【第二十九話】 長姉参上
兄さんが家を出てしばらくが経った。
フィオさんが到着するまでこれといってやることもないので昨日と同じく家事に勤しんでいるのだけど、そろそろ手持ち無沙汰になりそうだ。
洗い物は終わらせたし、部屋の掃除も今し方済んでしまった。
窓拭きはや雑巾がけは昨日やったし、洗濯はちょうどエレンがやってくれている。その前に風呂掃除も終わらせてくれた。
夕食の準備でもしておきたいところだけど、なんでも冒険者組合で昼食を取るという話だしあまり急いでも仕方がない気もする。
というか同じメニューになってしまわないように選びたいし、せっかく自分以外のために料理をするのなら兄さんには出来たてを食べて欲しい。
とりわけ食事の用意はエレンと日替わりなのでクオリティーで負けるわけにはいかないというか、我が妹とはいえ勝ち誇った顔をされると悔しい自分がいるのだ。
少しでも兄さんに喜んで欲しいと思う気持ちは同じはずなのにこうして張り合ってしまうのは少々大人げないだろうか。
エレンの立場からするとまあ、致し方ないことではある。
何せクロエやアイシスさんとの正妻争い(本人達曰く)の真っ只中なわけで、とりわけ長所であり強みがそういった部分になる以上は人に負けたくないのだろう。
僕としては妹を応援したい思いもあるにはあるのだけど、だからといって他の二人を蹴落とすような協力をするのも憚られるので何とも複雑な心境だ。
せっかく再会を果たした家族なのだからみんなが仲良くあって欲しい。
といっても言葉尻ほど深刻な状況にはきっとならないのだろうけどさ。
昔から兄さんを取り合ってはいたけど、誰の物かを競うのではなく誰が一番かを争っていたからね。
自分以外を排除してでもという考えは三人の誰にもない。それが分かっているからガルさんやフィオさんも時に度を超すこともある争いを微笑ましく見守っているのだ。
本音を言えば男であるがゆえに他ならぬ僕が蔑ろにされている気がしないでもないのだけど。
そりゃあ恋愛感情ではないにせよ、僕にだって誰よりも傍で兄さんを支えたいという気持ちはある。
残念だけど女子達だけに独占させるわけにはいかないよ?
「兄貴~!」
おっと、妙な対抗心を燃やしている間にエレンが戻って来たようだ。
玄関から僕を呼んでいるみたいだけど、どこか慌ただしいな。
「どうしたのエレン、洗濯ものは干し終わった?」
「それはちょうど終わった。じゃなくてフィー姉が着いたから荷物運ぶの手伝って!」
「あれま、随分早かったね。少ししたら大通りまで迎えに行こうと思っていたのに」
この辺りは王都の中でも随分と端の方に位置する。
住所は知らされているとはいえ初めて入って真っすぐに辿り着くのも難しいと思っていたんだけれど。
「早く早く」
「はいはい、焦らなくても荷物は逃げないよ」
比較的早い再会なれど、やっぱり嬉しくてテンションが上がっているエレンに続いて外に出るとなるほど忙しくなるのも納得だ。
一般的に荷運びに使われる物より一回り大きな馬車が庭を占領している。
その脇には数日ぶりに会う我等が長女が立っていた。
「フィオさん、お早い到着ですね。真っすぐ来られましたか?」
「お出迎えご苦労アル。わたくし一人では道の一つや二つ間違うこともあったかもしれませんけれど、御者は雇った男なのでそういったこともありませんでしたわね」
「そうでしたか、それはよかった」
大聖女として生活した日々のせいだろうけど、特権階級感溢れる態度が抜け切れていないようだ。
別にそれで気を悪くする僕達ではないけども、ガルさんやクロエにとってはうってつけのからかう材料になるだろうに。
それはそれで面白いから今指摘するなんて勿体ないことはしないけどね。
「また随分と大荷物ですね……」
「最初にそう伝えておいたじゃありませんの」
確かに聞いてはいたけれど、この規模の馬車が埋まるほどだとは思いも寄らない。
木箱もたくさん積んであるし、半分は家具の類のようだ。
ソファー、鏡台、ミニテーブルにチェストまである。
