【第一話】 その日暮らしの冒険者
「んん……」
いつもの朝、いつもの時間、いつもの寝覚めを迎えた。
その目に映るは見慣れたボロっちい天井とそれに比例したボロ屋敷特有のオンボロで広くもない殺風景な部屋、そして最後に干したのがいつだったのかも曖昧な記憶になりつつある使い古しの布団だけ。
毎日毎日律儀に早起きをしても愛馬の世話ぐらいしかやることもないし、今日はもう少し寝ていようかな……なんてテンションの日に限って仕事があるんだなこれが。
ま、食い扶持があるだけ感謝しないとね。
なんて自嘲気味に考えつつ、三組ローテーションの安物のハーフパンツと袖の長いシャツに着がえて一階に下りることに。
こんな風に目が覚めたら起きて、仕事が無ければ朝飯を済ませ、掃除や庭の手入れをしたり愛馬と戯れたりというのが俺の日課だ。
遊びに行ったり美味いモン食べ歩いたり、或いは良い酒を飲んだり綺麗な姉ちゃんを侍らせたりなんて毎日を過ごせたならそりゃあ悠々自適ってもんなんだろうけど、生憎とそんな予定は人生で一度も入ったことはない。
そんなそんな金もないし贅沢出来るような収入もない、あと甲斐性も多分ない。
わけあって故郷の村を出た俺はなし崩し的にこの王都グランデまでやってきたわけだけど、結局何になれるでもなく何を成し遂げるでもなく自堕落なその日暮らしを続けることはや五年。
何が悲しくてこんな貧乏冒険者なんかやっているのかと問われると自分でもさっぱり理解は出来ないけど、では現状を変えるために何をすればいいのかもよくわからないし、色んな縁や出会いもあって一応は冒険者として生活が成り立っているだけ正直ありがたいのであんま文句言えない。
とはいえ俺ももう十八よ? そろそろ現実に目を向けてないと自分の将来が心配だわ。
「いただきます」
と、誰もいないテーブルで呟きパンを齧る。
肉だの魚だのを買うほど裕福ではないので大抵の食事はパンと、夜だけ野菜スープを付けたり付けなかったりという残念な食卓なのが残念な現状の象徴だろうか。
このパンだって二、三日前に買ったやつだな確か。
「やめやめ」
どうにも一人で居ると不平不満ばかりが浮かんでくる性格らしいのでこの辺りで切り上げ出掛ける用意をするべく立ち上がることに。
何を隠そう今日この日は二日ぶりの仕事で招集が掛かっているので家を出なければならないのだ。
なので掃除とか洗濯とか買い物とか全部後回しである。何なら帰って来てもやらないまである。
そうして外に出て何気なく見上げてみると雲一つない、とまではいかずとも空は快晴の様相でご機嫌に晴れ渡っていた。
一般的な居住区からだいぶ外れていることもあり王都にしては賃料が安く、広くはないながらも庭や厩舎が備わっているので決めたボロ屋敷。
老朽化は進みまくりだわ強風で揺れるわ二階建てな割に狭いくせに個室は二つしかないわと、住めば都とはいうものの何とも値段相応の物件である。
もっと立派な屋敷に住める日が来ると信じたいところだけど、今のままじゃ到底無理だよなぁ。
かといって転職のアテもないし、貴族に成り代わるなんて夢のまた夢。
「はてさて、俺も大人になって身の丈ってもんを知ってしまったのかね」
かつての野心に溢れてギラギラとした俺はどこにいったのやら。
そんなことを考えながら、俺にとってたった一つの日課を果たすべく玄関横にある牧草を保管するための物置から継ぎ足す分を抱え上げ、夜のうちに用意しておいた野菜の切れ端を持って庭の隅に立つ厩舎へと歩く。
我が愛馬カロン。
幼少時に他界した母の名を付けた、唯一ここに来てからした大きな買い物であり友達だ。
「おっはようカロン、今日も元気に仕事に行ってくるぞ~」
