執務室にて
グリシヌとライリーが、フェリクス国王の書簡を持ち帰ると、ジョセフィーヌが国王の執務室に陣取っていた。
「その書簡、処分して。女官の人事件は私にあるのよ。 何、勝手な事をしているの?」
「いや、だから……ヴィオラ嬢は、女官の業務ができる状態じゃないだろ? いまだ、意識が戻らないのだから」
「私は、フレイヤとヴィオラを私室付にするって決めてるの。勝手に決めないで」
ジョセフィーヌは、ヴィオラの任を解いた書類を処分するまで、絶対に部屋から出ない。と言い張る。
「ライリー、妹をなんとかしてくれ」
困り果てたフェリクス国王は、ライリーに助けを求めた。
しかし、彼は意気揚々と宣言する。
「ジョセフィーヌ、ヴィオラに求婚してきた」
「は?」
フェリクス国王とジョセフィーヌの声が揃う。そして、二人の視線は説明を請うように、グリシヌに向かった。
「ヴィオラへの求婚を、アメシスタス家は受け入れました」
グリシヌは苦笑いをする。
「これから父上に報告して、ヴィオラを私の家に受け入れる。 その方が、グリシヌも弟妹のアドニス殿やリーラ嬢も、いつでもヴィオラに会えるだろ?」
ガタガタッと音がして、隣室に控えていたアジュール、ラウルが顔を覗かせた。聞き耳を立てていたのだろうか。
「兄様、どうしたの? 女なんて男児を産めれば、誰でもいいって言ってたじゃない。どうしちゃったのよ」
「あの頃の自分に教えてやりたい。 愛とはなんと素晴らしいのか。ヴィオラの事を考えるだけで、幸福なんだ。もう、他の女と話すつもりも、触れるつもりもない。 もう、いいか? 急いで報告に行きたいのだが」
そう言うと、ライリーは脱兎の如く部屋を飛び出した。
残されたグリシヌに、注目が集まる。
「説明してもらってもいいか? グリシヌ」
フェリクス国王がソファー指差した。
グリシヌが、促されるままにソファーに腰を掛けると、彼を囲むように各々が腰を降ろした。 そして、彼の言葉を待つ。
「説明が難しいのですが……」
と、前置きをしてグリシヌは話し出した。
ライリーが助け出さなければ、ヴィオラはそのまま坑道で命を落としていたわけだから、と侯爵は異を唱えず、リーラは「あのライリー・ルーベル公爵が、切々と姉への愛を語っている」と感動し、両手を上げて賛成している。と、説明した。
「あの兄様が、愛を語ったですって!?」
驚くジョセフィーヌに、グリシヌは頷く。
「それならば、余計にヴィオラを女官にしなくてはなりません。 陛下、その書簡を渡してください」
渋るフェリクス国王から、奪い取るようにして書簡を手に入れたジョセフィーヌは、ビリビリとそれを破り捨てた。
「兄様の大事な女性ですもの。安全な所に居てもらわなければ」
そう言い残すと、ジョセフィーヌも部屋を飛び出した。
※※※
後に残されたラウルとアジュールは、半ば呆然としていた。
「ヴィオラは、意識が無いまま。そうだよな?」
ラウルがグリシヌに確認する。
「あぁ」と答えたグリシヌは詳細を話した。
主治医からは、ヴィオラが目を覚ます事は、もう期待しない方が良いと言われた。
そこで、不本意ながらヴィオラは死んだものとして扱う事にし、ライリーにもそのように伝えた。
しかし、彼は「あきらめきれない、それでも良いから」と婚約を懇願する。
困った自分達は、もともと、彼が命懸けで毒ガス溜まりから助け出し繋いだ命なのだからと、彼に全て任せる事にしようと決めた、と。
「変わった奴だとは思っていたが……、いいのか?」
アジュールが心配そうにグリシヌに確認をする。
クックックッ……とグリシヌは笑いだした。 アジュールとラウルはドキリとする。
「なぁ、お前達。 一度でもヴィオラの様子を見に行ったか? 手紙を寄越したか? ライリーは毎日のように、バラの花束と手紙を寄越していた。見舞いにも来た。ヴィオラの事を考えれば、彼に任せるのが最善だと考えた。 それだけさ」
「じゃぁ」と言って、部屋を出るグリシヌを、アジュールとラウルは茫然と見送っていた。
「お前、見舞いも手紙も贈らなかったのか?」
「意識が戻る見込みもないのに? 無駄じゃない?」
アジュールの問いに、ラウルは鼻で笑った。
「気に入ってたんだけどな……さすがに、そんな趣味はないわ」
ラウルはそう言うと、何事も無かったかのように隣室へと戻っていった。




