【第三十二話】 新居
冒険者組合出た俺たちは、まだ日が暮れるまでには時間もあるということで三人が合流前に見繕ってくれたという新居の下見に行くことにした。
本来ならば集会所で昼飯を食って、俺も一緒に探しに行くという話だったのだが時間を持て余すのもどうかとフィオ姉の提案によって率先して条件に合う物件を探して回ってくれていたらしい。
ちなみに昼飯の予定もパスした。
聖女見参という過剰な演出は、ある意味では狙い通りのインパクトを与えることが出来たものの、ぶっちゃけ目立ち過ぎ&同席していた三人の追及や疑問の目が居心地悪過ぎてみんなで仲良くお昼ご飯という感じでもなくなったので急遽変更した次第である。
フィオ姉本人も、アルやネルも特に『中堅以下の冒険者御用達の安くてそれなりに腹も膨れる手頃な飯』に興味があったわけでもないらしくこれといって反対や不満の弁を述べることもない。
そんなわけで四人揃って町中を歩く最中、立ち寄った出店で野菜と猪肉のホットサンドを買って食べながら目的地へと向かっている。
俺は初めて食べるわけだけど、匂いも食欲をそそるタレを含んだ味も抜群だ。
こんな一つ100ディールを超える贅沢品なんて手を出せるわけがないだろ。
安野菜で安スープ作って安パンを添えりゃ同じ金額で二日生きれるわ。
そんなのを四人分ポンと払ってくれるフィオ姉の頼りになり具合がハンパない。
さすが我らが長女様だと言わざるを得ない。たぶん関係無いけど。
ついでに言えば直接向かっているわけではなく、わざわざ全員で一度家に帰ってから再出発している。
理由はフィオ姉を着替えさせるためだ。
朝から歩き回ってばかりなのが影響しているかどうかは分からないけど、当人は未だにその二度手間ならぬ三度手間に不満そうである。
「どうして一度帰る必要があるんですの。あのまま行けばよろしかったでしょう」
フィオ姉は口元に付着したソースをネルに拭き取られながらも頬を膨らませている。
今にして思えば何だかんだで俺を除くとしてもフィオ姉やアイシスには優しい末っ子だったなぁと、そんなことを思い出してしまった。
数年を経て再会したばかりだとはいえ、あまり昔はこうだったと回顧するばかりなのもどうかと敢えて口にはしないけども。
「さすがに目立ち過ぎるんだって。初っ端に周囲に対してインパクトを与えるって下心を持ち出したのは俺だから集会所での件には文句もないけど、日常生活までずっと好奇の目に晒されるのは嫌だろ?」
「それはそうですけれど……」
「帰り道ですらずっと行き交う人の目が向いてたんだ。余計なもんを呼び寄せても煩わしいし、無駄なストレスに頭を抱えながら生活したくはないしさ」
「僕はまだ早いとお止めしたんですけど……」
「せっかくの冒険者デビューなのですから、派手に印象付けをする。それはレオンの案でしょう? わたくしの我が儘ではありませんことよ?」
一度新居探しに行って、集会所に来る前に着替えに帰って、そこから私服に戻すために家に帰って、その上でこうしてまた出掛けているのだから億劫になっているのは分かる。
それでいて『わたくしのせいじゃないもん』みたいに拗ねている態度や口調とのギャップこそがみんなにイジられ……愛させる所以なのだ。
「それを否定するわけじゃないけどさ、ぶっちゃけ全員揃ってからの方がよかった気もするなぁと今になって思っただけだよ。まあ先に登録するならどちらにせよその時にバレてたんだろうけど、周囲にまで先にネタバレする必要無かったかなーって」
「結果はそう変わらないのなら少しばかり前後しただけの話でしょう。男なら小さいことをぐちぐちと言わない」
「へいへい」
ま、そうなったらそうなったでガル兄やアイシスの存在感というか、そっちのインパクトが薄れただろうから別々でもいいっちゃいいんだけどね。
ただパーティーを組む段階で騒ぎになるばかりなのも落ち着かないってだけさ。
他にA級冒険者やエルフの剣士が参加するなんて知ったらおやっさんたち卒倒するんじゃね?
