婚約式
春の暖かな陽気に誘われ、草花が花開く頃、白銀に輝く神殿で、ライリー・ルーベル公爵子息とヴィオラ・アメシスタス侯爵令嬢の婚約式が行われた。
ヴィオラは、聖都にて聖女の技を受けた事で、奇跡的に目を覚ました事になっていた。
イマ像の前に置かれた大理石のテーブルの上に、婚約宣誓書が置かれている。
家族が見守る中、ライリーとヴィオラは署名をした。立会人として、大司教のサインが入った。
久しぶりにグリシヌと会ったヴィオラには、彼がどこかやつれて見えた。 また、会場全体にピリピリとした雰囲気を感じていた。
(やはり、蒼と紅の関係が悪化しているのね……)
そんなライリーも、厳しい顔付きで隣に立っていた。いくら『ユニコーンの乙女を囲い込め』と言われても、蒼から命を狙われる対象者は面倒でしかないだろう。
でも、大丈夫。アンジェと話し合った。今後の人生に関して。
きっと私、ヴィオラが蒼に殺されないと、この世界から消えないと、物語が進まないのだろう。
ならば、殺された事にすればいい。
「必ず、私が助けるから」
アンジェは約束してくれた。
(直ぐに解放して差し上げます)
そんな思いを込めて、ライリーを見つめた。
※※※
滞りなく式が終わり、ヴィオラがアメシスタス家の控室に戻ると、リーラが飛び付いてきた。
「姉様、とても綺麗だったわ。 それに、もう安心よね? ライリー様に守って貰えるものね?」
私は、彼女の頭を撫でながら答える。
「大丈夫よ。聖女様達に魔法を教えてもらったわ。自分の身くらいは、守れるようにね」
それに、もう女官として、フレイヤと共に王妃宮に私室を準備されていた。 ライリーとは、会わない。
私があの日、彼と婚約すると決めたのは、蒼の誰かと婚約するのを避ける為だった。
さすがに、顔見知りに殺されたくはない。オリバー様が、婚約者として有力候補だったはずだ。 信頼していてた上司を疑って生活するのは……しんどい。
私も彼を利用したのだ。 そのせいかはわからないが、私は聖都で自分の死に際を予知していた。
「ヴィオラ……ライリー殿に、もう少し気を許してもいいのでは?」
顔色の悪いグリシヌが、ヴィオラの言いように眉をしかめる。
「兄様、どうしたの?」
柄にも無い事を言い出したグリシヌの手を取り、回復魔法をかけた。
「ライリー様が私と婚約したのは、妹に対する愛情みたいなものよ。 それを、勘違いしたら失礼だわ」
少し顔色がよくなったグリシヌの手を、彼の膝に戻しながら伝える。
「こんな茶番は、早く終わらせないと」
呆気に取られるリーラ達を残して、ヴィオラはライリーの家族の元に挨拶に向かった。
「ライリー義兄様は、姉様に気持ちを伝えていないのかしら?」
「あの様子じゃ、伝えてなさそうだな……。蒼から守る方に気が向いて、それどころじゃ無かったんだろうな」
リーラとアドニスが、そう言いながらグリシヌに視線を寄越した。
「―――ライリーにそれとなく伝えておくよ」
苦々しい顔をするグリシヌだった。
※※※
「この頃、蒼の様子がおかしい………」
「敵対心を隠そうともしない」
「あからさまに、中立派の貴族を囲い込んでいる……」
ヴィオラが、ライリー側の控室の前に立つと、そんな話が漏れ聞こえてきた。 ドアをノックするのが躊躇われた。
意を決してドアをノックする。 ピタリと話し声が止まった。
室内にはルーベル公爵と主要な紅の貴族、それにライリーとジョシュア、それにフェリクス国王にジョセフィーヌがいた。
何処にフェリクス国王がいたのだろうか。まったく気が付かなかった。 慌ててカーテシーをする。
「お忍びで来ているのだから、気にしなくていいよ。それより、毒の中和をお願いしていいかな」
珍しくフェリクス国王が、自ら手を差し出してきた。
彼の手を取ると、直ぐに毒の気配を感じた。 相変わらず狙われているんだ。と、ジョセフィーヌを見ると
「国王の地位が惜しくなったみたいよ」と、カラカラ笑う。
アンジェリカが姿を消してから、ルイ王子とフェリクス国王は話し合ったそうだ。 長い時間話し合い、ルイ王子に説得され、というよりは「僕に王位を譲ろうと画策するならば、史上稀に見ぬくらいの愚行を働く」と脅されたようだ。
王宮のいらぬ混乱を避けたいのならば、継承順位を守る方が良いに決まってる。
私は、気を取り直してライリーに向き直った。
「何から何まで……ありがとうございます」
彼は笑顔を返してくれたのだが、どこか遠くに感じた。
―――その後、ライリーと共にグリシヌ達やルーベル公爵、フェリクス国王の方々を見送り、王都へ戻る馬車に二人きりで乗り込んだ。
ガタゴトと馬車の揺れる音だけが聞こえていた。ライリーは頬杖をつき、窓の外をボンヤリと眺めているようだった。 彼と二人きりになるのは、領地に帰る馬車の中以来だろうか。
あの時と同じように、彼の顔を、燃えるような紅髪を夕陽が照らしていた。 私もボンヤリと婚約者となった美丈夫の形よい鼻筋を眺めていた。
息苦しい程の沈黙が続く。
私の私室で、ライリーが「こんな気持ちは始めてだ。とても苦しい」と言ってくれたような気がしていたが、この現状をみるに、私の妄想だったようだ。
一瞬でも、心をときめかせてしまった自分が恥ずかしい。
ライリーは、父に、兄に頼まれて、蒼から守ってくれているだけなのだ。
(死ぬ間際の最後の一瞬は、ライリー様の顔がいいな)
私は、ライリーの横顔を脳裏に焼き付けた。




