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【第十九話】 温もり



 冒険者組合本部を離れた俺はパンといくつかの野菜を購入し、トボトボと重い足取りで帰路を辿っていた。

 解決不可能、というアンサーじゃなかっただけ俺としては助かった感じではあるのだけど、まさかのダブルブッキングという悲しい現実。

 俺なんて二、三日に一回馬車引いて生きてきた男だぞ?

 それがいきなり一日に二つの依頼を受けるって?

 しかも片方Cランクの依頼だろ?

 無~理だってそんなの、俺一人でどうにかなるわけないぜ~……戦闘職でもないのに個人でってあんた無茶を言っちゃあいけないよ。

 ランク上げのための特別受注って大体複数人で受けるんだぜ?

 個人で活動してる奴等がそのためだけに一時的に組んだりするぐらいなんだから。

 まあ、マスターもポスティリオンの俺に無茶な仕事を振ってきたりはしないとは思うんだけど、そもそも危険じゃない、大変でもないCランクの依頼なんてねえだろって話なわけだ。

 それだけでも大変だってのに、他の依頼もこなさなきゃならねえとは……俺史上一番冒険者やってる日になること間違いなしである。

 とはいえそっちはジェニーさんがわざわざ俺に振ってくれた仕事だし断るなんて選択肢はないので頑張るしかなかろうよ。

 馬車引くだけだからそんな大変じゃないだろきっと。それを言っちゃうといつも馬車引いてるだけなんだけどさ。


「ただいま~」

 

 いつもの癖、いつもの習慣を声に出しながら玄関を潜る。

 静けさ以外に何が返って来るわけでもない普段のそれとは違うことに、どこか新鮮さと不思議さを感じながら。

「お帰りなさい兄さん」

「レオ兄おかえり~」

 出迎えてくれる兄妹は夕食の準備や掃除をしてくれていたらしく、すぐに玄関までやってきた。

 ネルはすぐに買ってきた食材を俺の手から抜き取ると、中身を確認していく。

 正直一度の買い物で三人分ってのは中々に痛い出費ではあるが、そうも言っていられまい。

 俺は飢えてもいいからせめて二人の飯ぐらいはケチらないようにしなければ。

「野菜のスープとパンってところね。すぐに作るからレオ兄は待ってて」

「あ、ああ……俺も手伝うぞ?」

「食器の用意などはもう済ませてありますし、風呂の掃除などもエレンがやってくれていますので休んでください兄さん」

「おお……確かに色々綺麗になってるな」

 散らかっていた瓶やら衣服やらも整頓されているし、テーブルや床もはっきりと拭き掃除の跡が分かる。

 冴えない男の一人暮らしってのはそんなもんだろうという自覚や言い訳が見る影も無くなっていた。

「そんなことまでしなくていいのに。俺にとっちゃお客さんなんだぜ?」

「身内なんですから、遠慮や気遣いなんて不要ですよ」

「そうそう。これからはずっと一緒なんだし、もてなしなんてされたら逆に寂しいじゃん?」

「そうだとしても、五年振りにあった弟妹に美味い飯も食わせてやれない駄目兄貴が身の回りの世話までさせてちゃ立つ瀬がねえって話さ。明日は集会所でもうちっと良いもん食おうぜ」

「ご飯もいいけど、レオ兄と王都を回ってみたいな~。あたし王都なんて初めてだし」

「兄さんは仕事があるんだから、デートはまたの機会にとっておいてよ。明日は一通り土地勘を養って、フィオさんが来たら新居探しをしなきゃね」

「新居の方は明日じゃなくてもいいからな? 知らない土地を歩き回るのも時間や労力を使うだろうし、散策して道の一つ二つ覚えておきゃいいさ」

「なら明日はフィー姉連れて三人でお買い物でもして過ごすか~」

「そうだね。家探しは持ち越しでもフィオさんの素性がばれないようにした方がいいでしょうし、お目付け役をしなければ」

「よろしく頼む。普通の格好してりゃ顔だけで気付かれることはそうないだろうけど、フィオ姉もあれで天然なところがあるからな。念には念を、だ」

「近付かない方がよい場所などはありますか?」

「顔バレを避けるためには教会には近寄らない方がいいだろうな。あとは冒険者組合の周囲も。アルとネルは俺が連れて行く親戚、フィオ姉は他所で勧誘した他人、そういう設定である以上登録前に顔を見られていない方が話がすんなり進む。ま、事前に顔合わせを済ませていただとか、交渉の場に同席していただとか、どうとでも説明が付くからコソコソする必要はないさ。無理に言い訳の種を増やすことはないってだけだ、難しいことは考えずにゆっくり羽を伸ばしてきな」

