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【第二十五話】 初めての王都


 兄さんが仕事に行ってしばらく。

 エレンと二人で家の掃除や洗濯を済ませたのち、僕達は町に繰り出していた。

 国を出て、別の国で生き永らえることを決めた当初。

 まだまだ何も出来ない子供で、小間使いとして雑用をこなすだけでも精一杯で自分のことなんて後回しにしてばかりだったけれど、少なくとも職務以外で人に頼るという選択は最大限避けてきたつもりだ。

 少々時間は要したとはいえ家事に料理にと一通り身の回りのことは習得した自負もある。

 のだけど、さすがにどこぞの貴族の屋敷でメイドをしていただけのことはあるようで、エレンの手際には全然及ばないことを痛感させられた次第である。

 ある種専門職とも言えるので競い合うこと自体が烏滸がましい話なのかもしれないけど、何だか一歩先を行かれたみたいで少し寂しい。

 年齢を引き合いに出すのは失礼だろうし、誰もがこうして何か一つでも将来役に立つ技術や技能を身に着けようと必死になって過ごしてきたのだ。

 エレンのそれもきっとその一例であり胸を張って再会の時を迎え、兄さんと肩を並べる資格を得るための試練だと思えたからこそ乗り越えられたのだろう。

 僕だって同じ気持ちでいたからよく分かる。

 もっとも、一心不乱であったせいで若干頑張りが過ぎたというか、宰相補佐になんてなってしまったせいでやめるのに苦労してしまったけれど。


「確かに王都ってだけあって人やお店は多いんだね。ていうか、どうせならレオ兄と来たかったな~、五年振りのデートでさ」


 僕達は家を出てそのまま大通りを歩いている。

 特に目的も無く、この国の中心とも言える王都の町並みに慣れるための散策みたいなものだ。

 基本的に幼馴染一同は村から出ることもなかったので当然ながらお互い初めての体験ではあるのだけど、エレンは大貴族の領地で過ごしていただけあって特に感動する様子もない。

 かくいう僕もラクネス王国の城で働いていたので大都市という響きに今更気後れしたりはしないし、エレンがどうかは分からないけれどこの国が栄えていればいるほどに心の奥で沸々と炎が燃え上がろうとする感覚すら抱いてしまう。

「その言い分は僕だって同じだよ。でも留守を任されているんだから我が儘は言っちゃ駄目。一足先に来た僕達の役目でもあるんだから」

「分かってるもんね~だ。クロちんやアイちーが合流する前に一歩どころか二歩でも三歩でもリードしとかなきゃ。兄貴も協力してよね」

「それは構わないけど、あの二人を蹴落とすようなことはしちゃ駄目だよ?」

「それも分かってる。別に独り占めしたいわけじゃないもん、あたしが一番になりたいだけ」

「兄さんとくっついてくれるのは僕にとっても喜ばしいことだけど、あんまりはしたない真似ばかりしちゃ駄目だらね」

「それがあたしのアイデンティティーだから」

「どんなアイデンティティーだ」

 背伸びしたい年頃なのか大人ぶっているのか。

 どちらにせよ末っ子のエレンでは子ども扱いされるだけな気がしないでもない。

 そうやって皆に甘やかされてきたせいでこうも奔放な性格になってしまったのだろうか。

 とはいえ、例えそうだとしても感情を失ったような子供のままであるよりは百倍良い。

 本人もその地位を気に入っているみたいだし、兄さんだけではなくガルさんやフィオさんといった年長組も温かく見守ってくれているので僕達の中でのエレンというのはこれでいいんじゃないかと思う。

 自分が同じように扱われたならきっと『もう子供じゃありませんから』と背伸びして突っぱねるに違いないけどね。

「ねえねえ、今日は精の付く料理を作って待ってるべきだよね? レオ兄も仕事でお疲れだろうし、性欲も溜まってるだろうし」

 二度ほど十字路を曲がり、主に食材を扱う店が並んでいるのだと思われる通りに差し掛かった。

 エレンは独り言と僕への問い掛けをランダムに織り交ぜながら一人で右に寄ったり左にも寄ったりしながら様々な店を外から眺めたり指を差したりしている。

 というよりも何だかんだいってもテンションは高めなのか応答をしなくても一人で喋り続けるのでどちらか判断出来ないというべきか。

「後者がどうかは知らないけど、僕は空気を読んで一階のソファーで眠った方がいいかな」

「是非そうして♪」

「兄さんが許せばね。それよりも買い物ついでに町を一周するんでしょ? 食材は帰りに買うんだから別の道を行った方がいいんじゃない?」

「そうだけどさ~、そもそも新しい家に引っ越すんでしょ? 道とか店とか覚える必要あんの?」

「家なんてすぐに見つかるとも限らないからね。どちらにしても冒険者をやるならこの町が活動拠点になるだろうし無駄にはならないよ。僕達は戦ったりは出来ないけど、だからこそ兄さんを一番傍で支えるのが僕達の仕事だ」

「ベッドの上で?」

「そんな話はしてない」

「ま、あたしはレオ兄の護衛ぐらいは出来るけど」

「ゆくゆくはそうも言っていられなくなるんだろうけど、出来るだけ兄さんに護衛が必要にならないことを祈るばかりだよ」

「そもそもあたしは冒険者とかあんま分かんないけど、ゴリ兄もやってたんでしょ? アイちーやクロちーもめちゃ強くなったみたいだから大丈夫だって」

「ガルさんは業界では随分と有名人みたいだね。確かにこうして皆が集まって行動に移すなら誰かに雇われているわけじゃないからこそ隠れ蓑には適していると僕も思うよ。名前が売れれば貴族や商人とコネも出来るし、兄さんが言っていた通り情報を含めそうやって必要な物を集めながらその時に備えてジッと息を潜めておく。それが僕達の活動方針になりそうだしね」

「いつか兄貴の言うその時が来たら、あたしがこの手で殺してやる……あたし達から全てを奪った奴等全部」

「皆でやるんだよ。例えこの国を地獄に変えても、世界が滅亡したとしても」

 一つ角を曲がった先。

 ずらりと続く建物の群れの最深部に見えるのはこの国の権威その物であるハルヴェス王国本城。

 安寧の虚像。

 偽りの平和、その象徴。

 そして僕達にとっては憎しみの源であり、何を捨ててでも討ち滅ぼさなければなければならない仇敵の最終到達点だ。

「兄貴……絶対に、やり遂げようね」

「ただ愚直に、兄さんを信じてついていく。そして例え道半ばで死ぬことになっても、残った誰に思いを託す。僕達に出来るのはそれだけだよ」

「うん」

 どこか決意表明のような、それでいて密かなる宣戦布告のような意味を込めてその全貌をこの目に焼き付け、二人で揃って背を向ける。

 いつか辿り着くことを願って。

 いつか胸を張ってこの世界との決別する時を迎えるために。


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