわばら』とか言いながら先頭で森に入っていく。
そんな俺達を見てロジャースも『この軟弱物が!』とでも言いたげな馬鹿にした顔を浮かべ、鼻で笑ってその後を追っていった。
俺に対する度が過ぎた暴言には女性陣が叱責してくれる流れは日常茶飯事なのだが、稀に出現する笑顔で警告する時のエイミーさんは結構怖い。
たぶんキレたジェニーさんよりももっと怖い。
前に俺を元浮浪児呼ばわりした時には俺が殴り掛かるよりも先に顔面火だるまにされていたのはとっても良い思い出である。
勿論人に向かって全力の魔法を放つわけもないのだけど、結果髪の毛がチリチリになってみんなで爆笑したっけなぁ。
あれは死ぬまで心に残しておこう。なんてしみじみ思っている間にも五人は森へと進んでいき、やがて姿が見えなくなった。
一応は人が通るための整備された細い道が一本通ってはいるのだが、狭いため戦闘前提の場合はあまり馬車ごと入らないのが定法となっている。
正面から急襲された場合に引き返すのが難しいし、何より場合によっては逃げの選択が生まれるため足を失うわけにはいかないからだ。
同じ理由で残った俺もただボーっと帰りを待つだけではない。
何かあった時にすぐに出発出来るようにしておかなければならないし、最悪の場合は馬車を捨て直接馬に跨って助けを呼びに行ったりすることもある。
といっても人里に囲まれたこの森にそんな物騒な魔物が出たことはないし、この手の依頼は何度もこなしているので杞憂なのだろうけど。
なんて具合で特に危機感を抱くこともなく、ジジと戯れたり出る前にマスターがくれたパンを食べたりついでに昼寝したりして待つこと幾許か。
そろそろ日も暮れてくるかなという時間になった頃に五人は無事に戻ってきた。
いつも通りこれといって怪我をした様子もなく、戦利品という名の討伐の証明としてゴブリンの耳や吸血蝙蝠の翼を山ほど持っている。
「お帰りなさい、リーダー。それにジェニーさんとエイミーさんプラスおまけ二人も」
「おう、留守番ご苦労だったなレオン」
「ただいま~、レオンちゃん。良い子にしてたかな?」
「どうせ昼寝でもしてたんだろオマケ以下のハズレくじ君」
「軟弱物め、せめて鍛錬でもしていればよいものを」
再会の挨拶すらまともに出来ない欠陥人間共はさておき、こうして馬車番をしているだけの俺にまで労いの言葉をくれる心優しいパーティーに雇って貰える俺は幸せ者だ。
奴等さえいなければこれ以上ない仕事環境なのだろうけど、どう考えてもチームに必要なのは野郎共だし替えが効くどころかいてもいなくてもいいのは俺の方だものね。
いやいや生活させてもらっているだけ幸運の極みなのだ、贅沢は言うまい。
俺に出来るのは嫌味な先輩の不幸を祈ることのみ!
「…………」
う~ん、我ながら筋金入りの卑屈っぷりだねぇ。
ま、これはしゃーない。生まれながらの……とは言えないけど、クソガキなりの波乱万丈人生がそうさせたってもんさ。
俺はそんな自分が嫌いじゃない。むしろ気に入っている。
今更どうやっても俺は善人にはなれないし、なりたくもない。
世のため人のため。
そんなのは全部まやかしで、偽物だ。