【第九話】 自由奔放でチンピラ気質な猫耳獣人クロエ
「ねぇレオ兄~、早く帰ってイチャイチャしようよ~」
繰り言みたくなるが、またまた人数が増えて四人になった山奥の一角。
一人だけ地面には座らず後ろから俺に負ぶさるように体重を預けているネルは耳元で猫撫で声を上げながら頬と頬をすり合わせてくる。
これも同じ台詞になるけど、再会を果たせたことは嬉しいし無事に成長してくれた姿にもどうしたって感情は揺さぶられるというか、まあ気を抜けばウルっときちゃうぐらいには生きて今日ここに来たことに感動すら覚えているのは事実だ。
とはいえかつての末っ子はまだまだ十五歳。
どうにも甘えん坊なところは抜け切れていないらしい。
……という理屈で納得するには少々無理があるピンク色の声音と振る舞いに、正直どうしたものかと困る俺だった。
墓標の奥に見据える今は亡き両親に無事でいることを報告したのち、
「すぐに孫を連れてまた来るから楽しみに待っててね♪」
とか言っちゃうもんだからいちいち反応に困る。
あとはとにかく俺にくっついていたいらしく、それからずっとこの体勢なのだ。
「よく実の兄の前でそんな台詞が口に出来るな……」
もうそれしか言えない。
相手がそう思ってくれているならば、という前提が付き纏うとはいえ俺にとってはいつでも、いつまでも大事な妹だ。
拒絶しようとまでは思わないけど、成人を迎えた風采でベタベタされても恥ずかしいし、かといってやんわりやめさせるにしてもはっちゃけ過ぎだろと突っ込むにしても正直アルやガル兄の時と同様に五年という時間が距離感を難しくさせているため無暗に強い口調で声を荒げるのも憚られるわけだ。
さっきは思わず全力でツッコんじゃったけど……。
「いーじゃん、昔から兄貴やゴリ兄も含め皆の公認なんだから。あたしには五年分甘える権利があるんだもん」
悩ましい俺の心中など露程も知らず、悪びれる様子の欠片もないネルは俺の頭に顎を乗せ首から胸の辺りに回している両腕にギュッと力を込めた。
ここで暮らしていた当時……といってもネルは十歳とかなのだけど、その頃はどちらかというと大人しい目の性格で自己主張はあまりせず、それでいて少なくとも男子勢や大人に対しては拗ねたり泣きべそをかくことで『私にかまって』『私の言いたいことを理解して』という意思を示すタイプの子供だった。
それがこうも欲求(或いは欲望?)に忠実になるとは……年月や成長というのは不思議なものだ。
いや、しみじみ言っている場合ではないので『二人からも何か言ってやってくれ』という意味を込めてアルとガル兄に視線を送ってみる。
「少々はしたないとは思いますが、本質は昔のままですし五年振りの再会とあらばその気持ちが増長するのも仕方ない気もするので容赦してやってください。あの頃から兄さん以外の誰かと一緒になる気なんてなかったでしょうし、何でしたら両親も『どうせ将来はレオンちゃんに嫁ぐんだから』という理由で甘やかしていた節がありましたからね。ややお転婆に育ってしまった感は否めませんが、どうか貰ってやってください。最悪三番目でも構いませんので」
「つーかしれっと俺の呼び名ゴリ兄で定着させようとしてね?」
「アル……初耳なんだけどそのクランドール家の教育方針。あとガル兄、今それマジでどうでもいい」
「今更っちゃあ今更だけどよ……ま、応えてやるのが男の甲斐性ってやつだ。責任取って三人共幸せにしてやれ」
「俺に何の責任があんの!?」
少なくとも二人とはマジで五年間一切会ってないし、連絡も取ってないんだけど?
