反乱
城下の飲み屋で、ライリーとジョシュアは恋愛論を語っていた。
すると、急に店の外が騒がしくなり、一人の客がライリー達に駆け寄ってきた。
「騎士様、お城が燃えてます!」
慌てて外に出た二人の視線の先に、夜空に燃え上がる王宮が映った。
それは、紅飛竜の姿にも見える。
降り出した雨は、強さを増しているのに、王宮の炎は漆黒の闇を焦がしている。
酒場の主人だろうか、二頭の馬を連れてきた。
「騎士様、この馬をどうぞ。 お代と一緒に、後で返して頂ければ良いので」
「礼を言う」
ライリーとジョシュアは、急ぎ馬に跨がり、フェリクスの宮殿へと向かった。
「あれ、紅飛竜、ジョセフィーヌだよな?」
ジョシュアの声が緊張のせいか、震えていた。
「あぁ。 緊急の合図だ……」
いったい王宮で、ジョセフィーヌに何が起こったのだろうか。
冷たい雨がライリーの顔を叩いている。 つい先ほどまで、あそこで食事をしていたのだ。 ヴィオラは無事だろうか。
ライリーの心は逸る。
先程、二人で歩いていた石畳を、馬で駆けているのだが、延々と続いているように感じる。
「ライリー!」
ジョシュアの声で我に返ったライリーは、目の前の光景に唖然とした。
宮殿を、フェリクスの宮殿を蒼が取り囲み、近衛兵と対峙している。
魔法の破裂音や剣の金属音が響いていた。
「ライリー、裏だ」
ジョシュアと共に気付かれない様、宮殿の裏へと向かった。
有事の際に使えるように、フェリクスの寝室から、ジョセフィーヌの寝室を通り、柘榴石宮の近くまで、隠し通路が作ってあるのだ。
その通路の出口に、馬を急かす。
※※※
「ケホッ、ケホ」
眠りについていたヴィオラは、息苦しさで目を覚ました。
ベッドサイドの灯りを頼りに部屋を見渡すと、扉の下から白い煙がウッスラと漂ってきていた。 何かの燃える臭いもする。
(火事!?)
慌てて飛び起き、ガウンを羽織る。 隣室のフレイヤの部屋に飛び込んだ。
彼女も、今さっき起きた様子で、やはりガウンを羽織った所だった。
ジョセフィーヌの私室へと続く裏の通路を通り、彼女の元へと急ぐ。 遠くで金属音の響く音が聞こえたような気がした。
(ただの火事ではないかもしれない)
思わずフレイヤと顔を見合せ、お互いの腕をギュッと握る。
「ジョセフィーヌ!?」
私室のドアを開けながら、フレイヤが声を掛ける。 先ほどより、煙が上がってきているようだ。カンテラを向けても白く反射して先が見えない。
「こっちだ」
フェリクス国王の声と、激しく咳き込む音が聞こえる。
声のする方へ駆け寄ると、咳の止まらないジョセフィーヌを介抱する、陛下の姿が確認できた。
一刻の猶予もない。ヴィオラは魔方陣を敷いた。 結界の一種、害を成すものを排除する魔方陣だ。
「!?」
とたん、スルスルと煙が引いていき、視界も開け呼吸も楽になる。 すぐさま、ヴィオラはジョセフィーヌに回復を施す。
「噂には聞いていたけど……やっぱりあなた、すごいわ」
かすれた声で、ジョセフィーヌが労りの言葉をかける。
ニコリと微笑み返したヴィオラの額を、汗が伝った。
「ヴィオラ、まずいわ。 火の勢いが強くなっているし……。表に蒼がいるわ……」
瞳を閉じ集中していたフレイヤは、自身の魔法『透視』を使っていた。
「なるほど、私が蒸し焼きになるのを待っているか、表に出てくるのを待っているか……だな」
不敵に微笑むフェリクス国王だった。
「―――いえ、こちらに何人か向かってきています」
こめかみを押さえながら、フレイヤは答える。 汗が滴り落ちる。
「クソッ」
ジョセフィーヌを抱き上げたフェリクスは、彼女に問いかけた。
「どうしたい?」
その微笑みは天使の様に柔らかく、思いやりにあふれていた。
「私達はまだ婚約中だ。 政略結婚を白紙にするチャンスだよ?」
そして、どこか寂しげな微笑みに変わる。
「陛下―――わたくしは……」
「時間がありません! そこまで来ています!」
フレイヤが叫ぶ。と、同時に私室へ近衛兵が駆け込んでくる。
「陛下!お逃げ下さい! 蒼の……サフィルス公爵の反乱です!」
「陛下、私もお連れください」
ジョセフィーヌが咳き込みながらしがみつく。
頷いたフェリクスは、ジョセフィーヌを抱え寝室にある隠し通路へと急ぐ。
有事の際に使われる『隠し通路』には、国王の印である聖剣が保管されている。
この剣を奪われる事は、国王の地位を奪われる事と同意だった。
そう、この剣を奪う事が、反乱の成功を意味する。
扉を開け、フェリクスが宝剣を掴んだその瞬間、激しい爆発音がして床が揺れた。 どこかの壁が、崩壊したのだろうか? 怒号が聞こえる。 近い。
「ヴィオラッ!」
フレイヤの声が後ろから聞こえた。
「早くっ!」
続きの間のドアから、フレイヤであろう手が、ヒラヒラと手招きしていた。
再び爆発音が聞こえた。 ヴィオラの魔方陣の壁が揺れる。
「早くお逃げ下さいっ!」
ヨロヨロとしながらとも、近衛兵が追いかけてきた。 避難を急かす彼等もまた、負傷していた。 足元に血が滴っている。
ヴィオラは、回復の魔方陣を重ねて敷いた。 少し視界が歪んだが、そのまま隣室の、寝室にある隠し通路の扉まで急いだ。
大して回復する事はないだろうが、無いよりかはましな筈だ。
「ヴィオラッ!急いで!」
暗闇にフレイヤの顔が浮かんでいた。 また爆発音がして、壁が揺れる。 思わずヴィオラは振り返る。
「ヴィオラ?いるのか?迎えに来たよ」
懐かしい声がした。 ラウルだった。
「俺がお前を解放してやるよ。何処だ?ヴィオラ?」
彼はそう言いながら、ヴィオラの壁を攻撃している。
「ヴィオラ様、早くっ!」
負傷しながらも近衛兵は、彼等の前に立ちはだかっていた。
いつの間にか火の勢いが弱まったようで、煙が薄くなり、壁の向こう側の様子がウッスラと見えてきた。
「ヴィオラッ!」
「ごめん、フレイヤ」
そう言うと、私は隠し通路の扉を閉めた。




