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【第二十八話】 副団長


 目が覚めるとどこか重い頭が疲労感を生み、それが逆に頭を冴えさせた。

 昨晩帰った後は疲れて爆睡するんだろうなと思っていたのに、例のアレのせいか家に帰り着いたことで精神的な解放感とか脱力感こそあったものの体力という意味ではほとんど消耗している気がしなかったので中々寝付けなかったせいだろうか。

 隣には下着姿のネルがいる。

 まだ【数年ぶりの再会】補正が収まらないのかそういう年頃なのか基本的にずっと一人でテンションが高いネルの話に延々と付き合っていたから寝不足気味なんじゃないかとも思えなくもないが、それを拒絶するほど駄目な兄貴ではないつもりだ。

 問題はなにゆえ下着姿なのかということだけど、服を着ろと言っても聞き入れず『襲われ待ちだから』とかわけの分からんことをいうのでそれ以上は触れないことにした。

 アルは気を遣って? なのか気を利かせているつもりなのか一階のソファーで寝てやがるしよ。

 妹の暴走は君が止めてくれなきゃ困るよ、おかげで一瞬変な空気になっちゃっただろが。

 いやいや、言っとくけど何もしてないよ?

 途中裸で迫られたけど何もしてないよ?

 キスされただけだよ?

「んみゅ……」

「…………」

 やめやめ、このままじゃいつか押し切られてしまう。

 この世間知らずは冴えない男の劣情を分かってないんだきっと。

 ……どこぞの貴族の家で何年も働いていた時点で俺より社会経験豊富だったね。落ちこぼれの兄でごめんって言いたいよ。

 さて、起きて早々に今日一日のやる気が失せるような自己分析はこの辺りにしておいて。

 メイド業をやめてからは寝坊出来るから幸せとか言っていたネルを起こして三人で朝食を取るとしよう。

 聞けば掃除やら飯の用意は二人で順番にやることになったらしい。

 勿論何から何まで丸投げしちまってるわけではなく極力は俺も手伝ってはいるのだが……あまりにも二人がやりたがるのでぶっちゃけ俺居なくてもあんま変わらんレベル。

 仕事でやっていて家事能力を培った上にこれからは俺のメイドとか言ってるネルはともかく、アルまで家事好きなタイプだとは思わなかった。

 昔から要領は良い子だったので力仕事や体力仕事でなければ何でもすぐに覚えてはいたけど、曰く一人で生きている時間で自然に身に付いたんだってさ。

 いやあ、俺なんにも身に付いてないんだけど。

 掃除も一人じゃロクにしないし、料理も切ってぶち込んで温めるだけのスープ以外バリエーション皆無だし。

 なんつーか、未だに尊敬の眼差しばかり向けられるけど逆に俺が尊敬するわ。

「ところで兄さん、本日のご予定は?」

 そろそろ朝食の時間も終わりを迎えようとする頃。

 長閑な雰囲気から仕事モードに切り替えたのか急にアルの表情が引き締まった。

 別に俺の世話は二人の仕事などでは決してないんだけど、何度そこまでしなくていいと伝えても好きでやっていることだと言い張るのでもう諦めたさ。

「昨日の仕事の関係で一度城に行かなきゃならん。それが終わったら冒険者組合に行っておくかな、パーティー結成の申請もしなきゃならんし」

「あたしも行っていい?」

「ああ、二人はまず冒険者登録をする必要もあるし一度行っておいてもいいかもな。まあ 二度手間になるし皆が揃ってからでも構わないっちゃ構わないが」

「今日にはフィオさんが来る予定ですよね」

「あ~、そうだったか。この家の場所は教えてるけど……どうすっかな」

「では僕が留守番していますよ。時間は有限ですし、兄さんが不在の間にここに来られたら先日仰っていた新居探しをしておきましょうか?」

「なるほど、そっちの方が効率もいいか。ならネルも一緒に行ってきな、買い物とかするなら女子二人一緒の方がいいだろうし。その後に集会所で合流して飯でも食えばいい」

「おっけ~♪」

「ってことで行ってくるわ、ごちそうさん。後片付け任せちゃってごめんな」

「いえいえ、これもお勤めですから。お気を付けて行ってらっしゃいませ」

「いってらっしゃい。愛するあたしのために早く帰ってきてね」

「はいはい」

 空いた食器を下げると、にこりと微笑むアルネル兄妹に見送られ家を出る。

