【第二十六話】 あの世?
「……ん?」
ふと、目が覚めた。
そもそも何故寝ていたのか、いつから寝ていたのか、薄目を開き記憶を辿ってみるとすぐに覚えている最後の光景が脳裏に浮かぶ。
そう、確か俺は不死鳥の山に調査に来ていて……足元が崩れ、転がり落ちてったはず。
「なんじゃこりゃ……」
手を支えに体を起こしてみるも、どこに痛みを感じることもない。
落下中は死にそうなぐらいあちこち痛かったというのに何故なんだぜ? と、辺りを見回してみると、なるほど納得した。
俺は原っぱの上にいて、辺りには花が咲いている綺麗で静かな自然の中に寝ていたらしいことが分かる。
最後に見たのは岸壁に囲まれた殺風景な景色。
つまり俺は死んで、ここは天国ってことだ。
……いやぁ、なんだろうこの微妙な気持ち。
死んだことに対しては何かすげえ虚しい気持ちになるし、死んだ原因になったあのクソ任務への怒りも勿論ある。
でもそれと同じぐらいに『俺でも死ねば天国にいけるのか~』という変な感情が少しばかり安堵であったり慰めみたいな気持ちを抱かせてもいた。
ま、最後に皆に会えてよかったかな。
そんなに心残りもないしな、うん。
「やっぱ無理があるな……ん?」
どうにか現実を受け入れようと前向きなことを考えてみるが全然気持ちは晴れず、つーかここで目覚めてこの後どうすりゃいいの? と辺りを見回したところで違和感に気付いた。
背後に木造の小屋がある。
そう大きくはなく、三人四人の家族が暮らすのが精々といった古い建物に見えた。
「あ、起きた!?」
あそこに行けば何か分かるかと思ったその時、死角からの甲高い声が心臓を飛び跳ねさせる。
思いっきりビクっとなった自分に若干恥ずかしくなりつつ、心臓が止まりそうになる感覚があるイコールまだ心臓動いてんの? という新たな疑問が湧きあがっていた。
いや、それは単なる比喩であってびっくりしたから実際に心臓がどうこうなるわけではないのだろうけど、それでも鼓動が爆速になっていることだけは自分でも分かる。
結論、やっぱ俺死んでない。
あと誰の声だこの野郎、ビビらせんじゃねえよ。
という八つ当たりを口にすることは出来ないわけだが、改めて声のした方向に体の向きを変えると、見知らぬ少女が木々の中からこちらに向かってきている。
あの小屋の住人か?
ここに住んでいるからこの付近だけ木が無くなってるわけか。
んなことは今はいいとして、少女は見た目で言えば俺よりも少し年下でネルぐらいの年齢だろうか。
金髪で所々に赤や水色が混じっているショートヘアの、分類するなら子供らしい可愛らしさを備えている女の子だ。
「ねえ大丈夫? まだどこか痛いところある?」
無言で座ったままの俺の前まで近付いて来ると、手を後ろに組んだまま俺の顔を覗き込む。
これは一体どういう状況なんだぜ?
「あ、いや……たぶん大丈夫、だと思う。というか君は?」
「私ミア!」
「ミア……」
知りたいのは何者なのかということであって名前を問うたわけでなないのだが、それを察しろというのも無理な話か。
外見からしてそうなので当然なのかもしれないけど、完全に知らない名前だ。
「違ってたら悪いけど、君が助けてくれたの?」
「そだよ! 何か崖の下で傷だらけで倒れてたのを見つけたから」
「そ、そっか……それは何というか、助けてくれてありがとう」
それが事実であれば彼女が何者であれ命の恩人ということだ。
ならば感謝以外に言葉は無いと、その場で深く頭を下げる。座ったままでは失礼だと後になって気が付いたのは内緒だ。
同時に、あの地獄のような崩落は夢とかではなかったことが確定してしまった。
ワンチャン今見ているこの景色がそもそも夢の可能性はあるんだけど……。
今更だけどすげえ花とか咲いていて綺麗な場所だし、やっぱあの世なのか?
うわ、そんな気がしてきたぞ。
「……痛い」
ベタだけど頬をつねってみると、普通に痛みが生じる。
続けて心臓に手を当ててみると普段と変わりなく鼓動が伝わって来た。さっきのは気のせいじゃなかったらしい。
「何してんの?」
「もしかしたら夢なんじゃないかと思って確認をね……それで、ここは?」
「あれが私の家だよ。私も人間見たの久しぶりだったから、助けるついでに連れ帰っちゃった♪」
「そ、そうなんだ……」
人間って、何その言い方。
そもそも介抱してくれたのはありがたいけど、だったら何で目の前に家があるのに外に転がしておくんだ?
「立てる? ていうか君の名前は?」
「あ、ああ。俺はレオン、レオン・スパークス」
「そっか。レオンね。ママがご飯作ってるから一緒に食べよ!」
「いいの? 何か悪いな、介抱してもらった上にそこまで世話になって」
「いいのいいの、久々のお客さんなんだから。周りに落ちてた紙とかは家に置いてあるからね」
「あ、ありがとう」
だから、あんな紙切れは家に上げて貰えるのに何で俺は外……。
思いつつも口にはせず、促されるまま小屋の方に歩いていく。
諸々の話が事実ならここはまだ山の中である可能性が高い。
そんな場所に家があるってのはどういうことなんだ。
「ママ、人間起きたー!」
「あらあら、よかったわねえ」
中に入ると、別の女性が音を聞き付つけて出迎えてくれた。
ミアと違って大人の女性だ。
ママと呼ぶからには母親なのだろうが、わっけえしだいぶ美人のママだな。
「あ、あの……お邪魔します」
「いいのよ~、人間のお客さんなんて百年ぶりぐらいだから遠慮しないでね」
にこやかな笑みを向けてくれる美人ママ。
いや待て、最後なんつった?
