【二十三話】 不死鳥の住処へ
途中で昼飯休憩を挟み、数時間の旅を経て一行は目的地であるダクスという町に到着した。
中規模の町ではあるが国境が近いということもあって検問を済ませて潜る大門の先は行き交う人々で賑わっている。
片道数時間とはいえ町から町への移動ともなれば気を抜いてばかりもいられないので座っているだけの俺が精神的に疲労しているのだから不思議なもんだ。
そりゃ人気のない森の脇を通ったり広大な荒野を延々と渡っていくのだから当然といえば当然だろう。
魔物が襲って来るかも?
盗賊に襲撃されるかも?
なまじ冒険者でありながら戦闘能力の無い職種なもんだから不安は尽きない。
あとこの見た目だけ偉そうな三人組を一切信用していないのも理由の一つだろうか。
情けなくも護衛される側に位置する俺が偉そうに言えた義理でもないんだけど、今日初めて会った奴に『この人達がいるから万が一の時でもきっと大丈夫だ』なんて希望的観測を安心材料に出来る程に楽観的かつ無垢な性格は持ち合わせちゃいない。
厳格な規定よって護衛任務の冒険者が依頼主を残して逃げ出したりすれば良くて降格処分、最悪の場合資格剥奪どころか投獄まである。
んなことは分かっているけど、本人達にその気が無くても皆殺しにされたらお終いだからね。
まあ近隣の町に行くだけだし、そんな危険地帯に出向いているわけじゃないので杞憂だったわけだけど。
「これで最後だね」
「うす」
取引先の店の前で馬車を止めると、所狭しと積み上げられた物資を順に運び入れていく。
残る最後の木箱を店内に並べ終えたところでホッズさんが完了を告げた。
先方の人間に加えて本来であれば手伝う義務のない護衛三人組まで作業に加わってくれたので思ったよりも早く終わったのは間違いない。
見直したよお兄さんたち。
散々心で悪態吐いてすいませんって言いたいよ。言わないけど。
だって作業量が半分になったところで腕プルプルしてるもん。
大した腕力も持たない俺がクソ重たい木箱何個も何個も運んでる時点で数がどうであれ腕も体力も限界だもん。
「ご苦労だったねスパークス君。これ、サインはもうしてあるからね」
皆で汗を拭いつつ任務の官僚にホッと一息。
すぐにホッズさんが依頼状を持ってきてくれた。
しっかり完了の証明であるサインもされている。
「ありがとうございます。また何かあればお願いします」
「うん、その時はよろしくね。これから別の仕事があるんだっけ?」
「そうなんです。ダクスに来るならついでに調査してこいってギルマスに無理強いされてしまいまして……」
実際にはそんな事情などないんだけど、掛け持ちしてますなんて白状するのも心証がよろしくないだろうと勝手にそういうことにしておいた。
これぞ俺流の世渡りってやつだ。
ごめんよおやっさん。
「大変だねぇ。必要な仕事だからこそ頼まれたんだろうけど、気を付けてね」
「はい。ありがとうございまっす」
それでは失礼しやす。
と最後に一礼を以てお礼と挨拶としつつ握手を交わし、馬車から外してある持参した馬に跨り早々にダクスを後にするのだった。
〇
再び検問所を通って町を出た俺は二つ目の目的地に向かって馬を走らせる。
十分程の移動を経て辿り着いたのはラクネス王国との国境傍に作られた大きな軍事拠点だ。
言わずもがな俺がこの場所に来たのは初めてである。
軍関係の施設だの騎士団と絡む仕事なんて受けたことがないので当然か。
それだけに何だか緊張してしまうけど、ちゃんと国のお達しを受けてきているわけだから怪しまれる筋合いもない。
なんて自分に言い聞かせつつ、門の傍まで近付いた所で馬を降り徒歩で門番をしている二人の兵士へと寄って行った。
当然あちらも俺のことをとっくに認識しているが、武器を取るでもなくこれといって警戒されている様子はない。
そりゃそうだ、国内から馬一頭で現れ、武装もしていない小僧を恐れる理由なんてどうやったって見当たらないもんね。
「どうした? 旅の者か?」
「ここは原則軍関係者以外の立ち入りは出来ない。何用だ?」
騎士団だの魔法師団の連中ってのは基本的に偉そうな奴等って印象があったんだけど、すんごい普通に接してくれて逆にイメージアップしちゃっている今日この頃。
ここに居る連中がどこに属しているのかとかは知らんから一般の兵士との違いも全然分かってないが、ツンケンしたり面倒臭そうな態度じゃないだけで良い人認定しちゃいそうだわ。