 昨夜組合長に聞いた話の通り、これから不死鳥云々の話をするべく城に行くという低ランク冒険者にあるまじき難題に挑まなければならない。

 安いボロ屋に相応しい大通りから外れた閑散とした裏通りに位置する我が家はこの王都の一番奥にあるまでは中々の距離がある。

 ゆえに、というわけでもないかもしれないが俺は一度も行ったことがない。というか一介の冒険者程度の俺にはそもそも訪ねていく用事もまずない。

 ゆえに到着する前から何か緊張しちゃってるわけだ。

 昨日留守番させちまった詫びにカロンも連れて行ってやろうかとも思ったが、馬で行っても中に入ることすら許してもらえなかった場合に繋いでおく場所があるかどうかも分からないし、相談事をしに行く手前そこで一手間掛けさせて心証を損ねるのも得策ではない。

 歩いても精々二、三十分だ。そのぐらいは頑張るさ。

 え? 貸し馬車に乗ればいいじゃないかって? うちにそんな金があるかぁ!

「はぁ……やめだやめだ。余計疲れる」

 ただ歩くだけというのも疲れるかと思って何か考えるようにしてはみたが、相変わらず一人でいると出てくるのは不平不満ばかり。

 これなら暢気に街並みでも眺めているだけでいる方がいくらかマシだと再び頭を空っぽにしてひたすらに目的地を目指して歩くことに。

 魔王軍がどうだとか王女様がどうだとかと平穏とは言い難い出来事が重なったこともあって俺がこの王都に来た頃に比べると活気とは別の賑わいも増えてはいるが、それでも大通りには普段通り多くの人が行き来している。

 住民以外にも行商人、冒険者、鎧を着た兵士。

 単なる買い物にやって来た者、朝っぱらから酒を飲もうという者、齷齪と忙しそうにしている者、事情は様々なれど日頃の光景とそう変わりはない。

 ただ一つ言えることは、やっぱり彼女連れ家族連れの野郎を目にする度にイラっとするので別の道を通ればよかったということぐらいだ。

 ま、このルートが一番近道なんだから仕方がないよね。

 やっぱカロンを連れてくるべきだったなぁ……緊急時でもなければ大通りを馬で走るのは禁止されてるけど。

「金ってのは不条理なシステムだよまったく」

 しばらくしてこのハルヴェス王国の本城であるヴァンダーウォール城に到着。

 我が家の百倍はデカい敷地と建物に、改めて近くで見てみると世の中って不公平だな~という感想しか沸かない。

 己の質素な姿が場違い感をより一層高め、早くも心が折れそうになるが俺はめげないぞ。

「すいませ~ん」 

 というわけで恐る恐る正門に近付いていき、分厚く強固な鉄の門を守る二人の衛兵に声を掛けてみた。

 入城するにあたっての正式な手順とか一切知らないので他に方法がないんだもの。こういうのも昨日ちゃんと聞いておけばよかったぜ。

「何用だ?」

 いかにも平民な服装のせいか、特に警戒される様子もなく片割れの若い兵士が返事をくれた。

 露骨に見下していそうな顔や声音は『遊ぶなら他所でやれ小僧』とか思っていそうだ。

「冒険者のレオン・スパークスといいます。組合に降りてきている依頼の件で相談があって来ました。フィリップ大臣か聖護穣団(エスペランサー)の団長、副団長に取り次いで欲しいんですけど」

 いくら忠告されているとはいえ、ここで『出来れば副長以外で』と言う図太さは持ち合わせていない。さすがに印象が悪すぎる。

 二人の兵は面倒臭そうに顔を見合わせ、渋々なのを隠そうともせずに少し待てとだけ告げて露骨に溜息を残してその若い方が門の奥へと消えていく。

 何だろう、ナメられてんのがはっきりしすぎてすげえイラついてくるんだけど。

 件の副団長の話といい、この国の兵士って連中はクソだな。

「はぁ……」

 今から大事な話があるんだ、いくらムカついても態度には出すなよ俺。

 相談しにきた立場で喧嘩腰なんて愚の骨頂にも程がある。

 落ち着け、と何度も何度も自分に言い聞かせながら待つこと五分か十分か。

 再び正門が開いたかと思うと、奥から現れたのはさっきの嫌な奴に加えてもう一人。

 黒毛のポニーテールを揺らす、馬鹿で不真面目な衛兵共とは違い凛とした表情を浮かべる若い女だ。

 歳は俺と同じぐらいだろうか。

 腰には細い剣をぶら下げていて、他の兵士と違い甲冑などは身に着けておらず、ワインレッドのやけにボタンが多い無性に格好良いデザインの上着に膝上ぐらいまでの丈がある黒いスカートとその下に重ね履きした黒いタイツ。

