【第三十話】 始動
城を出た俺は予定通りその足で集会所に向かった。
事の顛末を報告するついでにアルたちとの待ち合わせ場所にしているためだ。
よく考えるとこの時間にフィオ姉が到着しているかも分からんわけで、普通に一旦帰宅するべきだったと気付いたのは城を出たあたりのことである。
ついでに言えば初めて王都に来たアルネル兄妹に案内も無しで出歩けというのも酷だったかと反省中。
とはいえ既に買い物とかに出かけたっぽいし、しっかり者のアルがいれば迷ったところで家に帰ってこられないなんてことにはならないだろう。
どちらにせよ先に集会所に向かってたりしたら入れ違いになるので今更進路変更は出来まい。
ということでゾロゾロと仕事に向かうのであろうどこぞのパーティーとすれ違いつつ出入口を潜ると、予想通りいつものカウンター席には見知った顔が陣取っていた。
我らが(別に俺はメンバーではないが)グラン・ノーツのボス、バレットさんとジェニーさんだ。
「ちわーっす」
自然と足はカウンター席に向かい、軽い挨拶と共にバレットさんの横に腰を下ろした。
今日は完全オフ日と聞いていたため、まあいるだろうなとは思ってはいたのは事実。
それでいて休みといっても別に昼間から酒を食らっているとかでは決してなく。二人は時間があればこうして集会所に足を運び、他の冒険者と交流して情報を集めたり組合長からしれっと内部事情を聞き出して割の良いオーダーを優先的に確保したりと、まさにギルドを率いる立場に足るその地道な努力こそがグラン・ノーツがB級に上り詰めた何よりの理由である。
「誰かと思えばレオンじゃない、おはよ」
「ようレオン、今から城に行くのか?」
「いえ、それは今済ませてきたところでして」
「ほらよ」
二人が快く出迎えてくれると、すぐに組合長が水の入ったグラスを持ってきてくれた。
受付には従業員がいるしこの時間の事務仕事は娘のケリーがやっているため暇なおっさんは大体厨房に立ちつつ親交のある冒険者と駄弁っているだけなのだ。
「もう城に行ってきたのか。それで? 結果はどうだったんだ?」
というわけで当たり前のように会話に混ざって来る組合長だった。
「ああ、特に咎められることもなく話は纏めてもらった。諸々を考慮しても個人の付き合いって範疇を超えなければ問題は無いってさ」
「へえ、なら一安心じゃない。変に大事にならなくてよかったわね」
「いやほんとに」
「無事に大臣に取り次いで貰えたんだな」
「いえ、それが例の副団長が来て……」
「え? それで話を通せたわけ?」
「はい、何かすっげぇ親身になって対応してくれましたよ? 茶も出してくれましたし、必要な物があったら用意してくれるとかって」
「……マジで?」
「あの女がぁ?」
「いやマジですって。ほら、これもくれましたし」
全力で疑惑の目を向けてくる二人にポケットから取り出したネックレスを見せてみる。
が、俺がそうだったように誰もが見ただけで分かる物というわけでもないらしく揃って『何それ?』みたいな顔をしていた。
代わりに驚きの声を上げたのはカウンターの向こうでパイプに火を着けていた組合長だ。
「おめえそれ、副団長の記章じゃねえか」
「記章? マスターは知ってんの?」
「おうよ、言った通り副団長が持つ権限と身分の証明に与えられる物だ。普通は肌身離さず身に着けているもんだが……本当にこれをオークウッド副団長がくれたのかレオン」
「そうだけど? これ渡されて、困ったことがあったらいつでも訪ねて来いって」
「そっちの二人じゃねえが、にわかには信じられん……あの副団長が」
「レオン、とうとうお前にも春が来たのか」
「え~、レオンにはああいう堅物タイプは合わないと思うけど」
「いやいや、にこりとも笑わない人だったとはいえ確かに美人だったけどさぁ……絶対そういうんじゃないでしょ」
「ま、実際の所はあの女も穏便に不死鳥との関係を維持できるならって打算ありきでしょうけど」