「分かりました。ではそのように」

「ただネル、買い物は控えめにな。引っ越し前に荷物増やすと後が大変になっちまう」

「は~い♪」

 会話をしながらもネルは手際よく調理を続けている。

 俺が戻るまでの間に切った野菜を放り込むだけの段階まで下準備を済ませていたこともあって、ものの数分で夕食は完成した。

 せめて雑用ぐらいはしようと立ち上がってもアルは『兄さんは座っていてください』と許してくれないし、ゲストとホストが反対になってしまっている感が否めない。

 そうしてテーブルに野菜のスープとパン、安いワインが並ぶと三人での食事が始まった。

 一人の時は朝に二日分を纏めて作り、夜になったら食える程度に温めるだけなのでここまで熱が籠ったスープを口にすること自体いつ以来だろうか。

 それだけで同じ店の同じ食材を使っているのに、何倍も美味しく感じられた。

「ウマいな……手際も大したもんだし、ネルも大人になったもんだと思うと感慨深いよ」

「言ったでしょ? レオ兄のためだけに五年も花嫁修業してきたんだから。って言っても 普通の野菜スープだよ? 違うのは愛情が質量を超えるレベルで入ってるぐらいで」

「そうかもしれんけどさ。この風景も込みで全然違うよ」

「風景、ですか?」

「あはは、何言ってんのさレオ兄~、ここレオ兄の家だよ?」

「勿論そうなんだけどな。今こうして考えてみると、五年もここに住んでて誰かを招いたことって一回も無かったからさ」

「招かなくていいじゃん。他人なんて信用する必要ないんだしさ」

「エレンの言う通りです。他人とはすなわち無関係な全ての人間です、僕達の人生にも何の関係もない」

「二人して擦れたことを言うんじゃないよ、その若さでさ。処世術ってのは生きていく上じゃ必要不可欠なんだから……ってのは、二人の経歴を考えると俺なんかに言われるまでもないんだろうけどさ」

「自慢ではありませんけど、業務以外にも余所行きの作り笑いと物腰が柔らかいふりはしっかりと身に付いていますよ」

「あたしだてムカついても態度に出さないようにする能力はばっちりだもんね」

「……誇らしげに言って欲しくはない情報だな」

 すっかり捻くれちゃってるなぁ。

 他の連中からはしっかりと感じ取れてはいたけど、やっぱり最年少の二人もしっかり世界を恨んだまま成長してしまったのか。

 そりゃあ俺ですらガキ真っ只中だったのに、更に小さかった二人が親を殺され、故郷を追われ、頼る相手も居ないまま一人で生きてきたんだ。

 そうなるなという方が難しいだろうよ。

 止まった時の中で、閉ざされた世界を生きてきた。

 ガル兄やフィオ姉ほどの年齢だったなら賢く生き延びようとする意志も芽生えたかもしれないけど、それでも働き口を見つけ、生きる方法を確保して今日までを過ごしてきたのだ。

 俺なんかより百倍立派な弟妹だよ……意地でもこの国の世話にはならんと言わんばかりに別の国に行くあたりはアルの執念も凄いけどさ。

 どうにかしてまともな人生を送って欲しいだけど、今の俺が言葉を並べたところで『どの口が言うんだ』って話だしなぁ。

 そんな風に思えば思うほどに心中は複雑で、振り返る五年間には後悔ばかりで、再会できた喜びと団欒を懐かしむ気持ち、そしてこの先への憂いや不安と俺がどうにかしなければという責任、様々な感情が渦巻き考えも纏まらないうちに夕食の時間は終わりをつげていた。

 一緒に入るとごねるネルをどうにか納得させて先に風呂に入らせ、アルと二人で後片付けを済ませたのちに俺達も済ませて就寝の時を迎える。

 言いたくはないが、俺の入っている風呂に乱入しようとするのを止めたり下着姿でいかにもな雰囲気を醸し出すネルを一喝して服を着せるのに一悶着あったのはお約束。

 いや、お約束で済む問題じゃねえよ。俺だって年頃の男なんだぞ、いつまで自制出来るか怪しいからほんとやめろ。

 そんなゴタゴタを経て、どうにか三人で一つのベッドへと横になり同じ天井を眺める。

 元がほとんど一人用のベッドだ。

 密着していてもギリギリのスペースである。

「狭くてすまんな」

「いいじゃん、昔はみんなでこうしてたんだし」

「はい。また兄さんとこうして過ごせるだけで僕は満足です」

 ネルのみならず、アルも真ん中にいる俺の方に体を向けている。

 見た目も大人っぽくなって、立派に自分の足で社会に出てきたのだとしても甘えん坊なところはあの頃のままなのかね。

「兄さん、明日は朝から家を空けるんですか?」

「ああ、色々あってダブルブッキングになっちまってな。割と朝は早めに出ると思う」

「では食事の準備をして起こしにきますね」

「ご飯はあたしが作る~」

「ああ、って別に俺だって自分で起きれるぞ?」

「引っ越しをして皆で暮らし始めたり冒険者を始めたらやることなんていくらでもあるでしょうけど、現状では僕の数少ないお役目ですからどうか取り上げないでください」

「いや、既に仕事の量や質じゃ俺よりよっぽど立派なことしてると思うけどね。たぶんそれを生業にすりゃ俺の何倍も稼げるぞ」

「死んでも他の人のお世話なんてしません」

「ほんと頭が固いね君は昔から」

「一途だと言って欲しいですね」

「はいはい」

 そんな共に本気か冗談かも分からないお馬鹿な会話もいつもと同じ。

 まだまだ語りたいことはたくさんあったが、長旅の疲れもあったのか少ししてネルが寝息を立て始めたところで俺達も会話を止め、おやすみを言い合って静かに目を閉じるのだった。


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