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【第二十話】 弟分と妹分、兄貴分と姉貴分


「ん……」

 感じたことのない妙な窮屈さが意識を呼び戻した。

 カーテン越しに映る窓の外には眩い日差しがこれでもかと自己主張をしている。

 もう朝かと、渋々目を開くと真横に何かいた。

 一瞬何事かと冷や汗を掻いたものの、意地でも離すまいとばかりに腕へしがみついているあどけなさの残る顔立ちを至近距離で見て全ての記憶が蘇ってくる。


「ああ……そうか」


 昨日はアルとネル兄妹を家に連れ帰ったんだった。

 つーか反対側にいたはずのアルがいないんだけど。もう起きてんのあいつ?

 俺を起こすのが仕事とか言ってたけど、マジで実行する気なんかよ。

 それに比べてネルときたら、爆睡モード全開だなおい。

 あと腕だけじゃなくて足も絡みつくようにロックされてんだけど、お前のせいだろ寝苦しかったの。

 ……それよりも何よりも動き辛いっつーの。

 ネルを起こさないように脱出するの無理あるよこれ。

「はぁ……」

 あれこれと考えている間に頭も冴えていく。

 一端諦めて引き続き天井を見つめるこの目に映るのはいつもの小汚い景色か久しく味わう昨日の出来事か。

 誰もが実りある時間を過ごし、それでいて過去の想いや誓いを胸に抱き続けて生きてきたことが分かる表情や聞いた話の数々。

 この日のために、あの日を忘れないために。

 胸を張って再会の日を迎えるために。

 一体俺の中にどれだけそんな気持ちが残っていただろうか。

 完全に身の程を知って、日々の生活に精一杯で復讐心なんて心の奥底に消えてしまってたよなぁ。

 恨んではいる、憎しみも当然ある。それが消えることは一生ない。

 だからといって自分の手でどうこうしようだなんて……はは、俺に出来るかっての。

 なんだって俺がリーダーなんだか。なるほど、それ以外に出来ることがないからですね、分かります。

「んにゅ……あれ?」

「よう、起きたか?」

「レオ兄?」

「ああ、おはよ」

「えへへ、レオ兄がいる~。夢じゃなかったんだ」

「奇遇だな、俺も夢オチの可能性を一瞬疑ったところだ」

「何せ五年振りだもんね。てことで、おはよレオ兄♪ ちゅ」

「おまっ、何してんだ……」

 不意打ち過ぎて防ぐ暇も余裕もなかった。

 そうでなくてもこの距離で何かされて防ぐ能力なんてなかった。

「おはようのチューに決まってるじゃん? ちなみにレオ兄が寝た隙におやすみのチューもしたんだよ?」

「……そういうことを軽々しくするんじゃないよ。もっと自分を大事にしなさい」

「軽くないもん。世界より重い愛だもん」

「まったく……」

 こりゃ何言っても駄目だ。

 背伸びしたい年頃なのは分かるけど、思い出補正が効力を失った時に後悔するかもしれないんだからやめなさいってのに。

 なんて偉そうに語ろうにも強く怒れないあたり俺も変わらずネルには甘いままなんだろうけどさ。

「とにかく、起きるぞ。俺もすぐ出なきゃならんし」

「はーい」

 そんなこんなで二人ベッドを出ると、揃って一階に下りていく。

 その途中で既に良い匂いが漂って来た。

 どうやらアルが朝食の用意をしてくれているらしい。有能過ぎて涙が出そうだわ。

「あー!?」

「何だ? どした?」

 いきなり大声を上げたネルは返事を寄越すことなく階段を駆け下りていく。

 かと思うと火にかけた鍋をかき混ぜていたアルへと詰め寄った。

「ちょっと兄貴!? 何で兄貴がご飯の用意してんの!」

「何でって、昨日の夜言ったじゃない。兄さんを起こす役目は不要になっちゃったみたいだけど」

「あたしだって昨日言ったじゃん! それは新妻の仕事なのに!」

「そう思うのなら兄さんより早く起きることだね」

「ぶ~」

「ほらほら、そんなことで喧嘩しない」

「レオ兄もあたしの作ったご飯の方が嬉しいよね?」

「俺はどっちが作ってくれた物も等しく嬉しいよ。だけどな、そもそもここは俺の家なんだぞ? そんな仕事だの役目だのなんて考えなくていいから楽に過ごして欲しいってのが本音だよ」