「冒険者組合から派遣されてきたレオン・スパークスです。こちらで手続きをするようにと言われてきたんですけど」
というわけでこちらも無礼だと思われないようにぺこりと会釈を返し、おやっさんに貰った依頼状を手渡した。
受け取った兵士の片割れが折り畳まれた用紙を開いて目を通していく。
「ああ、グルートス山脈の見回りだな、もうそんな時期だったか。なら中に入って事務手続きをしてから向かってくれ。場所は中庭を通り抜けた先にある建物にはいってすぐ左手にある」
「分かりました、ありがとうございまっす」
門を開いてくれた兵士にもう一度礼を述べ、そのまま施設内へと進んでいく。
脇にある杭に馬を繋ぎ、言われた通りに正面にある建物へと向かった。
明らかに私服でうろつく一人のガキは場違い感満載なんだが、門から入って来たことを把握しているからか周りにいる兵士達は俺を気にもしていない。
そんなわけでそそくさと建物まで歩き、恐る恐る鉄製の扉を押し開いて中を覗いてみる。
なるほど宿舎や食堂やらが合わさった武器庫とか訓練場とは違う休憩用の建物という感じらしい。
そして確かに、門にいた兄ちゃんが言う通り入り口からすぐ左に受付みたいなカウンターがあって、そこには軍服を着た女の人が二人並んで座っていた。
「すいまっせーん」
警戒心を持たれたくないという気持ちが先行し過ぎてテヘペロっとか言っちゃいそうなぐらい作り笑いを浮かべて受付に寄って行く。
揃って二十代と思われるお姉さん達は逆に愛想笑いの一つなく、すんげえ事務的な対応だ。
「どうなさいました?」
「これを」
その態度を見て何か謙るのが馬鹿らしくなってきた俺もヘラヘラすんのをやめた。
ついでに自己紹介も冒険者組合から派遣されてきたという身分照会も端折って用紙だけ渡してやった。
特に怪訝そうにするでもなく、お姉さんは黙って手に取り眼球だけを動かしながら目を通していく。
そして目下にある引き出しから別の用紙を取り出したかと思うと、逆にそれをスッとこちらに滑らせた。
「グルートス山脈の定期巡回のために参られた冒険者レオン・スパークス様ですね。では書類を用意いたしますのでこちらにサインを。国家、及び軍にこの日一日決められた範囲に限りグルートス山脈への立ち入りを許可する、という同意書になります」
「うっす」
何だか難しい文章が並ぶ用紙の一番下に、取り敢えず自分の名前を書いておく。
本当なら一字一句逃さずに目を通しておくべきなんだろうけど、ぶっちゃけ面倒くせえ。
チラっと目に入った感じだと決まりを破って何かあっても責任は負いません。的な文言っぽい。
偽物でも数十万の素材には正直目は眩むけど、命懸けで冒険する趣味は微塵もないっす。
「ではこちらが巡回ルートを記した地図と、報告書の代わりに提出していただく用紙になりますので決して無くしたりいたしませんよう」
サインした用紙と入れ替わりに差し出される二枚の紙きれ。
なるほど確かに、この基地の位置とそこからどう山に入ってどういう道を辿っていくのかが赤い線で記されている。
その中には十個ぐらい丸印も書き足されていて、どうやらこれらの場所を順に回って各地点の周辺状況等をもう一方の用紙に書き留めていく、というのが全容ということらしい。
さらにその赤線の少し奥には波線が横一文字に引かれている。
「この波線の地点より奥には入らないようにしてください。その先は古来の協定によって人類の立ち入りが認められておりません。過去に同じお仕事を務めた誰かが人以外の何かと遭遇した例はありませんが、仮に遭難しても救助隊を送ることも叶いませんのであしからず」
「了解っす」
「各地点と近辺に何か異変やおかしな点、人の出入りした痕跡や人以外の何かが存在していると思われる何かを見つけた場合にはそこに記載をお願いします。仮にそれ等と遭遇しても討伐や拘束の義務は負いませんのでご自身の安全を最優先にしていただいて構いません。各地点を回りそれをこちらに提出していただければ完了証明書をお渡しし、此度の依頼は終了という流れになります。何か質問等あればどうぞ」
「うっす、大丈夫っす。日が暮れると危なそうなんですぐに行ってきまっす」
要するにぐるっと一周して何かあったらメモってこいってことだろ?
言われんでも盗賊だの魔物を見掛けたら逃げるから安心してくれ。