崩御
ルイ王子達が、留学先に旅立ってから数日後、前国王が崩御された。
まるで、眠るような穏やかに旅立ちだった。
葬儀の日は、朝からシトシトと雨が降っていた。王都から延びる黒い車列は、どこまでも、どこまでも続いている。ガタゴトと音を立てながら。
前王は、聖都近くのアンバー城にある、礼拝堂の一角に埋葬された。
そして、王宮は一週間閉ざされた。
アメシスタス家では、手筈通りにリーラが急ぎ領地へと戻った。 彼女はさんざん文句を言っていたが、父には逆らえなかった。
予知の通りであれば、フェリクス国王の結婚式までの一ヶ月程の間に、蒼は動くはずだ。
もう、アメシスタス家の者はヴィオラを助ける事ができない。
ライリーに委ねたとはいえ、四六時中いっしょにいる訳では無い。 祈る事しかできない。
『アカンサスの花園』の、もう一つの物語は、これで終演を迎えるだろう。 ヴィオラの運命が決まる。
※※※
王宮が閉ざされている間、紅や蒼の一族達は、各々で集まり前国王を懐かしんでいた。 言うまでもなく、フェリクス国王や前王妃も宮殿で、ひっそりと故人を懐かしんでいた。
そんな中、グリシヌから報告を受けたライリーは、不謹慎ながらも、ショックを受けていた。
それは、自身のヴィオラに対する愛情表現は、全て妹に対する愛情と『家族愛』と受け取られている。と教えられたからだ。
グリシヌが「僕が、ヴィオラを可愛がりすぎたのかもしれない」と謝りつつも、笑いを噛み殺していたのは見逃さない。
(この想いがグリシヌと同様と思われていたなんて、どうすればいいんだ?)
ライリーは、人気のない王宮の廊下で、一人ため息をつく。
ふと顔を上げると、いつの間にか回廊を歩いていたようで、その先にあるジョセフィーヌの宮殿の入口にたどり着いていた。 日射しが降り注ぎ白く輝く宮殿を仰ぎ見ながら、独りごちる。
「ヴィオラはいるだろうか……」
会いたい。と思ってしまうが、さすがに王妃宮だ。 いくら兄といえど……。
庭園に降り新緑の隙間から溢れる、眩しい夏の日差しに目を細めた。
(まだ、陽は高い………)
※※※
前室で取次を頼んだライリーは、これまでの事を思い返していた。
ヴィオラと過ごした日々、それは……「妹を思う行動だった」と言えば、そう、受け取られてもおかしくはない。 彼女の危機に、いつも居合わせていたが、正直たまたまだった。
自分の気持ちに気付いたのも、彼女を失うかもという、恐怖を味わってからだった。
その時、ヴィオラの意識は無い。
「彼女が気付く訳ないではないか……」
ライリーは絶望感を味わった。 きっと、彼女はこのゴタゴタが終わったら、自分の元を去る。 そんな気がした。
時折見せる、どこか覚めた表情は、きっとそういう事なのだろう。
「ライリー様?」
我に帰ったライリーが、顔を上げるとフレイヤが心配そうに、こちらを伺っていた。
彼女はライリーを迎えに来たのだ。
談話室の一つに通されたライリーは、キョロキョロと辺りを見渡す。 ヴィオラの姿は無かった。
「そんなあからさまに落ち込まないでくれる?」
ジョセフィーヌが席に案内しながら、口を尖らす。
「ヴィオラなら、陛下の所で『完全中和』を施していますよ」
フレイヤが、ニヤニヤしながらライリーの前にコーヒーを用意した。
「近頃は、コーヒーを飲まれるのでしょ? フェリクスが言っていたわ。 まぁ、私にはちょっと無理だったけど」
ジョセフィーヌは、澄ました顔でライリーの向かい側に腰を降ろす。
「兄様、近頃表情が豊かになったわね。 それも、ヴィオラのお蔭なのかしら? 兄様の想いは、まったく彼女に届いていないみたいだったけど」
「どうしてだと思う? フレイヤ」と、他人事の様に言い放ちながら、ジョセフィーヌは紅茶に手を伸ばす。
問われたフレイヤは、ジョセフィーヌの近くの円卓に腰掛けながら、答えを出した。
「それは、ヴィオラと二人になると何も話さないからでは?」
フレイヤが「ヴィオラから聞いた話では……」と続ける。
ライリーは兄達に頼まれて仕方なく婚約者の役を借ってくれている。 その証拠に、人目が無いと一言も話してくれない。
だから、早く解放してあげないといけない。そう言っていると、ライリーに伝えた。
「そっ、それはっ……」
ライリーは動揺する。 確かに、二人きりになった馬車では、会話らしい会話もしていない。 その上、婚約話をした当時は………、でも、今は違う。
「抱きしめたくなる衝動を、必死に押さえていたんだっ」
ライリーは両手で顔を隠した。 しかし、覗く頬が紅く染まっているのは隠せない。
「兄様……」
『ライリー様……』
(―――声が、ダブって聞こえた?)
ライリーが指の隙間から、こっそり回りを覗き見ると、ヴィオラの姿が確認できた。
いつの間に戻ってきたのだろうか、部屋の入口に何とも表現し難い表情で、立ちすくんでいた。
そして、彼女のすぐ後ろにはフェリクス国王が。
「ヴィッ、ヴィオラ。いつの間に……」
ガタンッと音を立て、ライリーは立ち上がる。 椅子が勢いで後に倒れてしまった。
「まさかとは思うが、執務室での、あの熱烈な愛の告白を、本人に伝えていないのか?」
呆れた表情のフェリクス国王の問いに、ジョセフィーヌは頷いた。




