【第二話】 ポスティリオン
「ちわーっす」
組合本部に足を踏み入れた俺は集合時における定位置と化しつつある一番奥のテーブルに向かうと、既に椅子に座ってオレンジティーを飲んでいる男女にペコリと会釈をし、勝手に椅子に座った。
「よっ、レオン。おはよう」
にこりと片手を挙げるは俺を拾ってくれた張本人であるバレット・フォスターさんだ。
剣士であり彼の所属するB級パーティー【グラン・ノーツ】のリーダーでもある良き兄貴分的な感じの人で、荷運びが必要な仕事の時には毎度俺に声を掛けてくれたり、本来危険度の低さゆえに報酬の少ないポスティリオンの俺が生活に困らないように配慮してくれている戦士としての腕も人間性も本当に立派なイケメンリーダーである。
パーティーのランクはSからEの五段階なので既に上級一歩手前まで来ているし、その上に英雄級、勇者級というものまである個人の階級でも二十五歳にしてA級にいる中々のエリートでまさしく神の不平等さを体現している、他人だったらひたすらに妬みと僻みの眼差しを向け心で呪詛を唱えているであろう見た目も中身も同じ人間かと疑わしくなってくる存在だと言えよう。
王都グランデから取ってグラン、そしてノーツってのは物語とか冒険って意味らしい。
ちなみに俺のランクはDで登録したてのEランクから一個上がっただけだ。
そりゃそうさ、何の功績も挙げていないし。
「レオン、座りなさい」
「うす、もう座ってるっす姉さん」
「マスター、同じのもう一つ!」
俺の言葉……というよりはツッコミが届いているのかいないのか、くるりと振り返り受付に座っている組合長ことギルドマスターに俺の分の飲み物を注文してくれるのはリーダーの隣に座る黒いロングヘアーが似合う一人の美人である。
こちらは同じく剣士でありグラン・ノーツの副リーダーでもある俺にとっての姉貴分、ジェニーことジェニス・ローラーさん。
元はコンビで活動していたバレットさんの恋人であり、ゆえに二人でお揃いの白を基調とした装束を纏っている俺的格好い良い女性ナンバーワンのお姉さんだ。
気は強いが面倒見が良く、パーティー内外でとても頼りにされていてメンバーでもない俺のことまで気にかけてくれる凄い人だったりする。
こんな強くて美人な彼女がいるなんてと会う度にリーダーを妬んでいたのも懐かしい話で、誰がどうみてもお似合い過ぎるし、もう色んな意味で勝ち目ないから割と早い段階で虚しくなってやめた。
「レオン、この間の話考えてくれた?」
何やら忙しそうにしている組合長の娘さんが届けてくれたオレンジティーを俺の前に移すと、一口啜ったところでジェニーさんが切り出してきた。
何でも顔見知りらしい商人の依頼でどこぞの軍施設に売り物を届ける御者が必要とのことで、そこにポスティリオンとして同行しないかという話だ。
そう大きな商会ではないらしく日頃使っている従業員という名の息子が怪我をしたとかでそのポジションの人材がいないらしく、知り合いであるジェニーさんを通して話が回ってきたってわけだ。
理由が怪我であるかどうかはさておいてもそういう話はよくあるし、その場合基本的には業者を使うと高く付く上に一般人であるがゆえに護衛を雇ったりしなくてはいけなくなったり契約上無事に帰す義務まで生じるため緊急で補充する人員はそういった義務が生じず、かつ護衛を兼ねさせたり身の安全は自分で確保させられる冒険者から見繕うのが常識となっている。
「ま、それだけが理由ってわけじゃないでしょうけどね。あんたってば動物の扱いじゃ右に出る者はいないってぐらい有能じゃない。初めて会う馬をいとも簡単に乗りこなしちゃうんだから」
「つっても、そもそもポスティリオン自体そう数もいないっすからね」
ぶっちゃけ大半は移動先で馬の世話や管理をしたり馬車を操縦するだけのほぼ一般人みたいな人種だからな。
戦闘能力を持つ人間が選ぶわけもないし、もっと言えばやっていることは冒険者である必要性もほとんどない。
馬や犬、狼に鳥類など実際には扱う動物も多岐に渡るが、魔獣を扱うような奴はかなり希少な人種だ。