今日までの暮らしを考えると私財が多いのは仕方がないことかもしれないけど、はたして家具まで持ち出す必要があったのだろうか。
僕達の活動や生活の資金のことまで考えてくれているので誰も強くは言えないか。
「世話を掛けますけれど、皆で運び入れましょう」
「それはいいんですけど……必要最低限の者と金品以外だけでいいのでは? 家具の類を苦労して運んでも引っ越す時にまた苦労して運び出さないといけませんし、何よりスペースもありませんよ」
「ふむ、それもそうですわね」
「では僕とフィオさんでやりましょうか。エレンは馬を繋ぎ直して、水やご飯をあげてくれる?」
「ほーい」
というわけでフィオさんに荷物を選定してもらい木箱を運び入れていく。
何ならエレンよりも力仕事に向いていない我等がお姉さんは一往復しただけで汗だくになってしまったのでほとんど僕一人でやることになってしまったけど、それも十分そこらで完了し皆で一息吐くこととなった。
テーブルに三人が向かい合って座り、しばしの小休止だ。
「レオンは本当に質素に暮らしていたんですわねぇ」
お世辞にも広いとは言えない室内でフィオさんはどこか感心したように辺りを見回している。
十代という年齢で贅沢に暮らしている平民もそうはいないだろうけど、冒険者という職業柄必ずしもそうではないことも間違いではない。
「僕は逆に安心しましたけどね。目先のお金や贅沢に溺れていなくて」
「冒険者として成功を収めるのは限られた人間だと聞きますしね。あの子は昔から物欲もありませんでしたし」
「それを言えば皆そうだったんじゃない? フィー姉も含め食べて遊んで寝て、それがあれば満足みたいな感じだったじゃん」
「否定はしませんけれど、レオンに限って言えばそれが逆に向上心や出世欲の薄さにも見えましたけれどね。エレン、お茶を」
パンパン、とフィオさんは二度手を叩く。
初めて訪れた他人様の家だというのに何ともリラックスの度合いが凄いというか、素の姿に拍車が掛かっているというか。
フィオさんにとって素の自分で居られる空間はさぞ心地良いのだろう。
誰よりも恵まれた環境で生きて来た聖女様が、誰よりも窮屈な人生を歩んできたであろうことは想像に難くない。
僕だってエレンだってやりたくもない、やりがいもない仕事に身を費やしてきただけにその気持ちはよく分かる。
分かるのだけど、ここで興味深い問題が一つ。
背後にあたるためフィオさん本人には見えていないだろうが、大人しく席を立つエレンの顔がものっすごいニンマリしていてさぞ面白……じゃなく良からぬことが起きる予感をヒシヒシと伝えていた。
こうなっては敢えて口を閉じて見守るしかない。だってそれが僕達にとっての素の姿なのだから。
エレンは先程まで火に掛けてあったポットを手に取り戻って来る。
かと思うと、バシャバシャと音を立てながら中身を豪快に注いだ。
カップにではなく、フィオさんの脳天に。
「熱ッつぁぁぁぁぁぁ!!!!」
予測された光景の通り、僅かな『何が起きたのかを把握するまでの間』を挟んでフィオさんは悲鳴と共に飛び上がる。
そして頭から肩や腕を慌てて手で払うことでせめてもの抵抗を試みつつエレンに詰め寄った。
「なななな何をしますの!?」
「……え?」
「え? じゃありませんわよ!! 何故にそっちが不可解そうな顔!?」
「えへへ、ごめんねフィオ姉。普通にイラとしちゃったからさ♪」
テヘっと、舌を出して笑うエレンに悪びれる様子は微塵も無い。
ここで種明かしをしてしまうと沸かしてから随分と時間も経っているため火傷するほどの温度ではないという話だ。
当然エレンとて害意や悪辣さによってそうしたわけではない。
ただ悪戯をして怒られる、そんなかつてのやり取りが好きなだけで。
「そんなに熱くなかったでしょ?」
「そうですけれど! だからといってびしょびしょになっていることに違いはありませんからね!?」
「荷運びして汗も掻いてるし着替えた方がいいかなって思ってさ。シャワー浴びてきなよ、ってことが言いたかっただけなの」
「まったくもう、悪びれもせずによくもまあ。そうならそうと口で言えばいいでしょうに、アルも何とか言っておやりなさい」
