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反乱・3

キーン


甲高い金属音が響いた。 ラウルの剣はヴィオラがすぐさま作り直した、新たな『完璧なる盾(テリオアスピダ)』に阻まれ、近衛兵どころかヴィオラにも届かない。

しかし、短時間に多大な魔力を消費したヴィオラは、ガクリと膝から崩れ落ちた。


「へぇ。 やるじゃないか。いつまで持つかな?」

ラウルは、不敵な笑いと共に続けざまに剣を振り下ろす。規則的な金属音が響く。


(そろそろ、柘榴石(ガーネット)宮にたどり着く頃合いかしら)


宝剣さえ奪われなければ、それで良い。

ラウルを睨み付けながら、最後の勤めを果たそうと、魔力を振り絞る。 心臓の鼓動が激しくなり、今にも口から心臓が飛び出しそうな程だった。


「みなさん、もう()が持ちません。 覚悟はいいですか」

息も絶え絶えにヴィオラは語り掛ける。 近衛兵達は、剣を構えコクリと頷いた。


「ラウル!やめろっ!」

ヴィオラのぼやけた視界に、アジュールの姿が飛び込んできた。 続いて、金属のぶつかり合う音が、鳴り響く。

アジュールは自らの剣で、ラウルの剣を受け止めていた。 彼の両肩は、激しく上下していた。


「お前、騙されてるよ。そんな事をしてもヴィオラは手に入らない。わかっているだろ?」


内輪揉めだろうか。 蒼の筆頭、サフィルス公爵の嫡男なのに、なぜアジュール様は止めに入るのだろうか?

率先して反乱の指揮を取る側ではないのだろうか?

だめだ。頭が回らない。もう、防御壁を維持できない。


「壁が崩壊します!」

ヴィオラが叫ぶと同時に、近衛兵がラウルに向かっていく。

が、彼らは吹き飛んだ。 ―――魔法だ、ラウルじゃない。


「良くやった。さすがだ、ラウル殿」

「アジュール殿、邪魔をしないで下さい」


どこかで聞いた声だった。 蒼の貴族達だった。 飛ばされた近衛兵達は、傷付きながらも立ち上がり、ジリジリと後退りする。


「もう、この反乱は失敗なんだ。無駄なんだ、わかるだろ? ラウル」

アジュールは懸命にラウルを制止しようと説得するが、彼の耳には届かない。


「何をしている。聖剣は見つかったのか? 早く聖剣を探せ」


ピリッと空気が張り詰め、蒼の動きが止まった。

蒼の一族の(おさ)、サフィルス公爵がイライラした様子を隠そうともせずに、私達の前に現れた。


そして、傷付き倒れている近衛兵や、かろうじて剣を構えている近衛兵達を一瞥(いちべつ)し、ヴィオラに視線を止めた。


「アメシスタス令嬢。 聖剣はどこだ?」


「えっ?」

間の抜けた声が漏れた。一同の視線が集まるが、 ()が答える訳ないではないか。

「とっくに持ち出されていますよ。 残念でしたね」


自然と、私達は隣室のドアの前に集まった。


「そこか」

サフィルス公爵は、そう言うとおもむろに()を魔法で吹き飛ばした。 凄まじい轟音と砂煙が舞い上がる。 耳の奥が痛くなる。

風圧でなのか、それとも壁の欠片があたったのか……ヴィオラの頬に一筋の赤い線が入った。


「ヴィオラ!」

アジュールが駆け寄ってくる。

一瞬、近衛兵達がアジュールに剣先を向けたが、彼の剣先がサフィルス公爵に向いているのに気付き、再び態勢を整える。


「父上! もう、止めてください」

そんなアジュールを無視して、公爵は話す。

「アメシスタス令嬢、その扉はどうやって開けるんだ?」


振り返ると、ボロボロになった壁の中央に漆黒の扉だけが直下(そそり)立っていた。 近衛兵達が息を飲む音が聞こえた。


「鍵は……私自身……」

たいぶ足止めは、できたはずだ。 もう、聖剣は安全な所にあるだろう。 私はサフィルス公爵を睨んだ。


「なるほど」と、サフィルス公爵は言うと、ヴィオラに剣を振り下ろした。

あっという間の出来事だった。 アジュールがヴィオラの前に立ちはだかり、公爵の剣を身を挺して受けた。


「アジュール様っ!」

思わず悲鳴を上げた。彼の肩から血飛沫が上がった。

「父上、時間切れです。もう、聖剣は手に入りませんよ」

アジュールはそう言うと、公爵の足元に崩れ落ちた。


「アジュール様っ! アジュール様っ!」

彼に駆け寄り必死に声を掛けるのだが、彼はピクリとも動かない。 が、呼吸はあるようだった。

回復魔法を(ほどこ)そうとしたのだが、もう魔力がなかった。


そんな私を見下ろして、公爵は嘲笑う。「残念だな、アメシスタス令嬢」 そして、再び剣を振り下ろした。


―――終わった。

と、思ったのだが公爵は剣を振り上げたまま、ゆっくりと私に向かって倒れこんできた。


驚き凝視していると、その背後に血塗られた剣を持つ、ラウルが立っていた。

「ヒッ」という短い悲鳴と共に、蒼の貴族達は逃げ出した。


「ヴィオラを傷付けていいのは、俺だけなんだよ」そう言いながら、ラウルは公爵を跨いでヴィオラに近寄る。

そして、後退りしている彼女に微笑んだ。

「なぁ、ヴィオラ、命乞いしろよ。 助けてって言ってみろよ。誰にも渡さないからさ」


幼い頃から、何度も覗き込んでいたマスカットの瞳が、今は狂気に満ちている。 いつも優しかったラウルが、何故、このような事件を起こすのか……


「断るわ。私は私の任務を遂行するの」

もう、魔力は残っていない。 後は命を削るだけ……。


最後とばかりに魔法を繰り出す。 ラウルが教えてくれた攻撃魔法を。

吹き飛ぶラウルと蒼の一団が、光を失うヴィオラの瞳に映った。

(最後にライリーに会いたかった……)


暗闇に落ちていく……。もう、ヴィオラは何も感じない。


―――思い返せば、良い人生だったと思う。

結局、『アサンサスの花園』の物語通りにヴィオラ・アメシスタスは死んでしまうが、この反乱は失敗に終わるだろう。


それでもいいじゃない。 この反乱を企てた蒼の一族を処分すれば、平和な争いのないプロテア大国を築く事ができる。

ヴィオラ・アメシスタスは、国王暗殺の悪者としてではなく、国王を命懸けで守った令嬢として賛美されるだろう。


いいじゃない、それで。悪役で終わるよりヒーローで人生を終えられる。 アンジェリカ、頑張ったよね?私………。






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