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ギィーと音を立てて、鍵を亡くした隠し扉がゆっくりと開いた。
暗闇の奥からは、カッカッと複数の人々が駆ける足音が響いてくる……。
だんだんと近付く足音は、隠し扉の前でピタリと止まった。 そして、再び鈍い音を立てて、隠し扉はゆっくりと開いた。
ジョセフィーヌの寝室のはずの空間は、大広間の様に広く、あちらこちらの壁が崩壊し砂ぼこりが舞っている。
咳き込む声が響く。 火が燻り、煙が蔓延しているせいでもあるだろうか。
「これは……」そう言って、扉から出でる皆が息を飲む。
彼らの目の前には、おびただしい血だまりと、折り重なるように倒れこんだ騎士達、それに、扉を守る様に倒れている一人の令嬢の姿が映っていた。
いつの間にか日が昇り、早朝の暖かな春の日差しが、崩れた壁の隙間から差し込んできた。 少しずつ判明していく惨状。 一目で激戦が繰り広げられた、と理解できる程、それ程、王宮は崩壊していた。
「ヴィ……ヴィオラ?」
ひときわ大きな血だまりに倒れこんでいる彼女に、ライリーは近付き、自身の上着をフワリと掛けた。
恐る恐る手を伸ばし、上半身を抱き抱えるが、くったりとしていて力が入っていない。 だらん、と腕が垂れ下がる。
「ヴィオラッ!」
ライリーは、ガシッと彼女を抱きしめる。 のだが、ヴィオラの四肢は、相変わらずダランと弛緩している。
ほのかな温もりと微かな鼓動に、ひとまず安心するが、ヴィオラの顔色は非常に悪い。
「落ち着け、ライリー。 治療班を呼んでいる」
ジョシュアが声を掛けるが、ライリーはヴィオラを離さない。
ヴィオラの隣には、肩口がパックリと開いたアジュールが横たわり、荒い呼吸をしている。
彼女の少し向こうには、血だまりにうつ伏せに倒れ、微動だにしないサフィルス公爵。
そして、その向こう側の壁には、ラウルがはまっていて、呻き声をあげている。
それに、あちらこちらに蒼の騎士と近衛兵が息も絶え絶えに倒れこんでいる。 もはや地獄絵図だった。
どんなに酷い状況だったのだろうか。なんとも言えない臭いが漂う空間で、その時のヴィオラに思いを馳せる。
すると、ライリーは、いきなり腕を掴まれた。 驚き手元を見ると、アジュールだった。
「ラ……ライリー。グリシヌを呼べ。ヴィオラは魔力切れだ、一刻を争う」
そして、彼の腕がパタンと落ちた。
「おいっ! グリシヌを呼べ。 今直ぐにだっ!」
ライリーの悲痛な叫びが響いた。
「無駄だよ……。アメシスタス侯爵家も終わりだ」
壁から引きずり出されながら、ラウルがボソリと呟いた。
「今頃はもう、蒼に攻めこまれて、ひとたまりもない事だろう」
※※※
夜も更けきった頃、静まりかえるアメシスタス侯爵邸の回りは、ぐるりと騎士達に取り囲まれていた。蒼の騎士団だ。 それも、孔雀石騎士団だった。
中立の立場を表明するため、今日行われた蒼の集まりには参加しなかった。 そのせいだろうか。
「まずいな……」グリシヌは唸る。 ちらほらと顔見知りの騎士の姿が見えた。
対抗できる程の私兵はいない。 攻めこまれたら、数分で結果が出るだろう。 しかしながら、ただ取り囲むだけで動きはない。
万が一の為に、住み込みの使用人達に実家に帰るように伝えた。 さすがに一般人は巻き込まないだろう。
上階の明かりを消した部屋の窓から、外の様子を伺うグリシヌに、執事が耳打ちする。「どうやら、ヴィオラお嬢様の居所を確認しているようです」
屋敷から出ていく使用人達に、ヴィオラが屋敷内にいるかどうか、尋ねていたと言う。
「なるほど……。とうとうその日なのか……」
顔を上げたグリシヌの瞳に、真っ赤に燃え上がる王宮が映った。
すると、それを合図にしたかのように四方八方から魔法で攻撃されだした。
しかしながら、アメシスタス家は『王家の盾』と言われるだけあり、防御においては最強で、横に並ぶ魔法使いはいない。
すべての攻撃はグリシヌの作り出す防御壁に阻まれ、敷地内は平穏を保たれていた。
(このまま攻撃され続けたらまずいな……)
そのうち魔力切れは必ず起きる。 それまでに、助けが来ればいいが、王宮での反乱の鎮圧が先だろう。
(この隊の長を殺ってしまおうか……。 そうすれば、統率は取れなくなるか……。しかし、上手く統率がとれていたら……)
グリシヌは、眼下に蠢く集団から、隊長の姿を探す。
そこでグリシヌは違和感に気付いた。 彼らは攻撃をしてこないのだ。
体裁を保つばかりの、ささやかな攻撃が、時折しかけられるだけだった。
(何かがおかしい……)
そして、空が白んでくる頃、彼らは撤退していった。
蒼の騎士達が完全に撤退したのを確認して、グリシヌは騎馬に跨がった。 ヴィオラの安否が心配だった。
予知通りならば、フェリクス国王を守り王宮に残っている筈だ。
(生死はともかく、王宮に急がねば)
グリシヌは、愛馬に鞭を入れた。
明日、9時に『最終話』を予約投稿します。