 周りの連中よりもずっと若いのに、いかにも地位や肩書を持つ剣士といった風貌は急に緊張感満載の表情に変わった衛兵達の反応も相俟って俺のオーダーに沿う偉い人なのだと一目で分かった。

 だがここで大きな問題がある。

 俺が会って話を聞いてもらうにあたって、その相手には三つの選択肢がある。

 騎士団長、副団長、そしてフィリップとかいう大臣だ。

 その中で性別が男ではない者はただ一人しかいない。

 それすなわち、それだけは避けろと言われていた副団長殿である。

「…………」

 おいおい、最悪じゃねえか。

 何でよりによってこの人が来ちゃうの?

 下手すりゃ俺の冒険者人生終わるよ?

 何で五十パーセントの壁ぐらい突破出来ないんだよ俺のボケェェェェ!

「お待たせして申し訳ありません。お初にお目に掛かります、聖護穣軍エスペランサー副団長ノエル・オークウッドと申します」

「あ、どうも初めまして。冒険者のレオン・スパークスです」

 ペコリと頭を下げながらの丁寧な挨拶に思わず面食らってしまいつつ、慌てて自分も自己紹介を返した。

 あるぇ~? 思っていたのと全然違うんですけど。

 聞いていた話から抱いていたイメージからして出合い頭に皮肉だ嫌味だを浴びせられるもんだとばっかり思っていたのに。

 めっちゃ礼儀正しいじゃん。

 少しでも印象を良くするために俺の方から挨拶しなきゃならなかったのに、失望とビビってたのとで咄嗟に声が出なかった自分が恥ずかしい。

「スパークス殿、以後御見知りおきを。聞けば私に話があるとのことですが」

「あ、はい。組合で認可されている依頼の件でお話がありまして……」

「分かりました。では立ち話で済ませるのも失礼かと思いますので中で伺いましょう。どうぞこちらへ」

「あ、ありがとう……ございます」

 え? 中へ?

 門前払いがデフォって言ってたよな皆?

 何がどうなってんの?

 誰かが腹いせに悪い噂を広めただけで実は普通の人なの?

 いや……たぶん違うな。だってそんなオークウッドさんの態度を見ている衛兵達があからさまに信じられない物を見た、みたいな顔してるもん。

 たまたま機嫌が良いだったのかな……そんなことあるか?

 まあ何でもいいけど、一つ確かなのは俺の運がまだ死んでいなかったということだ。

「どうしました?」

「あ、いや、何でもないっす」

 可能性が残ったという安堵と、今更ながら田舎の農民、狩猟民の出自である俺みたいなもんが王城に入っていいものかという躊躇が入り混じって無意識に固まってしまっていた。

 不思議そうに振り返ったオークウッドさんを慌てて誤魔化し、そそくさと門を潜って場内へと足を踏み入れる。

 広い敷地の大きな中庭には無数の兵が忙しく行き交っているが、それを除けば本当に同じ人間が住まう場所かと疑わしくなる程に豪勢な空間と光景が広がっていた。

 綺麗な庭園には緑のみならず色とりどりの花が一面を彩り、奥の方には噴水があったり誰を模しているのかは知らないが剣士の格好をした銅像が立っていたりと、もうなんか生まれてきてごめんなさいって感じである。

 随分と昔の話になるけど、何度か行ったことのある貴族の屋敷も大概不平等の極みを痛感させられた気になったけど、それすらも比じゃないとはっきり言えよう。

 ここまでくると妬みから苛立つよりも非現実感の方が勝って頭がふわふわしてくるわ。あと俺の貧乏丸出しの格好じゃ居心地わりぃ。

「どうぞお掛けになってください」

 長い回廊を通り、城内に足を踏み入れ、赤い絨毯の廊下をしばらく歩いて辿り着いたのは客間と思われる部屋だった。

 この広さ必要ある? と思わざるを得ないスケールに若干ヒキながらも言われるままガラスのテーブルを挟んでいる一人用のソファーに腰を下ろす。

 久々に目にする給仕服姿の侍女に目移りしていたのがバレたのかオークウッドさんは控えていた二人のメイドさんを退室させ、自らティーポットから紅茶を注ぎ自分の分と合わせてソーサーに乗ったカップを二つテーブルに置いたところで俺の正面に座った。

