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【第十三話】 譲れぬ戦い



 時が止まったのかと思うぐらいに、一瞬にしてシーンとしてしまった。

 昔からひたすらに実直で、自らの意思や信念を曲げることを嫌い、嘘や取り繕った言葉を発するのを頑なに拒絶していた姿が記憶として脳内に蘇る。

 とはいえ五年が過ぎ、それぞれが大人になった今でも全く躊躇いなくこういった行動に出るとは思いも寄らず、いきなり抱擁された俺は驚きと戸惑いと反応に困るのとで気の利いた言葉なんて出てこない。あと良い匂い。

「ひ、久しぶりだなアイシス。俺も再会出来て嬉しいけど、私のって……」

 その結果ただ無難な言葉を選択する無様な俺。

 そしてそれすらも別の大きな声が掻き消していた。

「こらー、アイちー! 何良い雰囲気出してんの!!」

「そうだぞエロフ、そういうのは夜まで取っておこうと思ってこっちは我慢したってのによ」

 すかさず……と言っていいのか、ネルとクロが左右から腕を掴んでアイシスを引き離した。

 こういうやり取りを懐かしく思う気持ちはあれど、良い歳した男にゃ辛いもんがある。

 年長組二人も同じく回顧の情が湧いたのか呆れる風でありながら微笑ましげに見ているだけで諫めたりツッコんだりはしない。

「だ、誰がエロフだ! 私はただ再会を嬉しく思う気持ちを伝えたかっただけでだな……」

「へっ、なーにが『だけ』だ。清純そうなツラして昔から二人きりになった途端に女をアピールしてたくせによ。バレてねえとでも思ってたか? 狡賢いエロフさんよお?」

「そ、それは妻としての務めだ。何も恥ずべきことではない。そういうクロエもレオンに甘える時だけ獣人であることを必要以上にアピールしていたではないか! レオンが動物好きなのを利用するのは狡賢くないというのか?」

「飼い猫は主人に甘えるもんだ、これは世の摂理だからな」

「……お前俺の飼い猫なの?」

 いつから?

 駄目だ、全然聞いてねえ。

「それにエレンも妹スキルを使って我が儘三昧だったろう」

「へへーんだ、妹には兄に甘える権利があるもんね。レオ兄の妹はあたし一人、すなわち世界であたし一人に与えられた特権ってわけ!!」

「……お前俺の妹じゃないけどな」

 妹分だったってだけで。あと妹スキルって何だよ。

 うん、全然聞いてねえな。

「それがお前達の武器だと言うのなら、何もない私は正攻法で行くしかないではないか!」

 何なのその魂の叫びみたいな雰囲気。

 どこまでが馴染みのやり取りのつもりなのか分かんないんだけど。

「その見た目で作戦も何もないだろうに……なあレオン」

「まあ……俺がどうコメントしたらいいのかは難しいところだけども」

 いよいよ見かねたのか、ガル兄がフォローしてくれたものの正直俺に振られても困る。

 確かにエルフというだけあって、というと失礼なのだろうが見た目の美人さで言えばまあ飛び抜けてるよね。

 見た目は同年代でも長命種族だから実年齢で言えば七十歳ぐらいなんだっけか。

 恐らくはネルもクロも昔を懐かしんであの頃繰り返された遊びの延長みたいな口喧嘩を仕掛けているのが半分、単に再会の挨拶代わりにアイシスをからかって楽しんでいるのが半分といったところなのだろう……と、信じたい。

 だが、生真面目なアイシスは何故かキリっとした表情でネル達のみならず俺達を見渡した。

「私はこの時のために力を付けた。精霊王様にも悔いが残らぬようにしなさいと言ってもらえた。確かに私は人間ではないが、この村の者達やお前達を家族だと思っている。ここが故郷だと思ってもいる。気高きエルフとして、一人の戦士として、理不尽にも家族を奪われた過去を割り切って生きていける程落ちぶれてはいないつもりだ。自分自身で戦うと決めた、抗うと決めた、例え間違った方法であっても、全世界に罪人と誹られても、例え志半ばで息絶えようともだ。私はその覚悟でここに来たし、お前達のためならば喜んで命をくれてやってもいいとさえ思っている。そうなっても後悔はない、お前達を恨むことも誓ってない。むしろ仲間のために死ねたことを誇って逝くだろう。だが……そんな己の選択を悔いるつもりがないからこそほ、惚れた男に愛情を注ぎ、子を成したいと思うのは女として当然の……」

