【第十話】 しっかり者でお姉ちゃん気質な紅の大聖女フィオーネ・アリステラ
ネルとクロ。
女子二人が合流したことによって一気に明るい雰囲気が蔓延している。
男衆だけだった時は再会を喜んだ後は思い出話にしんみりとする時間の方が長かったのだが、過去は忘れて楽しく行こうぜってわけにもいかないとはいえどんよりするよりは余程いい。
クロエに関してはかつてこの地で生き別れてからは自分の生まれ育った獣人の村に帰って犯罪スレスレ……というかぎりぎり犯罪の部類に入るようなことをしながら日銭を稼ぎつつ数の暴力と権力に屈した己が許せず、鍛えるために猛獣蔓延る山に籠もったりして過ごしていた。
というのは以前会った時に聞いている。
その変わらぬ、どころか増長し続けた復讐心を己のそれと比較することによって抱いた劣等感は時間の経過と共に薄れていくものだと思っていたけど、クロのみならずアルもネルもガル兄もが同じ理由でここに集まったという現実が否応なく心に突き刺さってきて若干気まずい。
いや、俺だって勝手に身の程を知ったつもりになって負け犬人生を受け入れてはいるけど恨みや憎しみの一切が消え去ったりはしないのでそこまで深刻な話でもなかったつもりなんだが、辛うじて消えていない灯ぐらいの俺に比べて轟々と燃え盛っている四人の姿を見てたら別の意味で不安になってくるんだけど。
有名冒険者やら異国の宰相補佐とか貴族の屋敷勤めとかって地位を捨てて犯罪者にでもなった日には報われなさすぎる。
どうにかそうならないようにしなきゃならんわけだが……どうしたもんかね。
つーか、そもそもこんだけ集まったこと自体予想外なんだよなぁ。
来てない奴のが少ないもん。
同世代という括りで言えばあの日以前に村を出たジョズやはっちゃんを除くといねえのフィオ姉とアイシスぐらいか?
「ねえレオ兄~、お腹空いた~。そろそろ帰ろうよ~」
どこかピクニックみたいな雰囲気になりつつ中で一人墓標の前に座る俺。
実際には考え事をしていただけなのだが、それが傍目にはこの数年間を回顧して感傷的になっている風にでも見えたのかガル兄やアルは空気を読んで触れずにいた感じが伝わってきていたのだけど、構って欲しさが限界を迎えたらしいネルが再び背後から乗り掛かってきた。
猫撫で声で甘えられると強く拒絶出来ないんだから俺は変わってないなぁ。
そりゃ俺に限らずあの日から時が止まっているようなものなので仕方ないといえば仕方がないんだけど。
思いつつ、対抗心で俺の腿に頭を乗せて寝転がったクロの頭を撫でる。
女の子としてどうかとか好みがどうかとかは無関係に昔からこの猫耳と尻尾を撫でるのは俺の癒しなのだ。
とはいえ年頃の女の子を気軽に撫でるというのはちょっと気恥ずかしいのでいい加減自重してもらうとしよう。
「ほら、二人とも立てって。腹減ったんだろ?」
「なら近場の町にでも行って飯といくか?」
ガル兄の提案に二つの賛同が返る。
が、俺はというと同じく腹は減っているものの少しばかり引っ掛かることがあった。
それを表情で察したのか、ガル兄が立ち上がる俺の方に手を置く。
「どうしたレオン、腹は減ってなかったか?」
「ああいや、そうじゃないんだけど……こんだけ集まったのならアイシスは来るんじゃないかと思ってさ」
「俺もそう思ってはいるんだが、時間まで約束したわけじゃないからな。書置きでもして飯を食いにいくか、何だったらその後俺が戻って来てもいいぞ」
「ふーむ、だったら俺が待っててもいいけど……」
「いや待て、どうやらその必要は無さそうだ」
「へ?」
「噂をすれば何とやら、だ」
ガル兄は背後に目を向ける。
言わんとしていることを理解しそれに倣うと、すぐではなかったものの次第に足音が聞こえて来た。
皆で揃って視線を向けること十数秒。
何故俺以外の誰も顔見知りではない第三者の可能性を警戒しないんだろうとか思いながら見守る木々の隙間から現れたのは、しかしながらアイシスではなかった。
この流れで? と思いたいこと必至な展開ではあるが、それでも皆の表情が一気に明るくなるのを感じる。
そしてそれは当然ながらあちら側も同じだ。
歩いて来るのは半分祭服と混ぜた様な白く派手なデザインの修道服と首から掛けた真っ赤なロザリオ、そして豊満なお胸がこれでもかと自己主張を伝えて来る金髪の女性。
数年ぶりの再会とはいえ色んな意味で見間違えようがない。
フィオ姉ことフィオーネ・アリステラだ。
年齢は俺の二つ上でガル兄の二つ下なので二十歳の年になるはずで、当時で言えば女性陣最年長(実際には意味合いが違うが扱いとしてはだが)かつガル兄が思い立ったら即行動組、すなわち馬鹿一派に属していたため実質一番の大人枠として扱われており、優しいし面倒見は良いしで皆に慕われていたお姉ちゃんである。
このフィオ姉はガル兄と同じく底辺冒険者な日々を過ごす俺でも名前ぐらいは聞こえて来た人物で、何を隠そうイーズ教の総本山ことザッカリア自治区の女教皇を務めており【紅の大聖女フィオーネ・アリステラ】という名前は俺どころか世界中で知らない奴はほとんどいねえんじゃねえかレベルで知れ渡った存在なのだ。
女教皇といえば最高指導者である法王に次ぐ象徴的存在なわけで、俺が初めてその名前を聞いたのは確か二年ぐらい前だっただろうか。
何をどうすれば村を出た子供が数年でそんなことになるのかと二百回ぐらい耳を疑ったっけな。