ジェニーさんが言ったように小さい頃から馬の世話が日課だったおかげか初対面の馬や気性の荒い動物でも比較的簡単に打ち解けることが出来る俺は期間限定で調達する人員としてはうってつけ、ということなのだろう。
俺にしてみりゃただの家畜だとか人や物を運ぶ道具としか思っていないからそうなるんじゃねえの? って感想しかなかったけど、わざわざ俺に振ってくれる優しさや恩義にも報いたいし、そうでなくとも仕事が貰えるなら何でもいいや。
「姉さんの紹介っすから勿論受けますよ。働かざる者食うべからず、金を稼いで良い暮らしをしないとね」
「あの可愛い愛馬ちゃんのためにも?」
「カロンもそうですけど、いつか偉大な男になる未来の俺のために、ですかね」
「何を遠い目をして格好付けてんだか」
やれやれと、ジェニーさんは呆れた様子で首を振る。
俺が王都に来た理由を誰かに説明したことはないせいか性格の悪さをおちゃらけて誤魔化してみたところでそもそもあんまり真面目に聞いて貰えたことはない。
「まだ若いんだからもっとあるでしょ色々。やりたいこととか、行きたい場所とかさ」
「いいんスよ。俺は俺の小さな幸せのために日々を生きていくんで」
「可愛い奥さんを見つけるため、だったか? そのために村を出たんだもんなー」
対照的にからかうような顔でリーダーに肩を組まれる。
同じ男だからか、少しぐらいは共感してくれているのかもしれない。
いや、そもそも結婚相手を見つけるために村を出たって理由自体が詮索された時のために用意しただけの取って付けた嘘なんだけども。
「その通り。俺はひとえにリーダーみたいに美人の奥さん見つけて幸せに暮らすって野望のために王都に来たんです。あそこにいたら生涯芋掘りだけで終わっちまいますからね」
「そうかそうか、取り敢えず世界中の農家の方々に謝れ」
「まったく男ってのは。バレットも、レオンに変なこと吹き込まないでよ」
「俺は何も言ってないだろ~、陰ながらひっそりと応援しているだけでさ」
な、レオン。
と親指を立てるリーダーはやっぱりイケメンでナイスガイだった。
つーか他の連中おせえな。
「だ~れだ♪」
ハゲといいコソ泥といい普段偉そうにしているくせに相変わらずの駄目人間っぷりだな。
なんて心で毒づいた時、唐突に視界が真っ暗になった。
顔に触れるひんやりとした女性特有のか細い手や指、そしていつもの良い匂い、仮に声を聞いていなくても答えは一つである。
「おはようございますエイミーさん」
「おはよ~レオンちゃん。リーダーとジェニーちゃんもおはよ~」
と、いつもの陽気な口調で挨拶が聞こえてきたところで目を塞いでいた手は離れ、代わり視界に入り込んできた女性が俺の隣に座った。
この女性はエイミー・ノーティスといってグラン・ノーツ所属の魔法使いであり、このパーティーにおける唯一の俺の癒しだ。
フードの付いた丈の短い紺色のローブを着用し、手には金属製の杖といういかにもな格好をしていて歳はジェニーさんの一つ下で二十三歳。
いつだってその口調と同じくふんわかほんわかした雰囲気を全身から醸し出しているやや天然なお姉さんで、ここらの冒険者じゃ年少の部類に入るからか俺のことを弟分と勝手に公言して物凄~く優しく接してくれる大好きな先輩だと言えよう。
見た目も年上とは思えないぐらいの童顔で可愛らしいし、いつだっておっとりにこやかだし、魔法使いとしての腕前も凄いしという非の打ち所がないぐらい魅力的な女性だ。あとおっぱいがデカい。
言わずもがなこの俺は出会ったその日に惚れそうになっていたわけだけど、ジェニーさんの『弟扱いされてる時点で絶望的よねぇ』というお言葉によって現実に戻されたのもほろ苦い思い出さ。
そのおかげでベタベタしてもらえるので悪いことばかりじゃないけど、どうしてあと数年早く生まれなかったんだ俺の馬鹿。
「エイミー、何か飲む?」
「ううん、二人が来たらすぐに出発するだろうし大丈夫だよ~」
「ほんとあの問題児二人は毎度毎度……」