それを言えばガル兄もフィオ姉もアルも同じだし。
「ていうか兄貴、聞き捨てならないんだけど! 誰が三番目なわけ!? 言っとくけどあたしが一番、あたしが正妻なんだからね。クロちんとアイちーは二番手争い、分かった?」
何やら次から次へと俺の知らない話が出てくる戸惑いの空間で、背後のネルはそんなのお構いなしにアルをビシッと指差し鼻息を荒くしている。
言っていることはこっちが聞き捨てならないがどこかこういう馬鹿なやり取りも懐かしい。
それはさておきいい加減に俺の上からどいてくれ、と。口に仕掛けた時、反対側の耳元で別の声がした。
「だーれが二番手だって?」
突如背中に掛かる負荷が増した。
それと同時に別のネルとは違う誰かが俺の背に体重を乗せているのを理解する。
会話の最中だったとはいえ、気配も足音もなく声がするまで全く気付かなかった。
ではそんな芸当を可能にしているのはどこのどいつか。
真後ろにいるせいで俺の位置からでは顔を確認することは出来ないが、他の連中の反応で全てを察する。
「クロエ?」
「クロ!」
「クロちん!」
「おーっす野郎共、元気してたか?」
俺以外の三人がその名を呼ぶと、暢気な声が返るなり背中の負荷が軽くなる。
そこでようやく振り返ると予想通り、ここにやって来る以上は当然だけどこれまたかつての仲間の一人である獣人のクロエが悪戯っぽく舌を出して不敵な笑みを向けていた。
「クロ……」
昔と似たような露出の多い格好に肩に触れないぐらいの茶色い髪。
そして頭にちょこんと生えた猫耳と腰から覗く性格や言動とは相反して可愛らしい尻尾。
間違いなく幼馴染メンバーの一人のクロエだ。
歳はアルと同じなので今十七、当時の在り方で言えば唯一純真なやんちゃな悪ガキ達の中にいて割とマジな不良娘という感じだった。
普通に親父達に混ざって酒とか飲んでたし、なにぶん喧嘩っ早くて出会う前には『盗賊狩り』と称してよく本物の盗賊をボコボコにして金品を奪ってきてたりしたらしい。
そのせいで自分が盗賊と間違われ、矢で撃たれて行き倒れていたところを保護して寝食の世話をしてやっているうちに家出同然に故郷を出て来たため帰る場所は特にないということが発覚し、なし崩し的に我が家に住み着いてそのままという感じだ。
獣人だからというわけではないのだろうが、共に過ごした時間は二年と一番短かったし発想はチンピラ気質丸出しで喧嘩好きなれど仲間意識は強く、皆とは普通に仲良くしていた。
補足があるとすれば見た目は可愛い猫耳と尻尾が癒し要素満載(たぶん当時から俺しか思ってなかったけど)な小柄な女の子なのに喧嘩はマジで強いんだこれが。
当時最年長でその時からバリバリの腕力馬鹿でそこらの木を蹴りでへし折ったりしていたガル兄に腕相撲で勝ってたレベル。
獣人の特性といえばそれまでだけど、腕力に限らず身体能力もすげえ高い。
ジャンプで屋根の上とかに飛び乗るし、十メートルぐらいの高さから平気で飛び降りるし、あと鼻と耳も異様なまでの高性能でなんかもうチートだったなぁ。
「ようお嬢、久しぶりだな。つーか何でメイド服なんだ?」
そんなクロエ……いや、クロは『クロちーん!!』とか言いながら抱き付くネルを受け止めつつ、順に俺達を見渡していく。
「レオンも久しぶりな、全然会いに来てくれねえから寂しかったぞ。ゴリラもアル坊も元気そうで何よりだ」
「久しぶりだねクロエ、唯一クロエだけは来ないかもって思ってたよ」
アルも屈託のない笑顔でハイタッチに応じている。
まだ皆には明かせていないが、何を隠そう俺はこのクロにだけは偶然会っているのだった。
いやほんと偶然だったし、その一度きりなんだけど。うん、本当に後にも先にも一回だけだよ?
「来ないわけねえだろ、仲間との約束は死んでも守るぜウチは。そもそもてめえの旦那にやっとこさ堂々と会える日を迎えたんたぜ? 例え来んなって言われようと意地でも来るっつーの」
「久しぶりはいい、五年振りに会えて感涙する程に嬉しい気持ちもある。だがお前ら何で頑なに俺をゴリラにしたがんだ?」
続いてハイタッチに応じつつ、ガル兄はじとーっと呆れた目を向けていた。
まあ、あの当時から体格と馬鹿力を揶揄してネルやクロはずっとゴリラゴリラ言ってたっけなぁ。
「いいじゃねえの、あの頃のままっぽくてよ。んなことよりレオン~、ちょいとツレねえんじゃねえの~?」
抱き止めたネルを下ろすと、逆にクロは正面から俺にぴょんと飛び付いて来た。
反射的に受け止めるが、両腕のみならず両腕を両足を使って絡みついてきているためこっちが手を離してもそのままぶら下がる格好になってしまう。
「何してんの君……つーか顔が近い」
「ウチはあの日の続きをしに来てくれるもんだと思って首を長―くして待っていたんだぜぇ」
ペロリと、クロは躊躇いもなく俺の頬を舌でなぞった。
分かりやすく言えば舐められた。
全身がゾクゾクとした感覚に見舞われ、油断すると力が抜けていきそうだ。
「いや、ほら……あれはマジの偶然だったけど、一応俺にだって約束は守りたい気持ちがあったからさ」
「だったら今日からは何の制約もないわけだ。いっそ今からでも……」
「こらー!! 何してんのクロちん!! そういうのはあたしの役目なんだけど!?」
「はっはっは、言ってろチビ助。今やお前はウチのライバルですらねえ」
ネルに引っ張られたことでクロは下りてくれたものの、今度はそのネルとの口論が始まってしまった。
というよりは問い詰めようとわーきゃー言ってるネルとからかい混じりに勿体ぶるクロというこれまたどこか懐かしい風景が出来上がっている。
確かにガキの頃からこの二人は仲良かったもんなぁ。
そのくせ今みたくじゃれ合いみたいな口喧嘩をするのが好きで、少ししたら何も無かったかのようにまた二人でわいわい楽しそうにやっている。
本当に懐かしいや…………………………だけどクロよ、頼むからあのことは絶対にバラすんじゃねえぞ。