【第十六話】 下山する一家
一番乗りで俺が山中に辿り着いてからというもの、かれこれ何時間が経ったことか。
ようやく俺達は揃って山を下りていく。
といっても山を出る前にはタイミングを少しずつずらし、バラバラに帰路に就くことになっているのだが、万が一にも誰かに見られて無人であるはずのこの地でおかしな集団を見掛けたなどと憲兵や騎士様にでも報告されてはたまったものではないので致し方あるまい。
その道すがら、俺は大半の面子が早々に小旅行さながらの和気藹々を始めつつあったためたった今決まったことを改めて全員に説明し直していた。
これは昔からの癖みたいなものだ。
ガキの頃から俺の説明が足りないのか、こいつらが馬鹿なだけなのか作戦を理解してないのに『何となく』分かっているから『あとはその場のノリで』行動する奴が大半だった。
分からないならそう言ってくれればいいものを分かっている風の態度を取っておきながら見当違いな認識をしている奴、分かっていないけど『レオンが言うならそれで正解なんだろう』と理解する気すらない奴など性質は様々だったが、そのおかげで何度夕食の肉を賭けた陣取り合戦に敗れて涙を流したことか。
なので念押しの意味を含め二度目の説明をするという難儀な体質が身に付いてしまったわけだ。
結局そうしたところで勝率はさして変わらなかったけどね……大体クロがいるチームが勝つんだもん。しゃーねえよ。
あとは余談になるが、フィオ姉は既に着替えているため見た目の派手さは半減している。
薄めのワンピースにストールを肩から掛けているため胸部の二大巨頭がより目立っており少なくとも世の野郎共の目を引きそうなこと山の如しだけども。
「要約すると、だ。そもそも俺は王都で冒険者をやっているわけだから、組合長や他の冒険者とも大なり小なり付き合いがある。そんな中で俺がいきなりパーティーを組もうと言い出すこと自体変に思われる可能性が高い。だからアルとネルという親戚二人が両親を亡くし引き取ることになった、という設定を頭に常に入れておいてくれ。そうすれば二人を養うには個人で稼いでいるだけじゃ厳しいからパーティーを組むことにしたって理屈が成り立つし、戦闘職じゃない二人をそこに加えることも、今日二人を家に連れ帰ることにももっともらしい言い分が出来る。んで、俺と二人だけじゃ戦力値が乏しいってことで偶然各地で出会った有能そうな奴に声を掛けて回り、首を縦に振ってくれたのがガル兄を始め他の四人ってわけだ。勧誘に乗った理由は各々で適当に考えておいてくれればいい」
「了解しました」
「てゆーかそれってほとんど事実じゃない? 両親が死んじゃったのも、あたし達が家族なのも、あたしが一生レオ兄に養ってもらうのも」
「最後のはどうか知らんが……共通の認識を持っておいてくれって話だから少なくともアルとネルは頭に入れておいてくれ。何かの時に主張が食い違うと面倒だ」
「ん? アルとネルだけでいいのか? 俺達はどうする?」
「覚えておいてくれればそれに越したことはないけどな。設定の上ではガル兄達は他所で見つけて来た他人なわけだから。最悪『詳しい話は知らん』で通る」
「なるほど……お前天才か」
「そんな大層なこと言ってないだろ……」
どちらかというと、どうせお前等はすぐ忘れるだろうからどっちでもいいって言ってるだけだからね。
「にゃはは、そんでもウチ等みたいな難しいこと考える脳ミソがねえ脳筋組のことも踏まえて提案してくれるんだから助かるぜ」
「……おいクロエ、もしやその脳筋組とやらには私も含めているのではあるまいな」
「同然だろ? お前が賢かった時なんてウチは知らねえもんでよ」
「ぬ、私とてこの数年で……」
「ああ、それとアイシス」
「お、おお? どうしたレオン?」
「悪いとは思うんだが、その肩の紋章は何かで隠しておいてくれ」
「謝る必要など無いが……なぜなのだ?」
「勇者パーティーにはエルフの剣士がいてな、目を付けられると面倒だ。こっちの立場が向上してからでなければ理不尽な要求や要望に抗う権利もない。どれだけ凄いことかも、お前がどれだけ誇りに思っているかも分かっているけど、少しの間の辛抱して欲しい」
