【第二十二章】 荷運び人
集会所を出た俺はギルドで貸し出ししている馬を一頭借り、その足で待ち合わせの場所である商館へと向かっている。
帰りの一人旅を考えるとカロンを連れて行きたいところなのだが、経験上馬車を引くには適していないのでそういうわけにもいかない。
依頼主の名はホッズというおっさんだ。
そう大きな店というわけではないが、長らくこの王都で商売を続けているベテランの商売人という感じの人なんだけど、どちらかというとこの町で商品を売ることよりも近隣の町村を行き来する半分行商人みたいなことをやっているのがその理由といったところか。
であるがゆえに多くの従業員を抱えているわけではなく、大荷物を他所まで運ぶ時には冒険者に荷馬車の片割れを預たり、積み下ろしの手伝いを依頼することが往々にしてあるってわけだ。
かくいう俺もこの仕事を請け負うのは初めてではない。
過去に何度か同じく馬車に乗って隣の町やら田舎の村やらに同行した経験がある。
といっても、基本的にはジェニーさんの推薦だったり『技量やランクは問わず』すなわち『誰にでも出来る短期の安仕事』を優先的に俺に回してくれるおやっさんの計らいのおかげなんだけどね。
まんま今回のお仕事もジェニーさんの口添えあってのことだし。
ああ、一応誰にでもない言い訳をしておくけど直接ジェニーさんから伝えられたからといって別にギルドを通さずに仕事を取って来る、所謂闇営業的なアレでは決してない。
ジェニーさんがホッズさんから承諾を得て、そのジェニーさんが組合長に一言告げれば実質俺指定の依頼状なんて簡単に出来上がるってわけだ。
ホッズさんに限らず行商ならば王都を出て、時には人里離れた土地に出向くこともある。
その際には馬車の操縦のみならず護衛に冒険者を雇うのが通例となっていて、当然ながら時には魔物や盗賊との戦闘も起こり得る護衛の仕事を低ランクのパーティーに受注する資格はない。
つまりはそういった仕事こそが現在Bランクであるグラン・ノーツの主だった生業になっている。
そういう関係性から『必要な時は使ってやってくれ』と口添えしてくれて、俺はこうしてその恩恵に与っているというわけさ。
仕事をくれる優しい先輩に感謝感謝ってね。
とはいえ、今回に限っては何の巡り合わせかダブルブッキングしちゃったのがどうにもやる気を削いでくる。
仕事は必要だし、言わずもがな与えて貰っている立場に不満を言える立場でもない。
のだが、一日に二つの依頼を受けるなんて過去に数える程しかない。
生きていくためとはいえ、このその日暮らしが染み付いた堕落人間がそんなに仕事熱心なわけがないのだ。
もう何か始まる前からやる気でねぇ。
そういうマインドになること自体が負け犬根性が染み付いてる証拠だってのは分かってんだけどさ、もう色んなもんから逃げて、嫌なことや俺に優しくない現実から目を逸らしている間に頑張るとか何かを成し遂げようなんて気持ちはこの心から失われてしまったんだろうよ。
ぶっちゃけ特に理由もなくこの町に来て、特に日銭を稼ぐ手段もないから冒険者になってみて、実際大した稼ぎもなくて、きっとおっさんになる前にはどこかで野垂れ死ぬかもなぁぐらいにしか考えていなかった。
本音を言えば今こうしているように王都でなくともどっかの商人に勧誘でもされりゃ冒険者なんぞやめて定職に就いて細々と暮らしていくのが関の山だったんだろうよ。
今回は馬車を運ぶことより大荷物の積み替えがメインの仕事なので片道で済ませてもらえるみたいだけど、そっから俺一人で山登りすんだぜ?