にこやかなエイミーさんとは対照的にジェニーさんは不満げに肘をつきやれやれと首を振った。
女性陣の反応が対照的なのが気になるところではあるが、俺にしてみりゃ当然の如くジェニーさん支持派だと言わざるを得ない。
残る最後のパーティーメンバーであるパワー馬鹿とテキトー馬鹿のコンビは毎回いい加減過ぎなんだよ。
エイミーさんは寛容過ぎるし、スカウトしてきたリーダーも注意はしても怒ったりはしないからツケ上がるんだぜきっと。
「すまん、遅くなった」
そんなこんなで待つこと数分。
談笑と共に待ち時間が過ぎ、グラスが空になったところでようやくその片割れが現れた。
近付いて来るなりやや申し訳なさそうに片手を上げるのは背が高く、ガタイも良い全身ムキムキでツルッパゲの大男だ。
名はクレイヴ・ロジャース。
拳を武器に敵を倒す戦士として名を連ねるメンバーの一人で外注ということのみならず戦うことが出来ない俺を見下している単純馬鹿で嫌な奴という印象しかない。
「なんでい、俺が一番最後かよ」
皆が口々に軽い挨拶を述べる中、このハゲが嫌いな俺は黙ってそれを見ているといういつもの構図。
その最中にでけえ図体の後ろから別の声が聞こえた。
陰から顔を覗かせたのは胸元や両手足に防具を付けているリーダーとジェニーさんであったり、いかにも武闘家な格好のロジャースとは違い頭に布を巻いた山賊みたいな格好をした小柄な男。
それもそのはず、このイギー・ピアスンの職業は盗賊だ。
感知能力や察知能力に長け、探索や捜査の際には重宝する役職と言える。
こいつもこいつで俺を馬丁扱いする嫌な野郎なのだが、ロジャースもピアスンも俺なんかよりずっと戦力になっているので強く出れないのが悔しい限りです。
だからといって死んでも敬ったりはしない。俺はこの凸凹コンビが大嫌いだ。
「遅いわよ二人とも」
体を鍛えることにしか興味がないため前もって準備をするだとか予定を立てて行動する脳みそがない鍛錬馬鹿と大抵の事柄に『なんとなくでいいっしょ』とか言ってるテキトー馬鹿、いつだって最後に合流する問題児二人へジェニーさんの叱責が飛ぶ。
年齢で言えば二十一らしいので俺の次に若いピアスンは特に悪びれるでもなく、むしろ何を怒っているんだい? とでも言いたげな憎たらしい顔で肩を竦めるだけだ。
「そう怒りなさんなって姉御。こんだけ人数がいるんだ、誰かが最後になるのは必然ってもんさ」
「それと遅刻するのは話が違うでしょ」
「そーだそーだ」
「何か言ったか馬小屋育ち」
「言うわけないじゃないっすか先輩~」
ダメだ、やっぱこいつぶっ飛ばしてえわ。
百パー返り討ちになるだろうけど。
「その辺にしてやってくれジェニー。予定が狂ってしまう程の時間じゃないが、そろそろ出発しないと」
「あんたがちゃんと注意しないからいつまで経っても……」
「ローラー」
「……何よロジャース」
「済まなかった、以後気を付ける」
二人の会話を遮り割って入るロジャースは言い訳をせず、素直に謝意を口にする。
潔しと言えば聞こえはいいが、多分馬鹿だから言い訳を考える頭もないのだろう。
こいつに関してはいい加減な性格のせいではないのでジェニーさんもハゲ頭を下げられては強く出辛いのか言葉に詰まっている。
それはそれでむしろ質が悪いし、以後気を付けるという言葉や心掛けが次回以降に生かされることがほぼないのが問題児たる所以なのだ。
「ならそうして。さ、行きましょバレット」
まだ不機嫌そうなまま、ジェニーさんは立ち上がりリーダーに視線を移した。
大いに言いたいことは残っていそうだし、何ならピアスンの野郎が素知らぬ顔をしているのが俺としても気に食わないが、無駄に態度だけは殊勝なロジャースに毒気を抜かれたのか溜息一つ掃き出す代わりに全てを飲み込んだようだ。
続いて立ち上がり『オーケー、出発するとしよう』と仕切り直すようにパチンと手を叩いたリーダーは問題児二人の肩を抱いて出口へと向かっていく。
残りのオレンジディーを流し込み、俺も慌てて後を追うと急いで馬車置き場へと走った