【第十二話】 生真面目だけど実はエロエルフな精霊騎士アイシス・ミューズ・ディートガルド
当初の予想や想像とは大きく違って随分と賑やかになった恒例の墓前参り。
まさか名高き大聖女まで来ちゃうとは、普通に国の偉い人が知ったら大騒ぎになるレベルの出来事だ。
というかフィオ姉を除いても誰も彼もが胸を張って自慢出来る時間を過ごしている。
そんな中で俺一人がその日暮らしの底辺冒険者だってんだから何と肩身の狭いことか。
いや、故郷の村に帰ってたクロはどうしてたのかよく分からんけども。
長い五年間だったなぁ、みたいなテンションに同調していた自分が恥ずかしくなってくるわマジで。
「レオ、結局どうすんだ? しばらくアイシスを待つのか?」
「へ? あ、ああ……そうだな、もし来るのなら一人だけ置いていくのはさすがに可哀そうだし」
「ま、それはその通りですわね。わたくしなら確実に泣きますもの」
「そういうとこ取り繕わないフィー姉素敵~」
「ふふん、もっと褒め称えなさい」
「ま、あのエロフならレオン一人居りゃ満足しそうだがな」
「それはそれで寂しいもんがあるが……エレンやクロとは違って五年の間に見違える程大人になった、なんてこともなさそうだしなあいつの場合は。ま、どちらにせよ待つなら全員で待つとするか」
というガル兄の一言に皆が同意し、結局皆で残りの一人を待つこととなった。
五年という月日のおかげで話題に事欠くはずもなく、途中からはアルやネルによるフィオ姉への質問攻めタイムと化している。
俺はというと先に抱いた自己嫌悪のせいでテンションを上げることも躊躇われ、話の輪に加わっている風を装いながら黙って聞いているだけだ。
何というか、五年間これといって努力もせず目標を持つわけでもなかった俺が一緒になってはしゃぐことに今更ながらとてつもない恥ずかしさを覚えているという感じだろうか。
いやあ、情けねえっスよ。
こんなことになるならもうちょっと真面目に生きてこりゃよかった……なんて後悔は後の祭り。
それがバレたからっといってこの連中が軽蔑したりはしないと信じたいところではあるが、とりわけ年下の二人は今でも俺を完全無欠みたいに思っている節があるのでもう参ったって感じだ。
つっても隠しておくわけにもいかないというか、隠し通せるもんじゃないっていうか……もう腹括るしかねえ。
「好きなお酒も堂々と飲めませんし、そうでなくても常に人の目があって窮屈ですし、そんなに良いものじゃ……ってどうしましたの?」
不意に、盛り上がっていた会話が途切れる。
ガル兄、クロ、ネルの三人が一斉に同じ方向へ目を向けたのが原因だ。
その表情はどこか訝しげだったり警戒心が覗いていて、無反応だった俺達にも緊張感を伝えて来ていた。
「……何かが近付いてくる」
我先に俺達を庇うような位置に移動したガル兄は剣を抜いている。
まさかとは思うが、魔物でもいるのか?
いやいや、当時ですら滅多になかったのにこんな朽ち果てたまま放置されている今になってそんなことあるか?
それならむしろ可能性としては……。
「何かって、アイシスじゃないの?」
「そうだといいが、一応は警戒しておけ。何つーか、ただならぬ気配がするぞ」
「ああ、でけえ気配ってわけじゃねえが普通じゃねえ感じだけは伝わってくる」
「マジか。つーかクロはともかくネルもそういうの分かるんだな」
「あたしは気配とかまでは分かんないけどね。戦闘訓練には暗殺対策ってのがあってさ、空気とか雰囲気とか、人の声や仕草、目線とかの違和感を察知出来るように叩き込まれたんだ」
「マジですか……」
さっきので分かってたけど、やっぱ普通に俺より強いよ君?
