ユニコーン・2
ユニコーンの角の話は一旦保留となった。 というのも、数週間後に行われる王妃の誕生日祝賀行事が終わるまでは、警備上の問題で騎士の応援が見込めない。
暫くは、ひっきりなしに賓客が宮殿へやってくる。
今日も、昼食会が行われる『会食の間』の隣室にオリバー様と一緒に控えている。 騎士の控室も兼ねているため、兄も何度か出入りをしていた。
いつもの浮わついた兄ではなく、てきぱきと指示を飛ばしている。なかなか見られる物ではない。
そして、アジュール様の姿も時折見かける事ができた。
私とオリバー様の前には、会食で出される料理が、一足先に配膳されていた。
私達がイッカクの角で料理をつついて、毒の混入していないのを確認した後、念のために毒味奴隷が食べる事になっていた。
問題が無い事を私達と騎士達で確認し、『会食の間』へと料理が運ばれていく。
次々と『会食の間』へと運ばれていく豪華な食事を見送りながら、どうしても気になる事があり、アジュール様を見てしまう。
やっぱり、彼の上着の裾を幼子が摘まんでいるのだ。
何度か出入りを繰り返しているアジュール様だが、毎度毎度、幼子が付いてきていた。
さすがに、おかしいと思ったのだが、念のためにオリバー様に尋ねてみた。
「アジュール様に、妹はいますか?」
「私の記憶では、彼に妹がいたことはない」
オリバー様は、鶏肉のチーズ詰めの様な料理に、ブスブスとイッカクの角を刺しながら答える。
「この場に四、五歳程の幼子がいることは……ありえますか?」
「君は何を言っている。 毒にでも当たったのか?」
「ですよねぇ……」
私は、曖昧な笑顔で誤魔化しながら、黙々と料理にイッカクの角を突き刺した。
―――無事、会食が終わった。
※※※
それからというもの、毎日のように開かれる昼食会の毒味の立会人として『会食の間』の隣室に控えている。
毒味奴隷が黙々と料理を口に運ぶ様を眺めながら『アカンサスの花園』のストーリーを思い返していた。
いつ頃私は処刑されたのだろうか。
《アカンサス学院二年生も終わりに近づいた頃、転校生がやって来た。 彼女は貴族らしからぬ振る舞いをしては、悪役令嬢に小言を言われる。
嫌がらせを受ける彼女をルイ王子が擁護しているうち、恋が芽生え……後は、卒業パーティーでルイ王子に告白され、婚約者となる。》
―――頭痛がしてきた。
(弟、アドニスと『アンジェリカ』が接触するのはいつ頃なのかしら? 私の無罪を証明するため……調べていた……のは……学院……では………)
頭痛に加え目眩までしてきた。『アカンサスの花園』での『紫水晶の貴公子』の登場シーンを思いだそうと頑張ってはみたが、割れるような頭の痛みに、思わずこめかみに指を当て押さえつける。
(もう少し、もう少しで思い出せそう……アドニスが『アンジェリカ』に攻略されたのは……何歳の誕生日?)
眼球を握りつぶされるような激しい痛みを感じ、おもわず頭を抱えた。すると、グニャリと視界が歪んだ。
(あぁ、ダメだわ………)
ヴィオラはゆっくりと崩れるように椅子から滑り落ちた。
※※※
ふと気が付くと、ベッドの上に横たわっていた。 見慣れない天井に消毒薬の匂い……どうやら医務室にいるようだった。
「ヴィオラ、気が付いたかい?」
兄、グリシヌの声が聞こえた。逆光で良く見えないが窓辺に兄が立っているようだ。
「兄様……私がいつ処刑されるのか、見ようと思ったのですが……見ようとすると頭痛がひどくなって……」
目をこすりながら、窓辺に立つ兄に語りかけた。
「アメシスタス嬢、処刑とは?」
瞬間、私は凍りついた。 兄の声じゃない。
(誰? さっき確かに兄の声がしたのに……)
窓辺からゆっくりと離れ、こちらに歩いてくるその人は………
(アジュール様!?)
私は驚きすぎて、アジュール様の蒼玉の瞳から視線が外せない。
「あぁそうか、ヴィオラはアジュールと直接会った事はないのか」
反対側から、兄の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「どうだ?間近で見るアジュールは?」
クックッと噛み殺した笑い声に変わる。
「兄さ……」
兄を睨もうと身体を捻ろうとした、正にその時、私の視界の角にあの幼子が映った。
光の感じられないライトブルーの瞳に囚われた私は、身動きが出来なくなる。
「どうした?ヴィオラ……」
訝しげな兄の声が近づいてくる。 直ぐ側にいる、アジュール様が怪訝な面持ちでいるのが、手に取るようにわかる。
手入れの行き届いた滑らかなブーツの前に立つ、不思議な雰囲気を持った幼子からは、何の感情も感じ取られない。
ただ、そのライトブルーの瞳で、私の心の奥底を覗き込んでいるようだ。
「アメシスタス嬢?」
「ヴィオラ?」
「わたくし、どうやらツカレテいるみたいです」
真っ直ぐ刺さるような視線を投げ掛ける、その瞳を見つめ返ししながら、そう答えた。