「あの……お二人は人間ではないので?」
「あら、まだ話してなかったのミア? 私達はこの山に住む不死鳥の一族なのよ?」
「ええええええ!?」
何これ、今俺の身に何が起きてるんだ。
衝撃の事実とかそういう次元の話じゃねえ!
「そんな驚く?」
「驚くよそりゃ! 実在するなんて思ってなかったもん!」
「そりゃするわよ~、そのためにこの山があるんだから。ところで人間さん」
「人間さんて」
「お名前はなんていうの?」
「レオンだよ。さっき聞いたんだ」
「はい、レオン・スパークスといいます」
「そう、じゃあレオン君」
「は、はい」
「レオン君はこの山で何してたの?」
「あ、一応仕事で来たんス。この山の周辺を調査するって内容でして……勝手に人が入らないように国が管理してるんですけど、定期的に見回りをするという話で」
「あら~、そうだったのねぇ」
「そういうのがあるんだ~。でも、その割にはちょいちょい人間は行って来るけど」
「ああ、やっぱそうなんだ。まあ俺は国に仕えている人間じゃないから分かんないけど、そういう形跡を見つけたら報告するってだけで」
というか、今ここにいることも調査書に書かないといけないのか?
書けるかぁ!
「まあ、勝手に入る奴ってのは大抵というかほぼ全部悪人なんでどうなろうと自己責任ですし、好きなだけブチのめしてもらっていいらしいですよ」
「ここまで来て悪さをするならそうするかもしれないけど、中々奥にまでは入ってこれないから放置してるわねぇ」
「皆さんの生活が荒らされてないのならいいんですけど」
「ま、そうそう人間に負けるようなこともないから心配は要らないかしらね。さ、野菜のスープが出来ているし皆で食べましょう」
喜ぶ娘と背中を押して俺を椅子に座らせてくれるママさん。
なんだか自称不死鳥ってのが信じられない普通の親子って感じ。
「ところでレオン君、怪我はもう大丈夫なの?」
「あ、はい。というかあちこち服が破れてたり血がついてたりするのに傷とかが一切無いのは何故なんでしょう? 娘さんが……」
「ミアだよ?」
「……ミアさんが」
「ミ・ア!」
「……ミアが治してくれたらしいんですけど、それは回復魔法の類で? それとも回復薬?」
「ううん、骨とかも折れてたからあたしの血で治したんだよ?」
「血!?」
それってマスターが言ってた何十万するやつ?
「そ、私の血を飲ませて、魔法力を注いで治癒力を上げたんだ」
「それって大丈夫なの!? 主に俺の体がという意味で」
「さあ?」
「さあって……」
そんな無責任な。
「治ったからいいじゃん」
「まあ、それもそっか。助けてもらってなかったら死んでたし、今こうして無事に生きてるなら何でもいいか」
「うふふ、豪気な子ねえ」
どこか楽しそうに、ママさんは俺とミアの前に皿を並べていく。
すかさず口に運ぶミアを横目にいただきますと一言告げ、俺もいただいた。
普通に美味いのと、酷い目に遭ったばかりということもあって何だか心に沁みる。
「怪我のこともご飯も、本当にありがとうございます。何か恩返しが出来るなら何でも言ってください。金はないですけど」
もう不死鳥だとか血がどうとかは今はいい。
この雰囲気や二人の人柄のおかげかようやく緊張も解けてきて、ホッとしたところで改めて二人に頭を下げた。
食い付いたのはミアだ。
「ほんとに!? じゃあ人間の世界に遊びに行きたい!」
「遊びに?」
「うん、ずっと行ってみたかったんだ! ママいいでしょ?」
「う~ん、パパのお許しが出たら、かしらねぇ」
「じゃあ説得する。ママも味方してくれるよね!?」
「ママは中立かなぁ」
「ええ~、なんで!?」
「ミアの味方ばかりしてもパパが可哀そうでしょ?」
「ぶ~、レオンはいいよね?」
「そりゃ遊びにくるぐらいなら俺はいいけど、ちなみにパパというのは?」
「私達の一族は基本的に番いと子の二代しか存在しないのだけど、今は古い友人の所に遊びにいってるからしばらくは帰ってこないのよ。今度会った時には紹介するわね」
「へ~」
これ以上情報を増やさないで欲しい。
そろそろ頭が理解を拒むんだマジで。あと紹介されても困るっス。
「じゃあパパを説得して行くね」
「それはいいけど、来て何すんの?」
「何でもいいよ? 人間界なんて見てるだけで楽しそうだし、友達と遊べるだけで満足だもん」
「でも人間の社会も何かと物騒だし、不死鳥だなんて知られたら危ない目に遭うかもよ?」
「それはそうねぇ、だから正体は隠しておかないと」
「といっても大多数の人間にとっては実在するかどうかも定かじゃない存在みたいに思われてるんでその姿でいるなら問題無いとは思いますけど」
「じゃあ大丈夫だね!」
何がそうさせるのか、終始テンションの高いミアに半ば強引な約束をさせられると食事の終わりを以て別れの時間を迎える。
俺一人では道も分からんということで山の麓近くまで送ってもらったわけだけど、その際に見た目は完全に人間だったミアが巨大な虹色の怪鳥みたいな姿を変えたことにゲロ吐きそうなぐらいビビったのは良い思い出ということにしておこう。