「では改めて、お話を伺いましょう」

 何なのこの人? 紅茶まで出してくれるんだけど、やっぱめっちゃ良い人じゃん。

 と、刷り込まれた情報によって戦々恐々だっただけにイメージとのギャップに戸惑う俺だったが、話を聞いてくれるというのなら是非もなし。

 相手に合わせて紅茶を一口啜り、さっそく事の顛末と請願の中身を説明することに。

 これは余談だけど、いかにも高級そうな缶に入っていた来客用の紅茶はさぞ美味いんだろうなと思っていたが、ぶっちゃけあんま違いが分からん。

 そりゃそうだ、俺に紅茶の良し悪しなんか分かるか。そんなに育ちが良くねえよ。

「なるほど……仰りたいことの意味や内容は理解しました。お気を悪くしないでいただきたいのですが、冗談の類ではないのですね」

 一通り話が終わると、オークウッドさんは顎に手を当て難しい表情のまま小さく頷いた。

 説明したのは他所の国から組合に下りてきた任務で不死鳥の住処と呼ばれる山の周辺調査に向かったこと。

 それ自体は特に問題も見当たらずに遂行したがちょっとした事故で滑落し、立ち入り禁止エリアにまで落ちてしまったこと。

 そしてそこで不死鳥と名乗る少女に助けられ、介抱どころか飯まで食わせてもらった上に麓まで送ってもらったこと。

 そして最後に友達みたいな感じになっちゃって近く遊びに行きたいと言われていること。

 実際に言葉にしてみると妄想、妄言みたいな物語だと自分でも思う。

 気心の知れたバレットさんやジェニーさんですら半信半疑だったぐらいの話だし、逆に自分が聞かされる立場だったならきっと『何言ってんのこの人』と冷めきった気持ちになるだろう。

 なのに、このオークウッドさんは一切馬鹿にすることも疑う様子もなく、最後まで黙って耳を傾けてくれて、リアクションが薄いのは性格や人柄のせいなのかもしれないけどそれでもちょっと感動すら覚えてしまった。

 さっきから俺の中でこの人の印象というか、好感度が上昇する一方である。

 無表情なタイプであるらしく出会ってから今に至るまで喜怒哀楽の一切を表情や口調から感じ取ったことはなかったけど、クールビューティーな感じもいいね! 

 って、んなこと言ってる場合ではなく。

「勿論全部本気です。本気と書いてマジです」

「分かりました。ではそれを前提に話を進めますが……現状、この国に限らずですが頂上生物との交友を禁止する法はありません。そもそも不死鳥以外に所在地が分かっている個体も存在しませんし、友人であると認識されるということ自体が耳を疑うような話ではありますが、それに関しての疑問はこの際置いておきましょう」

「助かります。つっても今した以上の説明もないんで納得してもらうための材料なんて残っていないんですけど」

「私に出来る提案も限られてしまいますが、もしもそれが現実となった場合には本人に話をして素性を伏せてもらうのが最善でしょう。お話が事実であれば見た目は人間と相違ないとのことですし、姿形なり真の姿なりを誰かが目撃したとてそう簡単に正体が露呈するとも思えません。最悪人ならざる生物だと疑われたところで便宜上はスパークス殿が使役する魔族という扱いにすることも可能ではあります。貴方が恩人として、一人の女性としてその方を認識しているのだとしても建前の上ではそうしておかなければ色々と問題も周囲の目もありますし、生活に不都合が生じるでしょう」

「なるほど……」

「幸いにもスパークス殿はポスティリオンとのことですので動物、従魔を使役することに違法性もなく周囲を納得させるだけの大義名分が立ちます。その上でお二人がどのような関係を築くかは当人達に委ねる、ということで」

「分かりました」

「先程申しました通り見た目が人間と変わりないのであれば公言しないことで周囲の混乱や動揺を避け、意味を同じくしてスパークス殿が畏怖であったり差別の目を向けられる理由を無くすことも出来るかと思いますので身近でかつ信のおける者以外には決して明かさないようにしてください。組合長にはこちらから正式に他言無用と通達をしておきます」