「まあまあ、今日のところは大目に見てやってください。みんなこうやってフィオさんとじゃれ合うのが好きなだけですから」
「むう……そういうのであれば今日のところは目を瞑ってさしあげますけど」
相変わらずおだてられるとチョロいフィオさんだった。
とはいえ完全なる納得には至っていないのか、少々ブツブツ言いながらでこそあれ素直に着替えを手に浴室の方へと消えていく。
少ししてそれも終わり、着替えを済ませたフィオさんが改めて席に着いたところで兄さんから聞かされている今日の予定を伝えた。
兄さんの帰りを待つか、散策でもして時間を潰し、その後冒険者登録を済ませるという流れだ。
余裕があれば新居探しもと言われてはいるけど、来たばかりでそこまでするのも少々時間が足りないだろう。
「ところで、フィオさんって冒険者登録はしてるんですか?」
「しているわけがないでしょう。神官としてそういった社会貢献や寄進のために冒険者として活動している方もいらっしゃいましたけど、大聖女の身ではさすがにお許しも出ませんわ」
仮に出てもする気もありませんでしたけど。
と付け加え、フィオさんは着替えた衣服を指でつまんだ。
見様によっては部屋着にも見えるが、なるほど外行きの格好として見ても品格を感じさせる白くゆったりとしたワンピースだ。
「服装はこのままの方がいいかしら?」
「それはそうでしょう。まさか聖女の格好をするつもりだったんですか? 兄さんが目立たないようにと言ってたでしょう」
「それは冒険者となる前までの話でしょう? むしろこの肩書を利用する方が賢明ですし、レオンもそのつもりなのでは?」
「そうかもしれないですけど、冒険者になるにしても家探しをするにしても前段階で耳目を集めてしまっては所在地や傍に居る僕達との関係性が周知されかねませんよ。建前ではチームを組むために集まった他人で、僕やエレンは兄さんの親戚ということになっているんですから」
「言われてみればその通りですわね。家でぐらいはのんびりと過ごしたいですし、後から着替えることにしましょう」
「そうしてください」
「というか、そういう話をするのならエレンは家でもメイド服ですけれど?」
「当然じゃん、あたしは家でも冒険者パーティーでもレオ兄専属のメイド兼性奴隷だもん」
「……何故にそうも誇らしげな顔が出来るのかが不思議で仕方がないのですけど、言っても無駄でしょうからそこはいいですわ。アル、すぐに出ますの? 新居を探しにいくのでしょう?」
「そうした方がいいかと思ってはいたんですけど、まだ身分証も持っていない僕達がいきなり家を購入出来るものなのでしょうか」
「あ~、確かに」
「なので兄さんの帰りを待った方がいいかと。出る前に買い物でもして過ごしてくれればいいと仰っていましたし」
「待つ必要なんてありませんわ。時間は有限、野望は大きく課題は山積み、レオンが今わたくし達のために動いているのなら、わたくし達は出来ることをやる。それが家族というものです。心配せずとも社会経験なら一番積んでいますから、わたくしに任せておけば新居探しぐらいちょちょいのちょいですわ」
「…………」
「…………」
不安だなぁ。と思っているのは僕だけではないらしい。
平時のフィオさんは確かに冷静で思慮深いタイプだけど、こういう自信満々の時って大体空回りするから逆に不安だ。
勿論そういう印象は昔の、記憶の中の姿から連想しているだけではあるけども。
「そうと決まればすぐに出かけますわよ。わたくしについてきなさい」
「…………」
「…………」
エレンも止めた方がいいんじゃない? みたいな目で僕を見ている。
当然同じことを僕も伝えたいのだけど、ノリノリになっているフィオさんは止まらなそうだ。
「何を二人して黙っていますの、返事は?」
「お、お~」
「ええぇ~……」
「声が小さいっ、それにバラバラ! ちゃんと声を揃えてもう一度! 行きますわよ、わたくしについてきなさい!」
「「ええぇ~……」」
「どうしてそっちに合わせるんですの!?」




