ユニコーン・3
「神経をすり減らせてしまったのだな」
私が窓辺の方を身体を向けたままだったから……なのだろうか、兄はわざわざアジュール様の隣、寝台の側に腰を下ろした。
幼子は、近づいてくる兄に気付き、トトトッと反対側のアジュール様の足元へと移動した。 それにつられ、私の視線も横へと動く。
「アメシスタス嬢……?」
アジュール様の声色に戸惑いが含まれる。 幼女がクスリと笑ったような気がした。
「いえ……」
そう言うと、顔を上げニコリと微笑んだ。
「オリバーが、体調が悪いのなら明日は休んでもいいと言っていたぞ?」
兄が私の手を取り、心配そうに顔を覗き込む。
「それと、アジュールにお礼を言いなさい。 お前をここに運んでくれたのは、彼だからな」
途端に、顔が火照る。 しかし、お礼を伝えようとする私を片手で制止し、彼は尋ねてきた。
「繰り返しになるが、処刑されるとは?」
「些細事です。 気になさらないで?」
努めて、優雅に微笑んだ。
「いや、ヴィオラ。次期公爵様に相談した方がいいぞ。騎士団を持っているし」
「グリシヌ……お前は」
含みのある兄の物言いに、ため息混じりでウンザリしたように答えていた。
「アメシスタス嬢。処刑とは聞き捨てならない。そちらの家門は予知が出来ると聞いている。グリシヌの言い方は癪に障るが、公爵家を利用するのも手だ」
「そうだぞ、ヴィオラ。使える手は使っておかないと。今日、お前がアジュールと知り合えたのも何かの縁だと思わないか? 本来なら、言葉も交わせない家柄なのだからな」
勿体ぶった言い方の兄をコツいたアジュール様は、椅子を取り腰を掛ける。
「お前からそんな風に思われているとは、まったく気付かなかった」
「次期公爵様、光栄です」
愉しそうに笑う兄の声が、医務室に響く。
「アジュール様。お話します」
そうして、私はフェリクス王太子毒殺と私自身が毒殺の容疑を晴らせず処刑される予知を伝えた。
※※※
「なるほど。それで、複数の騎士団員の護衛とユニコーン狩りの議題が上がっているのか………しかし、王太子暗殺とは……」
アジュール様は、部屋の中をウロウロと歩き回っている。
そして、私の寝台の上、ちょうど私の膝を枕に幼女がうたた寝をしている。 彼女は何者なのだろうか。膝に体重をまったく感じない所をみると、この世ならざる者というのは確定した。
「ユニコーン狩りは、我が公爵領で出来るかもな……」
「あぁ、あの森か。懐かしいな」
「父の許可が必要だが、まぁ問題ないだろう。アメシスタス嬢の安全が確保できれば良いのだからな、もちろん、グリシヌお前も来るのだぞ」
「あ………あの……」
盛り上がっている二人に、おそるおそる声をかけた。
「ユニコーンの餌は、絶世の美女でないといけないのではないでしょうか?」
私ごときにユニコーンが釣られる訳がない。
「お前はバカか。 お前の冤罪回避の為の策なのだろう? 誰がお前の為に、命懸けの囮に立候補するというのだ」
兄が本気で呆れていた。 そうか、餌に値しないという前に、私の為に命を掛ける令嬢はいない。という事だったのか。 なんと、恥ずかしい勘違いだろう。
「週末に父の誕生祝いがある。 お前もくるはずだよな? 一緒にアメシスタス嬢も来るといい。弟の友人達も来るはずだから、戦力になるだろう。話をしておこう」
※※※
迎えの馬車に乗り、兄と共に屋敷へと戻る道すがら、王太子の毒殺の時期を予知しようとしたが、頭痛がひどくなり予知する事ができなかった、と詫びた。
時期さえ判明すれば、警備や対策も立てやすいのだが、私の能力はそこまで万能ではないらしい。
「お前がそこまで気に病む必要はない。フェリクスを陥れたい人物さえ判れば良いのだから。 そこら辺は大人の仕事だよ」
兄は優しく私の頭を撫でている。 兄は、いつでも私に甘い。 アメシスタス家、盾の家門に産まれながら魔力が著しく低く、魔法も使えない私を労り、解除の能力を伸ばし、オリバー様に引き合わせてくれた。そして、解毒専門の王宮薬剤師への道筋を立ててくれた。 兄には感謝しかない。
「さぁ、少し眠りなさい」
そう言って、兄は私の瞼を手のひらで覆った。