運命の歯車・3
フェリクス国王の執務室で、書類仕事をしているアジュール、ラウル、グリシヌ達だったが、不機嫌そうなラウルが、グリシヌに小言を言い出した。
「知ってた? 夜な夜なヴィオラとライリーが逢い引きしてるって」
怪訝な顔で、グリシヌがラウルを見る。
「婚約しているんだから、構わないんじゃないか?」
何がいけないんだ?とでも言いたそうだった。
「衛兵が言うには、ヴィオラの魔法の練習に付き合ってるらしいじゃないか。 柘榴石の訓練所で、ものすごい音がするって有名なんだろ?」
アジュールまでが、不思議そうにラウルを見る。
「ライリー殿は、変わったよな。 あんな表情、見たことがないって」
アジュールは、先日の王妃宮のお茶会で、ヴィオラを見つけた時の、ライリーの顔を思い出していた。
「破顔とは、ああいう表情なのだろうか。 捜し物がやっと見つかったような、四葉のクローバーを見つけたような、なんとも言えない表情だったなぁ」
アジュールの微妙な喩えに、一同が笑い声を上げる。
「それが、ライリー殿の気持ちはヴィオラにまったく届いていないらしい。 妹に対する愛情だと、思っているんだよ」
困ったようにグリシヌがぼやく。
「私が、可愛がり過ぎたのが、いけないのだろうか……」
「それは……ライリー殿は辛いな……」
悩んでいるグリシヌの顔を見て、アジュールの手が止まる。
「聞けよっ! ヴィオラに魔法を教えたのは俺だぞ! それなのに、あいつが手解きしてきたような顔しやがって」
ラウルが一人憤っている。
「今日だって、陛下の鍛練のお供は紅の奴らだし」
「仕方ないだろ? 剣の扱いは紅の方が上手いんだから」
グリシヌは半ば呆れていた。
「それにお前、途中でヴィオラに魔法を教えるの止めただろ?」
「そっ……それは……」
ラウルは、急に言い澱む。
「あれだろ? ヴィオラ嬢に見合い話が出て、興味が失せたんだろ? お前は昔から諦めが早い」
アジュールが、ラウルの肩を叩きながら続ける。
「ヴィオラ嬢に関しては、諦めなかったライリー殿のお手柄だ」
「そうだよ。お前は一度も俺に相談してこなかったもんな」
グリシヌも追い討ちをかける。
「うっ……うるさいなっ! そんなみっともない事、できるかよ!」
そう言うと、ラウルは部屋から飛び出した。
※※※
「俺が最初にヴィオラを見つけたのに、横取りしやがって……」
イライラしながら足音を立てて歩くラウルを、すれ違う人々が、避けて通りすぎる。
(そうだ。訓練所で鬱憤を晴らそう)
ニヤリと笑うと、踵を返し訓練所へと向かった……のだが、途中、声を掛けられた。 サフィルス公爵だった。
「どうしたのか、荒れているではないか」
心配そうにラウルの顔を覗き込んでくる。 公爵の回りには、強硬派で有名な貴族達が詰めていた。
「いえ、何でもありません」
ヴィオラとライリーの事で、イラついているなんて、とても言えた事ではない。
「少し話をしないか。常々君のような子が息子なら良かったのに、と思っているんだよ。 アジュールは、頭が固くていかん」
そう言いつつ、サフィルス公爵はラウルを連れ出した。
※※※
近衛兵の訓練所を借りて、フェリクス国王はライリーと剣の打ち合いをしていた。
「ライリー殿には失礼な事をした。 謝らねばと考えていた」
「何の事でしょう」
「王位をルイに譲る、と言っていた事だよ。アンジェリカ嬢にもジョセフィーヌ嬢にも失礼な事をした」
フェリクス国王は剣の腕を止め、ライリーに頭を下げた。
「お止めください!」
慌ててライリーが制止する。
苦笑いしながら、ベンチに座りこんだフェリクス国王は、ポツリポツリと話し出した。
自分は魔力が無いことを苦にして、王位をルイに譲ろうと画策していたが、ルイは剣技が拙いことを苦にしていた。
二人で話し合い、お互いに得意不得意があるのだから、協力してこのプロテア大国を盛り上げていこう、と思えるようになった。
しかし気になるのが、ルイにアンジェリカを薦めて、マーガライト侯爵を説得した者がいる。ということだった。
「穏健派のマーガライト侯爵を説得できる者……といえば、限られてくるだろう? それに最近の動き……」
「ルイ王子が心配だと?」
「あぁ。ルイを担ぎ上げられたら、堪らない。隣国へ逃そうと思っている。留学と言えば怪しまれないだろう? シラー公爵に頼んである」
シラー公爵は、中立派の代表的な貴族で、前国王の側近でもあり、前王妃の兄でもある。 そして、アンジェリカの聖都行きに手を貸した、教会関係者だ。
しかしながら、ルイを逃したとして根本的な問題は解決していない。
フェリクスは、空を見上げた。