「でしょうね、まんまそういってましたよあの人も。ああ、そうだ。マスターには直々にお達しが出るだろうけど、本当にこの国に来ちゃった場合に余計な混乱や騒動を起こさないためにこれ以上この件を口外するなって言われたんでした」
「ま、吹聴したところで誰が信じるんだって話だろうがな。副団長にはちゃんとしておくと伝えておいてやるよ」
「あざっす」
「仕方ないわねそればっかりは。騒ぎになるだけならまだしも、良からぬことを考える馬鹿は一定数いるでしょうしね」
「ですよねぇ……」
なんだってそんな面倒事に巻き込まれてるんだ俺。
パパさん頼むからちゃんと反対してくれ。
「レッオ兄ぃぃぃぃ!!!」
げんなりする背後で、聞き覚えのある声が施設内に響き渡った。
昼飯時にもならない時間帯ということもあり暇を持て余してただここに居るだけの冒険者も少なく、余計に声が通っている。
まさかと思いつつ他の三者と同様に振り返るとそこには予想通りの人物が立っていた。
唯一の違いは驚きの表情を携えていなかったということぐらいか。
何にせよ、勢いよく音を立てて開かれた扉を潜ったメイド服姿のネルは真っすぐにこちらに突っ走ってくる。
家で着ているのも意味不明だけど何で外でもその服装なのかとか、確かにここで待ち合わせしようとは伝えていたけど何で一人なのかとか、色々言いたいことだらけではあったがそれよりもその行動が全ての疑問を吹っ飛ばした。
目立つ真似をするなというのに、あと単純に俺が恥ずかしいわ。
「おいネル待て……」
と、人目も気にせず一片の迷いや躊躇も無く突っ込んでくるネルを制止しようとするも間に合わず、勢いそのままに俺の鳩尾へとタックルが見舞われる。
体格差など俺の人並み程度しかない腕力でカバー出来るはずもない。
普通に痛い。あと息が詰まって泣きそう。
「いてて……こらネル、人前でそういうことするなっての」
「え~、だって久々の再会なんだよ? 愛が溢れるのを抑えきれないっていうか?」
「朝別れてから数時間しか経ってね……」
「「……誰?」」
抱き付かれたまま呆れる俺の横で、二つの重なった声が時と場合を思い起こさせる。
やべっと改めて振り返ってみると二つではなく三つのきょとんとした顔が俺達を見ていた。
「おっと、すいませんお三方。この子が事前に話していた兄妹の片割れで、妹のエレンです。ネル、こちらのお二人は普段からお世話になってる先輩で奥のダンディーが冒険者組合の長だ。挨拶しな」
「あたしはエレン・クランドール! レオ兄の専属メイド兼性どれ……むぐぐ」
自分で促しておいて一瞬で口を塞ぐという謎現象は誓って俺の暴走ではない。
この子は何を言ってるの? 馬鹿なのかな?
「ははは、この通りまだまだ子供でして……無礼は勘弁してやってください」
「別に気を悪くはしないけど、何ていうか変わった子なのかしら? 親戚って言ってたっけ?」
「そうです、だからちゃんと結婚できます。なのでうちのレオ兄に手ぇ出したらただじゃおかなぐぐぐぐ」
「おい馬鹿やめろ。世話になってる人たちだって言ってるだろ」
「なんで? もしかして気があるわけ?」
「この二人はもはや夫婦みたいなもんだし、そうでなくてもお世話になってる先輩に失礼なこと言うなって話をしてんの」
「ぷい」
すげえ、全然悪びれねえ。
絶賛反抗期中なのかしら。
「ったく……おやっさん、今日はこの子の冒険者登録とパーティーの申請をしに来たんだ。登録用紙を頼む」
「あいよ」
組合長は奥に引っ込んでいく。
寛容な先輩方で大助かりである。
「バレットさん、ジェニーさん、何かすいません。まだまだ世間知らずでして」
「ははっ、いいじゃないの元気な女の子で。お前もちょっとは見習っていいんだぜ?」
「俺がこんなはっちゃけたキャラだったら嫌でしょ……」
「そりゃこの子を真似てってのは極端な例だけどな。レオンはたまに死んだ魚みたいな顔してる時があるからさ」
「目だけじゃなくて顔まるごと?」
なにそれ酷い。
それはもはや人間の形をした魚類なのでは?