「好きでやっていることですのでお気遣いは要りませんよ」

「そうそう、レオ兄のお世話()あたしの務めなんだから」

「…………」

 今分かった。

 いや、薄々感づいてはいたけどよりはっきりと自覚した。

 君達がそうやって甘やかすからきっと俺はこんな風になっちまったんだ。


          〇


 三人での朝食を終えると、すぐに家を出て集会所に向かった。

 今日の任務は二つ。

 ジェニーさんの仲介で荷馬車を引いていく仕事と、マスターが用意してくれているであろうランクアップのためのノルマだ。

 んな都合よく一日にこなせる依頼が転がっているもんかね。

 ま、あのオヤジのことだ。冒険者に無茶な仕事を振ったりはしないだろう。

 何だかんだで冒険者ギルドの責任者だ。

 周囲の信頼も厚いが、そもそも冒険者という職業自体が国に忠義を尽くすことを選ばなかった連中が行き着く先みたいなところがある。

 それでも国に管理されている以上誰も彼もが従順なわけでも協力的なわけでもないのが辛いところだわな。

 別に俺にゃ関係ねーけど。


「お、来た来た。レオン、こっちだ」


 集会所に到着するなり、朝食中だったのかパンを片手にカウンター席に座っているバレットさんが手を挙げ俺を呼んだ。

 隣にはジェニーさんもいる。

 仕事があってもなくてもやっぱり二人はほぼ毎日ここに通っていて、どこまでも冒険者の鏡って感じ。

「レオン、座りなさい」

「うっす。おはようございまっす」

 ジェニーさんがペシペシと隣の椅子を叩いた。

 どちらかというとサバサバしている性格のジェニーさんは変に口調や表情を取り繕ったりしないためキツイ物言いに聞こえることもあるが、決して怒っているわけではない。

 というか俺個人が怒られたことなんて過去に一度もない。

「何か飲む? 朝ご飯は?」

「大丈夫っす、食べて来たんで」

「それよりも聞いたぞレオン~、お前パーティー作るんだって?」

「情報はええっすね」

「俺達にゃ貴重な情報源が目の前にいるからな」

 と、そこで二人は揃ってカウンターの向こうでパンを齧っているギルマスに目を向けた。

 まだ営業時間前なのでケリーや受付の職員がちらほら行き来しているぐらいで他に人が居ないため完全にオフモードだ。

 一応は規則みたいなもんがあるからか、親父は若干気まずそうに頬を掻いている。

「こいつらなら問題ないと思ったんだが……不味かったか?」

「いや、別に問題とかはないから全然いいんだけど」

 あのクズ二人にさえ知られなければ。

「なんでも従弟の面倒を見ることになったんだって?」

「ええ、まあ。弟みたいな奴と妹みたいな奴の二人」

「理屈は理解出来るけどさ、本格的に活動する気ならうちに入ればよかったじゃねえか。水臭いぜレオン」

「そうよ、何の相談も無しなんてさ。いつからそんな子になっちゃったのかしら」

「いやあ、そう言ってくれるのはありがたいんですけど……さすがにそこまで迷惑掛けれないっつーか。どのみちポスティリオンだっつって馬車引いてるだけじゃ先も見えなかったし、前々から考えていたことなんで」

 ということにしておこう。

 アル達と再会したことをきっかけに昨日今日考えた進路だと主張してしまうと数日中に他の連中が合流する流れが不自然過ぎる。

「その従弟たちの世話をしようってのも含めて立派だとは思うけど、そう甘い世界じゃないのは知ってるでしょ? 大丈夫なの?」

「無茶をしなけりゃ大丈夫っすよ。ご存知の通り戦闘力は皆無なんで、俺が運営とか纏め役をやって、従弟達には事務とか経理とかを任せて、荒事は戦闘職の仲間を入れてカバーする。完璧なプランでしょ?」

「理屈の上では、ね。そもそもその戦闘職の仲間っていうのは誰のことなのよ」

「そうだぜレオン、もう勧誘までしてんだろ? いつになく計画的じゃないか」

「計画的というか、仕事で王都の外に出た時にあれこれと声を掛けてみたってだけですけどね。誰かって話については……ここに来た時のお楽しみということで」

 俺がはぐらかしたせいか、二人はまたマスターを見た。

 勿論これはマスターにも教えていないので肩を竦めるだけだ。

「俺も知らんよ。同じ質問をして、同じ答えが返ってきたからな」

「あれこれとってあたりに不安しかないんだが、本当に大丈夫なのか?」

「俺には出世欲もありませんし、無難にやって適度に稼げりゃ満足ですから心配要らないっすよ」

「だったらいいけど、困ったことがあったらちゃんと相談しなさいよ」

「マスターもレオンが無茶しないようにちゃんと目光らせてやってくれ」

「言われんでも出来立てのパーティーに無茶させるもんかい」

「…………」

 揃いも揃ってなんという面倒見の良さ。

 俺なんてただの他人で後輩冒険者ってだけなのに、ほんと俺には勿体ない兄貴分と姉貴分だよ。


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