「分かった、言う通りにしよう」
「すまんな」
「お前達が知っていてくれればそれで私は十分さ」
見た目は美少女なのに性格はなんとも男前なエルフである。
勇者パーティーなんて王都で暮らしていても数える程しか見掛けたことないけど、そもそも人間社会で暮らしているエルフが稀有な存在だ。
万に一つでも余計なトラブルにならないように対策しておくのは無駄ではないだろう。
「んで、フィオ姉は明日こっちに来て家探しの方よろしくな」
「ええ、わたくしに任せておけば何の心配もありませんわ」
褒められる……というか持ち上げられたり頼られられるの大好きなフィオ姉はむっふんと得意げに胸を張っている。
張らなくてもはち切れんばかりなのに。
なんて口にしたら折檻なので今は置いておくとして、しっかり者なのは事実なれど張り切ると空回りしがちなフィオ姉一人に任せるのは少々心配だなぁ。
「……アル、お前も一応付き合ってやってくれ。なんか不安だ」
「分かりました」
「ちょっとレオン? わたくしの何が不安ですの? 人里からある程度離れていて、地下に貯蔵庫があって、庭付き、個室が人数分、それから綺麗な風呂と夜空が見えるバルコニー、ちゃんと条件は覚えていますわよ」
「いや後半二つ初めて聞いたぞ」
「あのねえレオン、見ての通り女性が過半数の一家なのよ? そのぐらいの配慮は出来るようになりなさい」
「……はい」
「はは、フィオの前じゃまだまだお前も弟分だな」
「最年長のくせに頭が上がらないガル兄に言われたくねえ」
「別に構わないでしょう? お金はあるのですから多少出費が嵩む程度は気にする程ではありませんわよ」
「それは否定しないけどな。だからって無駄に出費を増やしてまで大豪邸にする必要はない、目立たない程度のお屋敷ぐらいがちょうどいいし、そもそもそう長く住むこともない予定だから」
「え? のちにどこかに引っ越すつもりなんですか兄さん?」
「そうなんですの?」
「あくまで俺の中での予定だし、少なくとも何年かは掛かるかもしれんけどな。一応はそのつもりで考えてる」
「「「ちなみに、引っ越すってどこに?」」」
ガル兄、フィオ姉、アルが声を揃えている。
そういうところは息ピッタリだね君達。
「ここだよ」
「ここって……この村、か?」
「ああ、俺の第一の目標はあの腐れ貴族を破滅させて、その座とここら一帯の領地をいただくことだ。そうすれば誰に疑われることもなく故郷に帰ってこれるし、人目を気にせず計画を進められる場所が手に入る」
「おお~、レオンがあの頃の目をしてるぜ。やっぱそうこなくちゃツマらねえよ! こちとらどれだけ復讐を夢見たことか分かんねぇからよぉ」
「ああ、過去を忘れることを受け入れたならそれなりの人生を送るぐらいは出来たんだろう。そんなことは百も承知で全てを捨てる覚悟で俺はここに来た、一片の迷いも無くだ。そして皆が同じだった。だったらこの先も何ら迷う理由は無い、誰とだって何とだって先頭に立って戦ってやる。だからお前の思う通りにやってやれレオン」
「お、おう……」
「僕も大賛成です。またこの地に戻ってくることが出来たなら……そんなに素晴らしいことはありません」
「しかもあたし達を見捨てたくそったれ貴族を追い落としてってのが最高じゃん」
「わたくし達の再出発、その第一歩というわけですわね」
「私も異存はないし、ガルバと同じく誰が相手であろうと真っ先に斬り込んでいくつもりでいる。存分に頼ってくれ」
……あれ?
どんな反応されるかと若干不安だったけど、皆すげえ賛同してくれるんだけど。
この村を取り返せると聞けばそりゃ反対する奴なんていない、か。
冒険者として活動することによってこの一味の暮らしと生活を守り、ついでに裏テーマとして故郷に戻るための活動をする。
俺の作戦ばっちりじゃん。
あとは俺が腹括ってどんな汚い真似でも享受し、この手を血で染める覚悟をするだけだな。
うーん……それが一番難しい。