だりぃっつーの。
わけ分かんねぇっつーの。
家にアルとネルがいなかったらぜってぇやらねぇっつーの。
なんだって何年も冒険者やっててランクの一つぐらい上げておかなかったんだ俺の馬鹿。
だってポスティリオン単体で高ランクの仕事なんて受けられないんだもん、しゃーねえじゃん。
いや打診されていたとしても引き受けていた気はしないけども。
今になって二人の弟妹やガル兄、フィオ姉、アイシス、クロが揃って目の前に現れちまうなんてさ……いくらゴミみたいな俺にだって張りたい見栄ぐらいあるじゃんよ。
あいつ等にだけは失望されたくないじゃねえかよチクショウ。
そんな不細工な考えが浮かんでいる時点で中身スカスカなのが透けて見えるのは分かってっけど、こればっかりは何もせずに諦めるには心の負担が大き過ぎる。
そうなるぐらいなら死んだ方がマシだと思えるぐらいに、何を諦め何から目を逸らそうともこれ以上過去を失うことには耐えられないと自覚してしまえるのだから。
これも今まで何もしてこなかったツケが回って来たのだと腹を括るしかない。
「はぁ……たかだか登山ぐらいやってやんよ」
もうね、完全に開き直り。
ランクとか名声に関心はないけど、そんなん抜きにしてもアル達に美味いもん食わせてやるためだと思えば頑張れるってもんだ。
こんなことならフィオ姉が持ってきた宝石の一つや二つ貰っておけばよかったぜ……私的流用にも程があるか。
格好悪いのも情けないも今更どうしようもねえ事実なんだか、せめて皆を裏切る真似だけはしない。
それが逃げ出した俺に許されたせめてもの償いってもんだ。
「ちわーっす」
どうにも一人で居ると俺の独自スキル【卑下する者】が勝手に自動で発動してしまう。
いや、そんなもんはないんだけど。
兎にも角にも、そうこうしている内に件の商館に到着。
店の前では既に店主ホッズさんが馬車の準備を完了しようとしていた。
もう見知った顔なので軽い挨拶にも慣れたものだ。無論あっちも嫌な顔をしたりはしない。
「やあスパークス君、今日もよろしく頼むよ。毎度付き合ってもらって悪いねえ」
恰幅の良い白髪交じりのおっさんは、にこやかに片手を挙げる。
こんな感じで偉ぶらないし物腰も柔らかいのでこうして付き合いも続いているのだろう。
金を払っている立場だからと無茶を強いたりもしないし、飯奢ってくれるし、ほんと良い人。
「いえいえ、こちらこそいつも仕事をいただいて助かってます。よろしくお願いしゃす」
「もうじき積み込みも終わる。このまま出発しようと思うけど問題は無いかい?」
「ええ、何も問題はないっす」
「あっちも到着したみたいだし、それなら向かうとしよう」
ホッズさんが顔を向ける先にはどこぞの冒険者パーティーと思しき三人組がこちらに歩いてきている。
当然ながら分かってはいたけど、今日の護衛はグラン・ノーツではないようだ。
二十代と思しき男の三人組。
見覚えがあったような無かったようなという感じではあるけど、どのみち名前も知らんし面識も無いので実質他人ってことだな。
連中が傍にまで近付いてきたところで俺の時と同じくホッズさんの方から声を掛け、男達も気安い感じで挨拶を交わしているあたりこの手の依頼が初めてというわけではないのだろう。
ちなみに俺の方なんて見向きもしない。
これはあれだな、俺のことをホッズさんの部下だと思っているパターンだな。
こっちが知らないんだからあっちももっと俺のことなんて知らんだろうよ。
言いたくはないが、こんなのはよくあることなので今更その認識を正そうとも思わない。
どうせ自己紹介したところで、
『俺も冒険者なんスよ~』
『え? マジ? どこのパーティー? ランクは?』
みたいな会話になって俺がイラっとするだけに終わるのは目に見えている。
こういうのは知らん顔して過ごすのが最善なのさ。
「よし、こっちの準備も完了だ。出発するとしよう」
自分で連れて来た馬を馬車に繋いだところでホッズさんの合図が掛かり、そそくさと御者席に乗り込む。
今日の依頼は馬車一台分の荷物をダクスという町に届けて、積み荷を降ろす作業を手伝うだけの簡単なお仕事だ。
荷物が多いからと俺に声が掛かったわけだけど、雇われている分際で到着まで何もしないわけにもいかないので操縦も買って出ただけの話である。
こういうさりげない気の利く男アピールが意外と次の仕事を持ってきてくれたりするもんなんだよね。
しかしまあ、そこまではいいけどその後のことを考えるとやっぱり憂鬱だ。
山登り云々はもう仕方ないとしても、俺国境基地なんて行ったことねぇよ。