「せっかく格好良いこと言ってたのに最後モゴモゴしちゃったよ!」

 俺がギリギリ耐えたツッコミをガル兄が遠慮なく口にしていた。

 ちなみにアルやフィオ姉も心打たれてジーンとしていたのに今や呆れ笑いに変わっている。

 そして異議を唱えるのが一人。言わずもがなネルだ。

「そんなのあたしが許さ~ん!」

「なぜだエレン」

「あたしにも譲れない立場ってもんがあるの。レオ兄の子を一番に生むことが使命いや、そのために生まれて来たと言っても過言じゃないの。だからその役目はアイちーに譲るわけにはいかないの」

「なるほど、言い分は理解した。ではお前が一番に生むのならば私は二人生もう」

「だったらあたしは三人産む」

「なら私は五人だな」

「十人」

「おい、なんか競りみたいになってんぞ」

 今度は適切にツッコめた俺の言葉など届いておらず。

 最終的に二人は言い合いをやめて俺にグッと顔を寄せ、

「レオ兄、あたしレオ兄の子供百人産むね!」

「私とは二百人作ろうな」

「……お前ら魚かなんかなの?」

 もうどう受け止めればいいのかも分からず、がっくりと肩を落とすしかなかった。

 歳は重ねようとも多くの部分であの頃のまま、あの頃と変わらないというのは皆があの時代を忘れておらず、約束を守り誓いを果たす道を選んだという証明。

 だけど悪く言えば俺達の誰もがあの日から止まったままの時間を生き、未来を歩む権利を放棄しただけに過ぎない。

 その共通点は無邪気に喜んでいいことなのか、嘆くべきことなのか。

 仲間想いで、家族想いで、理不尽な搾取に憤り、奪われた物の大きさ大切さを忘れることなく、謂わば運命であり世の理なのだと享受することを拒絶し、強いられた悲運に抗うために、巨悪に立ち向かい報いを受けさせてやるという意思と決意を糧に生きてきた志を同じくする絆と記憶で結ばれた者達。

 それは見方を変えれば奈落の底から遥か高みを見上げ、届くことがないと知りながら意気揚々と吠え続ける弱者であり敗者が戦い抗っているつもりになって、傷を舐め合うだけの歪で空虚な環境を維持するために互いを肯定し合う虚しい集団に他ならない。

 いずれにしても今後どうするか、この先どうなるかに大きく左右される問題ではあるのだろうが、こんなに良い奴等が単なる可哀そうな人達の集まりになることだけはこんな俺でも耐えられそうにない。

 そう思わされるだけ皆が楽しそうにしている姿は心に突き刺さった。

 負け犬は……俺だけで十分だ。

「ったくお前らは……見た目は変わっても中身は変わらんな。つーかクロは参加しなくていいのか? レオンのハーレム内で正妻争いが始まってるぞ?」

 いい加減いつまでやってんだと、ガル兄が口を挟んだ。

 ちなみにアルとフィオ姉はもう呆れるのを通り越してもう好きなだけやってろ精神になってしまったらしく、二人で別の話を始めているため今や見向きもしていない。

「べっつに構わねえよ。勝者たるウチは高みの見物ってやつだ」

「は?」

「何だと?」

「可哀そうなお前らに仕方がないから教えてやるよ、お前らがどんな醜い争いを繰り広げようとレオンの初めてをもらったのがウチだって事実は生涯変わらねえ。精々二番手争い頑張ってくれよ」

 なっはっはとクロは上機嫌に笑っている。

 お前ぇぇぇ、それだけはバラすななって言ったろぉぉぉぉぉぉぉ!!

 いや言えてなかったけど分かるだろぉぉぉぉぉぉ!!

「……レオ兄?」

「……レオン?」

 はい、矛先が瞬時に俺に向きました。

 いやいや、全然そんなアレじゃないんですよ?

 本当に偶然の話でね? ちょいとした依頼で行商の馬車を一台頼まれて数日旅をしたんだけど、その時にたまたま獣人の里を通ったのさ。

 勿論それがクロの故郷だなんて知らなかったんだよ?

 ただね? もう再会しちゃったら俺も感極まっちゃった部分もあるし、思い出話に花を咲かせながら酒を飲んで、その後に迫られたもんだからほら……欲求に抗えなかったわけですね。

「ちゃんと説明してくれるよね~レオ兄?」

「レオン、怒ったりはせぬから白状してくれるよな?」

 何故かにこにこしながら迫って来る二人に正座させられる俺を助けてくれる奴はいなかった。



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