告白・2
フェリクス国王に背中を押され、ジョセフィーヌはフェリクスの私室に誘導された。 その後ろをフレイヤが付いていく。
「ねぇ、止めてよ。 兄様の恥ずかしい姿をもっと見たいわ」
ジョセフィーヌが苦情を訴える。
あんな兄様、見た事がない。ヴィオラの『中和』が、兄様の魔力の弊害も中和しているなんて、願ったり叶ったりだ。
彼女と親交を深めてからは、兄様の感情が豊かになっている。 思ってもいない効果だ。
「どうだろうか。ライリーとヴィオラの恋の成就を祝って、ジョシュアを呼びつけて、食事でもしないか? どうせ、ジョシュアは図書館にいるのだろう? 」
未だ不満気に見えるジョセフィーヌをなだめるように、フェリクスは提案する。
「食事をしながら、ゆっくりとライリーをからかおうじゃないか」
ジョセフィーヌの瞳がキラリと輝き
「フレイヤ、ジョシュアを探してきて。 ついでにグリシヌ様も呼びましょうよ。ヴィオラのお祝いなら、彼も呼ばないと」
少し考え込んだフェリクスは
「確か……今日あたりじゃなかったかな? 蒼の集会。 離れの使用許可願が出ていたような……」
と言いながら、サイドテーブルに近付き書類の束をパラパラめくっていた。
解りやすく頬を膨らますジョセフィーヌだった。
「ならいいわ。もし、回廊をつまらなそうに歩いているグリシヌ様を見つけたら、声をかけておいて」
彼女は、フレイヤにニコリと微笑みかけ、ゆるりと圧をかけた。
※※※
人気の無い廊下を一人、フレイヤは歩いていた。 所々に衛兵が立っていて、軽く頭を下げあう。
普段は市民が出入りすることもある図書館だが、現在閉鎖中なので、やはり人気が無く一段と広く見えた。
(さて、ジョシュア様は……と)
フレイヤは、戦術書のコーナーに当りをつけた。 ―――のだが、どこにも彼の姿はない。 大柄でシルバーの短髪。 人目を引く容姿のはずだった。
(ライリー様程じゃないけど、いつも令嬢に囲まれているのに……。今日は、人が少ないから見つけにくいわ)
人垣のあるところに、ライリーとジョシュアあり。だった。
きっと、図書館にはいないのだ。と、あきらめたフレイヤは、恋愛小説の続きを借りてから戻ろうと、そちらのコーナーに向かった。
すると、本棚の陰に隠れきれていないジョシュアを見つけた。 大柄な身体が、棚からはみ出ている。
「ジョシュア様?」
彼女の声に驚き振り向いた彼は、手にしていた本を思わず落としてしまった。 その表紙は、いつだかフレイヤが読んでいた恋愛小説に似ていた。
フレイヤは驚いて、小説の表紙とジョシュアの顔を代わる代わる眺めた。
「フ……フレイヤ嬢……」
明らかに動揺しているジョシュアだったが
「ジョシュア様も、そのシリーズがお好きなんですか?」
というフレイヤの言葉に戸惑った。
※※※
結局、グリシヌは見つからず、顔を赤らめて戻ってきたヴィオラと、ご機嫌なライリー、それと恥ずかしそうなジョシュアと、やはりご機嫌なフレイヤ、そしてフェリクスとジョセフィーヌで夕食を取るとこになった。
始終賑やかに食事は進み、気が付けば窓の外は、すっかり暗くなっていた。ライリーとジョシュアは連れだって各々の宮に戻ることにした。
王妃宮を出ると、ポツリと二人の顔に雨が顔に当たった。 どうりでいつもより暗く感じた訳だ。
遠くで歓声が上がった。 蒼の声なのだろうか。
「遅くまで、楽しんでいるようだね」
ジョシュアが皮肉めいた口調で呟いた。
蒼が使用している離宮の方向は、篝火でも焚いているのか、普段より明るく見えた。
「前国王の喪に服す為なのに、不謹慎だ」
ジョシュアは、苦々しい表情で離宮の方を見つめていた。
「そういえば、なんで恋愛小説なんか読んでたんだ? 珍しいじゃないか」
ふと思い浮かんだ疑問を、ライリーはジョシュアに投げ掛けた。
少し、間があった。
「彼女が……読んでいたから……」
ボソリとジョシュアが呟いた。
「彼女って?」
ライリーが尋ねながらジョシュアの顔を覗き見ると、彼の耳が暗闇の中でも、紅く染まっているのに気が付いた。
「―――フレイヤ嬢」
少し言い淀みながらも、ジョシュアは恥ずかしそうに打ち明ける。
ジョシュアは語る。
フレイヤの好みの男性に成りたいと、ジョセフィーヌとの会話に聞き耳を立て、彼女の好む恋愛小説のヒーローをなぞった。
しかし、どうも訳がわからない。
登場するヒーローは、寡黙な騎士かと思いきや、社交的な優男だったりと一貫性がない。 何をどう、参考にしたものやら……。
そう言いながら、ジョシュアはため息をつく。
(所詮、物語だろう?)
と、呆れながら話を聞いていたライリーは、ジョシュアの肩を抱き「飲みに行こう」と、城下に誘った。