「つーかその前にさ、なんでネルは着替えてこなかったんだよ」
全ての目が一点に注がれる。
どういうわけかフィオ姉もアルも私服に着替えているのに、ネルはメイド服のままだ。
「あたしはこれがデフォルト装備だもん。フィー姉や兄貴の格好ほど目立たないし? メイドの一人でも控えてた方が家を買うにも信用度が上がりそうじゃん?」
「そういうもんか? もう何でもいいけどさ……ツッコミ疲れたよ俺は」
いっそ俺の方が職業欄にツッコミって書きそうだよ。
しっかり者のアルがいてくれて心底嬉しいよ。
「んで? 結果からして新居探しはどうだったんだ? 候補を一つに絞ったって言ってたけど、別に急いで決める必要も無いし消去法みたいな理由なら別の仲介屋を探したっていいんだぞ?」
「その必要は無いかと。兄さんの家からは少々距離がありますが、事前に話していた条件を満たしている物件であることは間違いありませんので。中古ですけどそう古くもありませんし、部屋数も多くちゃんと庭や地下に貯蔵庫もあります。問題はないかと判断しました」
「そっか、なら大丈夫そうだな。ご苦労さんアル」
「この程度のことを満足にこなせなければ兄さんの補佐など務まりませんから」
「そう肩肘張らなくてもいいからな。しっかり者のアルがいてくれるだけで俺は大助かりだし、一緒に居ることに資格なんて必要無いんだ。こうしなきゃ、なんて責任を自分から負わなくていい。全員で一つのチームなんだ、みんなで力を合わせて、色んなもんを一緒に乗り超えればいいさ」
「承知しています。ですが僕がやりたくてやっていることですから、使命感はあっても何かに強いられているつもりは微塵もありませんよ」
「ならいいけど」
この子も相変わらずの頑固っぷりだね。
誰も彼もがこの兄弟姉妹の中で自分の役割を自然と、当然のように自覚し自任しそれを全うしていたのだと今になって痛感する。
ガル兄が常にみんなを引っ張っていたように。
フィオ姉が常にみんなをまとめていたように。
アイシスが若さゆえに自儘で抑え所が分かっていない集団が行き過ぎることを避けるべく歯止めを掛けていたように。
クロがいつだって自分たちは自由で何に対しても全力な日々を謳歌する権利があるのだと示していたように。
いつ何時もアルが上手く年長組と年少組の調和を図っていたように。
ネルがその振る舞いによって自然とみんなに寛容で闊達な心を植え付けていたように。
そう考えるとみんな立派に成長するのも納得だわ。
俺なんて何一つ深いことなど考えずに生きてたってのに、なんで一番賢いみたいな扱いだったんだろうね。
確かにガキんちょ集団の中での比較ならば頭は良い方だったのだろうけど、それがのちの人生に何らかの形で生かされている感が全くないんだが。
その結果が今の自分ってことですね、分かります。
「兄さん、見えてきました。あの周囲に隣接する建物が無い屋敷です」
その声がネルやフィオ姉が女子ならではのトークに盛り上がる横でまた妙な自虐が始まっていたことを自覚し余計な思考を払拭させる。
アルの声で我に返ると、なるほど周囲にはまばらに大きな屋敷が散らばっていた。
庶民の居住区からは外れた場所に広がる、通称特権区と呼ばれる地域だ。
その中でも隅の方にある庭のみならず塀に囲まれて門まである二階建ての屋敷が件の物件ということらしい。
「そうか、確かに広くて大勢が住める家なんて特権区で探すのが手っ取り早いわな」
「特権区? ってなーに?」
王都でそう呼ばれている区域であることを知らない三人は揃って首を傾げている。
そう詳しいわけではないが、五年もここで暮らしていればその程度の情報ぐらいは持っているってもんさ。
「正式にそういう名前の土地ってわけじゃないんだ。ただ昔からこの辺は貴族や金を持ってる商人の別荘だったり愛人宅、引退した有名冒険者が隠居するための屋敷を建てるのに人気だった土地で自然とそう呼ばれるようになったんだとよ。特権階級の暮らす土地、ゆえに特権区ってな。今じゃ王都の外の方が好まれているから空き家も多いけど、静かに暮らしたい、人目を気にしなくていい、暗黙の相互不干渉、そういう都合の良いルールや条件が揃っているし、貴族の利用が多いがゆえに周辺には常に騎士の見回りがあるから治安も良いってんで今でもそういう性質を持った地域なんだ」
「「「へ~……」」」
「つーかそんな場所で屋敷を買ったらすげえ値段だったんじゃねえの?」
「確かに店の主人は元々どこかの商人の別宅だったと言っていましたね。ただ何年か空き家のままだったそうで、中古の建売ということもあって同じ規模の屋敷を王都で立てるよりは安くなっているとも」
「そうなのか……」
にしても目玉が飛び出るぐらいの値段ではありそうだが。
フィオ姉の宝石とか売れば十分賄えるにせよ、いきなりデカい出費は避けたいなぁ。
俺ってば何という庶民派。いやむしろ貧乏性だな……。
「心配しなくてもわたくしの持ち出した現金で払える程度でしたわよ。何かあった時のためにわたくしの宝石には極力手を付けたくないとレオンが言っていましたし、条件提示の時点でそれを踏まえた値段を上限にしていましたもの」
「さっすがフィオ姉、意外なところで意外と考えてるなぁ」
「ほんとほんと♪」
「レオン、意外は余計ですわよ? たまには素直に褒めなさい」
「ごめんごめん、純粋に頼りになるって話だよ。中には入れんの?」
「ええ、鍵は預かっていますので」
どうぞ、と門の鍵を取り出したアルが開錠し敷地内へと促してくれる。
ぞろぞろと中に入っていくと、外から見ただけでは分からない豪勢な有様がヒシヒシと伝わってきた。
定期的に手入れされているのか綺麗な芝生の庭。
広い建物には個室が八つもるらしく、応接室もダイニングもある。
それどころか大きな風呂だってあるし、二階にはテラスもあって、倉庫代わりとなっている地下室も十分に広い。
「よくもまあこれだけ条件にぴったりの場所があったもんだ」
「そうですね。値段以外では部屋の数と庭、地下室とお風呂という中々に難儀な条件を出したのですが、ここを除けば全てが揃っている物件もありませんでしたからね。ある意味では運が良かったというか巡り合わせが僕たちの味方をしてくれたというか」
「そうだなぁ。ちなみに三人はここで不満はないの?」
「あたしは文句なーし。広いし綺麗だしお風呂広いしキッチンも大きいし、ここでみんなで過ごすのって楽しそうじゃん」
「わたくしも異議無し、ですわね。お風呂もそうですけれど、星が見えるテラスというのが一番のお気に入りポイントですわ」
「僕も不満などは何も。ガルさんやクロエたちもきっと気に入ってくれるでしょう」
「よし、なら決めるか」
三つの同意を経て、早くも新居が決まってしまった。
とはいえ我らの財政を支えるフィオ姉の所持金を大半消費してしまったわけだが……今後は極力節約生活がしなきゃなぁ。
ただでさえ大勢で暮らすことで生活費が爆上がりしそうだってのに。
冒険者としての仕事でカバーしつつ貯蓄もしないとね。
作りたてのパーティーがそれを実現しようと思うと、相当上手くやりくりしなきゃならんな……。