なんて言っている場合ではなく、そんな妹メイドちゃんよりも戦闘力皆無な俺は三人の後ろでドキドキしながら存在感を消すことに必死である。
いや、消したい願望があるだけで実際に消す能力も技術もないんだけども。
「なんだよ、驚かせやかって……」
静寂のまま皆が動きを止めること十秒前後、不意にガル兄が剣を構えていた腕を下ろした。
ガタイが大きいため後ろからではほとんど視線の先が見えていないので恐る恐る覗き込んでみるとなるほど、どうやら俺の予想の方が当たっていたようだ。
こちらに向かって歩いて来るのは一人の女の子。
へその出たエルフ独特の民族衣装みたいな服装に背には細身の剣、そしてエルフであるがゆえにそこまで大きく五年前とは変わってない風貌。
そしてこれはエルフだからで解決する話なのかはよく分からないけど、美形の究極体みたいな整った顔立ち。
間違いない、この地で幼少の時を共に過ごした一人であるアイシス・ミューズ・ディートガルドだ。
正確な年齢は当時で七十ぐらいっつってたっけか。
違法な奴隷商から逃げ出す途中で事前に盛られていた麻痺毒の作用に耐え切れず森で行き倒れていたところを親父に拾ってこられたのが出会いだった。
義理固い性格ゆえか大層親父に感謝し、恩を返すまではここで暮らすといって結局ずっと一緒にいることになった。
元々見識を広め、自己研鑽に努めるための旅の途中だったらしいのだが、ある日酔った親父が『アイシスはしっかり者だから助かるな、馬鹿息子のことをよろしく頼むわ』とかうっかり言ったもんだから俺の傍にいることを自らの使命みたいに認識するようになってしまったわけだ。
性格はまあ良くも悪くも生真面目というか不器用というか、冗談とかあんま通じないし、空気を読むのも当初は苦手だった。
それでも皆とは仲良くしてたし、例外なく朝から晩まで遊び回っていた思い出ばかりなのも変わらない。
最初は『私はお前の騎士だからな』とかドヤ顔で言ってたのにどういうわけか途中からは『私はお前の伴侶だ』とか言い出して、事あるごとにネルやクロと謎の勝負をしてたっけなぁ。
いやぁ、子供の頃の俺ってばモテモテ……なのに今の俺ときたら。
「アイちー!」「アイシス!」「アイシス!」「アイシスさん」
後ろで見ている俺が第一声を探している間にクロ以外の皆が駆け寄っていく。
そしてそれぞれと熱い抱擁や握手を交わしたのち、晴れやかな笑顔が全体を捕らえた。
「皆見違えたな。再会出来ると信じていたぞ」
「お前もなアイシス。あまり見た目は変わっていないが、恐ろしく強くなったことは分かる。というかさっきの妙な威圧感は何だったんだ? 思わず警戒したぞ」
「お前達以外の誰かが居た時には排除せねばならないと思っていたのでな、逃げ出す程度の輩か向かって来る類いの相手かを見極めるためについ威嚇してしまった。済まなかったな、それから見た目は寿命がそもそも違うので致し方あるまい」
「というか意外と冷静ですねアイシスさんは」
「確かに、俺なんて一人増える度に涙を流した程だったってのに」
「ガルさんは涙もろくなりすぎでは……僕も似たようなものでしたけど」
「ははは、アルフレッドもガルバもそれだけ大人になったということだろう。私とて無論嬉しい気持ちはある、懐かしさや感慨深さも同様にだ。だが先程も言った通り、今日ここで再会できると信じていたからな。数えきれない程にこの日の事を思い浮かべてきたおかげで感極まらないように堪えることが出来たのかもしれん」
そこでアイシスは頭を撫でているフィオ姉や俺の時みたく背中に負ぶさるネルから離れ、未だ再会の一言すら交わせていない俺のところにすたすたと歩いてくる。
何か声を掛けなければと口を開き掛けるも、目の前まできたアイシスは同じく何も言わずに俺のことを抱きしめた。
変わらぬ凛々しさや美しさのせいか、離れ離れのままに歳を重ねたことで距離感が曖昧になってしまっているしか、ものすんごいドキッとする。
「久しぶりだなレオン」
「あ、ああ……本当にな。俺も会えて嬉しいよ」
「どれだけこの日を待ち侘びたことか。権力や不条理が、五年という月日が一時的に私達を遠ざけたがそれでも、お前のアイシス・ミューズ・ディートガルドは約束通り戻ってきたぞ、私のレオン」
あの日見たいつだって信念に忠実で誠実な心根と同じ力強くも安心感のある眼差しが、真っすぐに俺を捕らえていた。