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シーズンの始まり

王立美術館の内覧会と共に、社交シーズンが幕を開けた。


新国王フェリクスと、その王妃ジョセフィーヌの自画像の御披露目だ。 来月には聖都で、二人の結婚式が執り行われる。

ヴィオラ達はまだ、前王妃の女官達に教わる事も多いが、段々と様になってきていた。


ホールの一角から、朗らかな笑い声が沸き起こる。若手画家達の描いた肖像画が飾られているコーナーだ。

声の持ち主は、モデルとなったご婦人達で、お気に入りの()の売り込みに余念がない。


数日後には、オペラ鑑賞会も儲けられ、まだ婚約中にもかかわらず、新国王夫妻の御披露目が着々と始まっていた。


私達、新人女官もジョセフィーヌの側で、彼女に声をかける貴族達の、家名や彼らに関する話題を伝えていた。

フレイヤと一緒に貴族名鑑と領地、職業、名産物など関係ある事柄を必死になって暗記した。

こんなに勉強したのは、学生以来だ。 そのかいあって、ジョセフィーヌと貴族達の話題は尽きること無く、談笑が続いていた。


その時、美術館の入口付近で、歓声が上がった。


フェリクス国王が姿を見せたのだ。「近くまで来たので、ジョセフィーヌに会いに」そう言って、彼はこちらに近づいてくる。

チラリとジョセフィーヌを盗み見ると、うっすらと頬がサクラ色に染まっている。


そして、当たり前なのだが側近となっている、兄グリシヌやライリー達も一緒だった。

毎晩の様に、魔法の練習に付き合ってもらっているのだが、陽の光の下でライリーに会うのは、本当に久しぶりだった。


ふと視線が絡まった瞬間、彼がフワリと微笑んだ……気がした。


フェリクス国王の側近となった彼らは、将来有望なのもさることながら、眉目秀麗、容姿端麗……。いまや、彼らの人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

あっというまに、彼ら回りには令嬢達で人垣ができあがった。


ヴィオラは、女官として賓客をもてなしているが、どうしてもチラチラとライリーに視線が向かってしまうようだった。


ヴィオラは無意識に、胸に手を当てていた。ライリーの回りに群がる令嬢達を見ていると、なぜかモヤモヤする。 アジュール様の回りに群がってる令嬢達で、見慣れているはずなのだが、どうも勝手が違う。


「私以外に微笑まないで」今にも、そう言いながらライリーに駆け寄りたい衝動に駆られる。

この気持ちは、なんなのだろうか? 独占欲?

自分の中に渦巻く、どす黒い欲望にとまどいながらも賓客と談笑を続ける。


ライリーの心地よい笑い声と、令嬢のコロコロとした笑い声がホールに響いていた。 彼が、微笑んでいる。私以外の女性に……。


涙があふれそうになる。 しっかりしなくては。今は女官としての仕事に集中しなければ……。


そして、気が付いた。 あぁ、そうか。 私は()をしてしまったんだ……。 それで彼女達に、()()しているのだ。

ライリーの横顔を盗み見ながら、得体の知れない()()()()の正体を理解した。 その事に安堵する反面、嫉妬心はドンドン膨らんでいく。


そんな私の感情を逆撫でするように、一人の美しい令嬢が「ライリーを紹介して欲しい」と懇願してきた。確か、隣国の王女だ。 聞けば、「新婚旅行先に是非、私の国に来て欲しい」と言う。


あわてて黒い感情を押し戻し、王女を伴い華やかな令嬢達の、甲高い笑い声に包まれているライリーの元へと向かった。


「素敵な婚約者よね」

からかうように微笑む彼女は「彼も、チラチラ貴女を盗み見ているの、気付いてる?」と、クスクス笑う。

私は、驚いて王女を見た。 そんな訳はないはず。だって、私は妹みたいな存在のはず。でも、もし()()なら嬉しい……。


王女に気付いた令嬢達が道を開ける。 ライリーの元へ一筋の道ができた。


まるで、これがらダンスを踊るような優雅な挨拶が交わされた後、彼に近寄った王女は「お魚はお好き?」と唐突に質問をする。

「あまり機会がありませんが、好きな方だと思います。エステル王女」

「それは良かった。是非、新婚旅行に我が国を選んで下さいな。 それはそうと、あなたの可愛い婚約者が嫉妬心にとまどってますわよ?」

「ねぇ」と言って、王女は私をライリーの前に押し出す。

「この国だと、あなたに群がる令嬢達で落ち着かないのでは?」そう言って、クスクス笑う。


「いえっ、わたくしは……」

「そうですね、是非伺いたいと思います」

大丈夫です、と続けるつもりだったのだが、ライリーの言葉に打ち消されてしまった。


「約束よ」と言って、王女は私の手をライリーに重ねた。 それを合図にしたかのように、今度は自身の領地を新婚旅行先に、と宣伝するご婦人達が取り囲んだ。


どうすれば良いのか、わからなくなりドギマギしてきると、ライリーが私の手を自分の肘に置いた。

そして、トントンと優しく撫でる。 見上げれば、優しく見下ろすルビーの瞳……。期待してもいいのだろうか、妹以上の感情を期待してもいいのだろうか……。


しかし、思い直す。

私は彼を利用しているのだ。生き延びるため。

チクリと胸が痛んだ。


※※※


ルイ王子の留学が決まった。来週にも旅立つ予定だ。


外交に強いルベライト侯爵とグラタナス侯爵が、留学先を選出し、シラー公爵が決定した。


一緒に留学する貴族令息は、穏健派で比較的中立な家門である事を重視しながら、蒼の一族からは、アドニス・アメシスタス侯爵令息、紅の一族からはジェイド・トパゾス侯爵令息に決まった。

二人は『アカンサス貴族学院』で、ルイ王子と同窓でもあり友人だった。


議会において多少の反対者も出たが、問題なく決まった。



※※※



―――アメシスタス侯爵が珍しく、今シーズンはタウンハウスに来ていた。 そして、ルイ王子と共に留学が決まったアドニスが、声を荒げていた。


「なんで、僕なんですか? 姉上の危機が近づいているのを感じないんですか? 離れていちゃ、姉上を助けられないっ」

悲痛な叫び声だった。

「そうよ、父様。 だんだんとハッキリと見えるようになったわ。絨毯の模様まで……。こんなこと、今までなかったわ。きっと、変えられる未来なのよ」

リーラは、ソファーから身を乗りだし訴える。


「ヴィオラを心配する気持ちもわかるが、お前達が蒼に捕らわれ、取引に利用されても困るのだ。 ならば、蒼の手が届かない異国にいてもらった方が安心だ。 ルイ王子を利用されても困るのは理解できるだろう?」

父親に諭され、二人は返す言葉もない。


「リーラも準備をしておきなさい。蒼が召集をかけた。不穏な予兆があったら、直ぐに領地に戻る」

アメシスタス侯爵は、窓からヴィオラが育てていた薬草園を見下ろしていた。



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