「ははっ、そうへこむなって。ただの冗談だ、元気な妹ちゃんだって感想は本音だけどな」
「すいません、昔からこんな調子でして。久々に会ったもんですから余計に」
「よっぽどお兄ちゃんが好きなのね。可愛らしいじゃない」
どうやら二人は他意無く微笑ましく思ってくれているようだ。
それで済んでいるうちにちゃんと言い聞かせねば。ただでさえ形の上だけとはいえ同じ冒険者になろうとしてるってのに。
「ていうか、何でエレンちゃん? はメイド服着てるの?」
「ああ、先日までどこぞの屋敷でメイドやってたみたいで」
「へ~、それで何でこっちに?」
「レオ兄と一緒に暮らすために決まってます~、家族なんだから当たり前のことです~」
「あのなあ……」
大人な二人とは対照的に完全に敵意剥き出しである。
とはいえ咎めるのも気が引ける。そんな気持ちを抱いているのも事実。
俺もきっと王都に来たばかりの頃はこんなだった。
いや、ここまでガキな言動をしていたつもりはないが、他人を信用しない、自分以外は全部敵みたいな思想はどう否定したところで確かに胸の奥に存在したはずだ。
「というか、アルたちは?」
「フィー姉が一旦着替えに帰るって言うから兄貴は付き添いついでに買い物の荷物を置きにいったよ」
「ほーん」
フィオ姉も無事に到着してたのか。
だったらアルを残して来て正解だったな。ネルがこんななだけに。
「ほれレオン」
とかなんとか考えているとマスターが戻って来た。
差し出された用紙とペンを受け取る。
「ネル、ここに名前と職業書いて」
「ほーい」
そこまで冒険者としてパーティーに加わる意味は無いが、一応は身分証の意味も持つので登録しておいて損も無かろう。
俺たちの身内ということを示す材料にもなるしな。
それを理解しているのかいないのか、ネルも素直に用紙を受け取った。
「ねえレオ兄、エレン・スパークスって書いてもいい?」
「いいわけないだろ」
ちょっと真面目に考察しちゃった俺を返せ。
そりゃいきなり冒険者になる意味、俺たちがパーティーを組む意味を理解しろというのは難しいとは思うけども。
「あと二か月もすればそうなるのに?」
ねえねえ、と。裾を引くネルはおねだりの目で見上げている。
二か月ってなんだろう……ああ、誕生日なのか。
十五歳になれば成人、ゆえに結婚出来ますってか。
薄々どころかだいぶはっきりと感じていたことだけど、やっぱり村をなくして以来五年も離れていたせいであの頃のままなんだな。俺への印象も関係性も、時間と共に歩みや変化を失ったたままだ。
それでいて皆が前に進むために、誓いを果たすために今日までを過ごしてきた。
俺だけが……違う。それが情けなくて、恥ずかしい。
誰よりも恨んで、憎んでいた自覚があったはずなのに。
「どしたのレオ兄?」
「いや何でもない。つーか先々がどうであれちゃんと自分の名前を書きなさい。ギルドに提出する名簿なんだから」
「はーい」
渋々ながらも素直に従ったネルはサラサラと紙の上にペンを走らせている。
チラリと目を落とすと、職業欄に性奴隷と書いていた。
ビリビリビリ
「ああん、何で破るの~」
「ギルドに提出して保管される資料だって言ってんだろ、真面目にやりなさい」
「ぶ~」
「無駄遣いするなっての、ほらもう一枚。それからレオン、こっちは別途のパーティー申請の用紙だ。これも今日出していくのか?」
「いや、まだ面子も集まってないしそれは別の機会に出すよ」
「いいのか? そのために来たんだろうに」
「そのはずだったんだけどな、よく考えたら職業だの役割だのを事前に決めてるわけでもないし全員集まってからにした方がいいかなって」
「そうか、なら今日はお嬢ちゃんの登録証だけ貰って帰んな」
「そうするよ、あんがと」
最終的にネルの職業欄は事務員という当たり障りのないものにしておいた。
こんなのは書類上の話でしかないので戦闘員ではない俺たちの申告なんてどうとでもなるし、拘る意味も無い。
そんな具合でネルの書き直しを待つこと数秒、不意に辺りがざわついた。




