アジュールと幼子
週末になり、半日程かけサフィルス公爵家に到着した。さすが上流貴族とでも言うべきか、広大な敷地だった。
宮殿の前面には巨大な池があり、視界の端から端まで広がっていた。 そして、幾何学模様が描かれた庭園に、花壇には様々な草花が美しく咲き乱れ、噴水や巨大なモニュメントが絶妙なバランスで配置されていた。
また、敷地内には蒼の一族の総本山『蒼の竜騎士団』があるというが、馬車からは見ることができなかった。
一日いた位では、この素晴らしい邸宅や庭園を観賞しつく事はできないだろう。
兄と共にエントランスに入ると、アジュール様が出迎えてくれた。
「申し訳ない。ユニコーン狩りだが、都合で出来なくなってしまった。 普通の狩りになってしまったよ」
申し訳なさそうに、アジュール様が謝罪してきた。 聞けば、女王の祝賀会でユニコーン狩りを予定しているうえに、エサとなる令嬢も決まっているのだとか。
『アンジェリカ・スピンタリス伯爵令嬢』
こんなところで、彼女の名前を聞くとは思わなかった。 そもそも『アカンサスの花園』のストーリーにユニコーンは出て来ないし、ヒロインがエサになる記述も無かったはず。
私は軽い目眩を覚えた。
「ヴィオラ、良かったな。身代わりになる物好きがいたよ。しかし、なぜ、その令嬢がエサに?」
「詳しい事はわからないのだが、どうやら聖女としたいらしく、良い発表の場所になると考えたのではないか? ユニコーンを傍らに抱く聖女。絵になると思わないか」
そう言いながらも、鼻で笑っているようだった。
「なるほど。神殿の人気取り。というわけだな」
「あぁ、かの令嬢はスピンタリス家の養女らしいからな。上手くいけば神殿に恩を売れるし、万が一となっても、所詮……」
そこで、ハタと気付いたように私の顔色を伺ってきた。 確かに、聞いていて気分の良いものではなかった。
「すまない、アメシスタス嬢。配慮が足りなかった。先に部屋で休むといい」
アジュールは、侍女に目配せをした。
※※※
一人客室に通されたヴィオラは、軽食を摘まみながらチョコレートドリンクというものに口をつけていた。なんと甘く美味しいのだろうか。 さすが公爵家だと実感した。
チビチビとチョコレートを飲みながら、先程の話を思い出す。『聖女』にしたいらしく………と言っていた。『アカンサスの花園』に聖女は出てこない。 という事は、ユニコーン狩りは失敗したのだろうか。
神殿に恩を売る、とも言っていた。聖女にしたい位なのだから、相応の治癒力は持っているのだろう。
甘い物で思考が活性化すると思ったが、政治が関わってくると、いまいち良い答が見つからない。
そう言えば、あれから弟妹達からも『アンジェリカ』の話を聞かない。 気を付けるように。と伝えたからなのだろうか。
家に戻ったら、彼女の話を聞いてみよう。 そこから、毒殺の時期や背景を思い出すかもしれない。
※※※
翌日、サフィルス邸から少し離れた静寂の森で狩りが行われた。
女性達には、木陰に張られたテントでお茶と軽食が振る舞われた。昨日のチョコレートドリンクの他にも様々なフレーバーティも用意されていて、手の込んだ作りの菓子が所狭しと並んでいた。
ヴィオラは、場違いな雰囲気を感じながらも、当たり障りのない会話で、狩りが終わるのを待っていた。
(やっぱり、アジュール様の側には幼子がいたわ)
賓客に挨拶をするアジュール様の傍らに、チョコンとあの幼子が立ち尽くしていた。
そんな事を思い返しながら、他愛もない会話に相槌を打ち、微笑む。
―――笑顔を作りすぎて、頬の筋肉が強張ってきた。 同席していた令嬢達に挨拶をして席を立ち、少し息抜きをしようと、人気の無い、森の入口へと向かった。
会場についてから、ずっと気になっていた。
まるで誘うかの様に、ポッカリと口を開けた森の入口、その森の小怪の入口へと向かう。
そこは、綺麗に手入れされており、小石が敷き詰められ歩きやすそうだった。
侍女に尋ねれば、数十分程で一回りできるそうで、良い散歩道らしい。
「昔はネモフィラの群生が綺麗だったのですが」
彼女は寂しそうに微笑んでいた。
木々の隙間から柔らかな春の日射しが降り注いでいた。 その、木漏れ日の小道をゆっくりと歩く。 大きく息を吸い込むと若々しい青葉の香りがする。
足元にユラユラと煌めく、湖面のような日射しの欠片を踏まないように、踊るように歩いていた。 他の誰かに見られたら、気が触れたのかと思われそうだ。
それにしても、あの幼子は何者なのだろうか。 アジュール様に悪い影響を与えている様子もない。 童話の中に出てくる妖精の仲間なのだろうか。
そんな事を考えながら、森の中の一本道を進んでいた。