そんな肩書を持つフィオ姉はさすがに国を……と言っても一般的にそう認識されているだけで法の上では国家と認められていないらしいがとにかく、ザッカリア自治区を簡単に離れることは出来ないだろうし今日会うことはないと諦めていたのは俺だけではなかったらしく、我先にと女子二人が突っ走っていった。
「フィー姉~!!」
「姉御―!!」
全力で飛び付く二人をどうにか受け止めると、フィオ姉は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ頭を撫でる。
その目に薄っすら浮かぶ涙を見て、まーた俺まで泣きそう。
「二人とも、大きくなりましたわね。皆元気そうで……本当によかったですわ」
「フィオもな。まさかお前にまで会えるなんて……年を取ると涙腺が緩くなっていけねえや」
「僕もフィオさんに会うのは難しいのではと思っていたので本当に嬉しいです」
ガル兄も鼻を啜り、アルも感慨深さに溢れている。
いやあ、歳とか関係ねえよ。俺ももらい泣きしないように耐えるの必死だもん。
というわけで俺も再会の挨拶を口にしようとした時、急にフィオ姉の表情が引き締まった。
真面目な顔……というよりはキリっとした顔といった方が正しいだろうか。
懐かしさを感じこそするが、だからこそ分かる。これはフィオ姉が怒っていたり不満がある時の表情だ。
元来温厚で優しい性格のフィオ姉だ。昔からどれだけ俺達馬鹿一派の悪ノリが過ぎようとも怒鳴ったり、ましてや暴力に訴えたりはしたことはない。
ただ逃げることが許されない圧力を以て延々と説教されるだけだ。
昔からフィオ姉をからかっては皆でわーきゃーやって最終的に怒られるってのはお約束みたいなとこあったしなぁ。
一番悲惨だったのはガル兄と二人でフィオ姉の風呂を覗こうとしたのがバレた時だったか。あの時は正座二時間だったけど……。
「さて、再会を喜ぶのはひとまず後に致しましょう。全員そこに並びなさい」
あ、やっぱ五年経っても同じなんだ。
五年振りの再会で怒られる理由に心当たりはないのだが、ガル兄も完全にその空気を察して俺の後ろに隠れている辺り俺の経験則と直感はあの頃のまま生かされているらしい。
つーかこのオッサン俺を盾にする気だよ。俺と並んで一番怒られたからな、だからといってとんだ兄貴分だなおい。
しかも他の三人がガル兄に倣って後ろに並んでいくし。
「誰が縦に並べと言いましたの! 普通こういう時は横並びですわよね!?」
そらそうだ。
何か先頭にいるせいで俺一人が怒られてるみたいになってるんだけど。絶対俺悪くないだろこれ。
クロ辺りは分かっててやってそうだし。
ほら、早くなさい。という催促を受け、皆が改めて横一列に並んで何を言われるのかと続く言葉を待っている。
フィオ姉はコホンと一つ咳ばらいをして、全員を見渡したかと思うと……。
「わたくしは怒っています」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんで?」
唯一真っ当過ぎる疑問を返したのはクロだった。
俺を含む他の四人はというと、微塵も心当たりがないので顔を見合わせ『何か知ってる?』『いや全然』みたいな表情を向け合っているだけだ。
「この五年間、どれだけ、皆に会いたいと願ったと、思っていますの! どうして、誰一人として、連絡を、くれないんですの!!」
短く言葉を区切り、順に額を指で突いていくフィオ姉。
なるほど、怒っているというよりは寂しかったと言いたいわけか。
「いや、あのなフィオ……」
「お黙りなさい」
「えぇぇ……」
「言い訳なら順に聞いてさしあげます。右から、はいアル」
「え? ぼ、僕ですか? 言い訳と言いますか、まさかフィオさんに手紙を出したところで本人に届くとは思えなかったですし、そもそも僕は勤め先に家族は居ないと伝えていましたので必要最低限しか手紙のやり取りはしていなかったもので……それが許されるなら真っ先に兄さんに会いに行っていますし、僕もあの日の約束通り意地でも我慢しなきゃと自重していたつもりなのですが……」
「次、ガルバ」
「いやだから……俺も同じだって。まさかあの大聖女様に個人的な手紙が届くだなんて思っちゃいなかったし、俺は冒険者だから周りの連中にバレることもそうはなかっただろうが、それでもアルやエレンと何度かやり取りをしたぐらいで他の連中とは一切連絡を取ってない。つまりはお前だけ除け者ってわけじゃない」
「ふむ。次、エレン」
「あたしも兄貴とゴリ兄以外誰とも連絡取ってなかったよ? 兄貴も言ったけど、誰よりもレオ兄の所に駆け付けたいのを死に物狂いで我慢してたんだから」
「……次、レオン」
「俺に至ってはこの五年間フィオ姉どころか誰とも連絡取ってなかったけど? まずどこで何をしてるのかも知らなかったし、接触と言えるのは仕事の先でたまたま再会したクロだけだ。それも一日だけ」
「むむ……次、クロエ!」
「ウチも一回レオンに会ったっきり誰とも会うことも連絡を取り合うこともなかったぜ? 第一ウチは故郷である獣人の村で過ごしてたかんな。手紙を出すための店がそもそもねえ」
「…………」
フィオ姉は言葉を探している風である。
どうやら自分が仲間外れにされていたわけじゃないと今理解したらしい。
「まあ、今日のところは大人として許して差し上げますわ」
結局、皆揃って寂しい思いに耐えながら過ごしてきていて、皆揃って泣くほど再会出来たのが嬉しかったってことだね。