「了解です」

 色々と頭が回るなぁと感心しながら、それでいてせっかく真剣に受け止めてくれているのだから絶対に機嫌を損ねてはならないと俺も無駄に真面目な面構えを意識しながら頷くと、オークウッドさんはテーブルの端の方に置いてあった羊皮紙と羽ペンを手に取りサラサラと何かを記し始めた。

 やがてペンを置くと、今度は懐から官印と思われる印章を取りだし、その紙にギュッと押印すると向きを変えてテーブルを滑らせる形でこちらに差し出してくる。

「ではこちらで諸々の処理はさせていただきますので。それからこれをお渡ししておきましょう」

「えっと、これは?」

「通行証になります。そちらを提示すれば組合から随時発行させずとも各地の関所は問題なく通過できますのでスパークス殿の方からその方を訪ねることがあるのならその際にお役立てください。馬や馬車が必要なのであればそちらも用意させます」

「あ、いえ、自前の馬がいますので」

「そうですか。では他に必要なものはございますか?」

「そうっすね……今の所は特に思い付かないです」

「では後々であっても構いませんので協力が必要になりましたら遠慮なくお知らせください。それから、これもお渡ししておきます」

 オークウッドさんは終始業務連絡でもするかのような淡々とした口調なのでどういう感情なのかが推し量り辛く、どうにも気を遣ってしまうが最大限に協力的であろうとしてくれていることははっきりと分かる。

 話の最後に首からネックレスを取り外したかと思うと、何故かそれを俺へと差し出した。

 金色のチェーンに小さなピンク色の宝石なのか水晶なのかがぶらさがっているが、デザインからするにアクセサリーというよりは偉い人が持っている身分を表す物に近い気がする。

「えーっと、これは何なんでしょうか」

「副団長に与えられる勲章兼身分証のようなものです。今後は城門でこれを提示すれば私に取り次ぐよう指示しておきますので持っていてください。お困りの時には気兼ねなく訪ねていただければ」

「わ、分かりました。でもオークウッドさんもこれがなかったら困るんじゃ……」

「お構いなく、予備を持っていますので」

「そ、そうですか。ではありがたくお預かりします」

「はい」

「…………」

 気まず。

 良い人ってことは十分に理解したけど、いざ話が終わったら会話の糸口が見えねえ。

 絶対和気藹々と談笑してくれるタイプじゃないもの。

 冗談に笑って答えてくれるとは思えないもの。

 こりゃ機嫌を損ねる前にお暇した方がよさそうだ。

「あの……俺みたいな無名な冒険者の話を聞くために時間を作ってくださって感謝してます。何から何までありがとうございました」

「私は……」

 一度深々と頭を下げたのち、立ち上がって部屋を出ようとすると同じく立ち上がったオークウッドさんが背を向け何かを言いかけて言葉に詰まった。

 どうかしました? と問い掛けるよりも先に続きを喋り始めたため口を半開きにして固まる間抜け面全開な俺。後ろ向いててくれてよかったわ~。

「私は、冒険者という人種が好きではありません。いえ、はっきりと申し上げると嫌いです」

「えぇぇ~……」

「ですが、誠意には誠意を以て応える。それが信条ですので。それにこちらとしましても誰かが危険を冒すことなく友誼を以て頂上生物の脅威を取り除けるのであればそれに越したことはありませんから」

「…………」

「それでは話も纏まりましたのでこれまでとしましょう。私も職務に戻らせていただきますので見送りは控えさせていただきたく。お気を付けてお帰り下さい」

 オークウッドさんは一度振り返り、ペコリと頭を下げるとそのままこちらの反応を待たずに部屋を出て行ってしまった。

 ……なんだろう、何か触れちゃいけないもんにでも触れちまったのかな? 

 つーか誠意って何ぞ? 冒険者は嫌いだけど俺が真剣だったからあっちも真剣に話を聞く気になったってこと?

「……よく分からん」

 分からんけど、最終的にこっちの要望全部通った上に今後役に立ちそうな物まで色々もらっちゃったし結果良ければ全て良しってことにしておこう、うん。

 そう結論付けて、独りぼっちになった俺も変に緊張したり肩肘張っていたせいで必要以上に疲れた体でトボトボと城を後にするのだった。 


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