俺に気付くなり限界までこちらに寄って来るカロンは餌かごに牧草と野菜を入れるのを見守ると返事の代わりに頭をすりすりと顔に擦り付けてくる。
日々の手入れのおかげか白い毛並みが綺麗な牝馬で、比較的仔馬の状態から一緒だったこともあってもう親友を通り越して恋人レベルの相思相愛っぷりだと言えよう。
マジでカロンが人間だったら普通に結婚しているまである可愛い奴なんですよこれが。
しまいにゃ愛馬にまで欲情してしまうのではないかと自分で自分が哀れになってくるけど、可愛いもんは可愛いんだから仕方がない。あと別に欲情とかはしない。
半ば言い聞かせるように心で呟き、最後にカロンの頭を撫でると家を出る。
ハルヴェス王国の中心、王都グランデ。
周囲の大国に比べりゃ規模もそれなりってレベルだが、勿論この国では一番大きな町だ。
人口が最も多く、それすなわち仕事もどうにか見つかるだろうとノープランでやってきた俺はなけなしの金であのボロ屋敷を借り、必死になって金を稼ぐ術を探した結果冒険者として働くこととなった。
冒険者とは国に仕えている兵士とは違い己の腕で名を売り、金を稼ぎ、のし上がろうと考える戦士達の総称である。
大半はその自由気ままさを求めているのだろうが、規律や秩序といった概念に重きを置く環境への適応が困難な連中が選ぶ全てが自己責任の世界とも呼ばれている。
といっても、結局は国が運営する冒険者組合に管理されているので仕事や職種を選べるだけであんま変わらないんじゃねえのとか思い始めた今日この頃。
言いたくはないが腕っぷしもなければ武器を扱う能力もなく、当然ながら魔法も使えないし何か特別なスキルを持っているわけでもない俺に個人で冒険者をやる力はない。
ゆえにポスティリオン……所謂操縦手として登録する他なかったわけだが、運良くとあるパーティーの人達と仲良くなったため今の仕事を続けられているって寸法だ。
人間以外の種族を使役することが許されている職業ではあるけど、ぶっちゃけ馬車の操縦や軍馬の世話だの調教しか個人で請け負える仕事がないため魔獣使いの下位互換としか認識されておらず冒険者としての地位は相当に低い。
戦うことが仕事ではないし、他の冒険者や商人からの需要があるため仕事がゼロになることもそうないし、精々動物の世話しか出来ない俺にはぴったりと言えよう。
そりゃ戦闘能力があるに越したことはないというか、そっちの方が百倍重宝されるんだけどね。俺とかほぼ馬車の操縦しかしてないし。
いつの日かカロンに跨り、颯爽と野を駆け、勇猛果敢に大軍を突破する日が来るのだろうか。
「うん……一生来ないね。どうでもいいけど」
しばらく大通りを歩き、やがて町の中心付近に位置する冒険者組合本部に到着。
各国各地に支部があり、大体どこの国も王都に本部が置かれる冒険者へ仕事を仲介、斡旋する同じく国営の施設だ。
冒険者達の間では通称集会所などと呼ばれ、交流や議論の場として主に利用されていたり、あと飲食が安いので単に溜まり場になったりもしている。
パーティーやギルドとして活動している冒険者とは違って俺は個人で活動しているため選べる仕事はそもそも多くはない。
個人ということはそれすなわち一時的に協力関係を結んだり、チームとして継続的な活動をするパーティーであったりもっと大規模な組織構成と企業的な運営をしているギルドに所属していないということになるのだけど、ぶっちゃけポスティリオンを欲している集団なんてほぼ存在しないので仕方がなかろう。
元々が牛や馬の世話をしたり狩猟、農業をして生きてきた辺境の村で生きて来たのだ。
人生で武器や魔法なんていつ習得するのかを逆に教えて欲しいっつーの。