鉱山・2
「私が最深部に行ってみても良いだろうか」
ライリーは隊長に打診した。 自分は幼い頃より、毒の耐性をつけさせられている。 未だに眠気も感じない。 自分なら行けるはずだ、と。
「止めてください。あなたは紅で公爵だ。あなたの身に何かあったら、アメシスタス家は徒では済まない」
隊長に拒絶されるが、ライリーは納得がいかない。
「彼女は私の婚約者だ。亡骸であっても連れて帰りたい」
そう言って、自分で自分の発言に驚く。 なぜ、こだわるのだろうか。 しかし、連れて帰りたいとは、思う。
「隊長。 私が一緒に付き添います。滞在一分で公爵を連れて戻ってきます」
常に隣にいた若い騎士が名乗り出た。
「確実に一分だぞ。 ルーベル卿に何かあれば侯爵様に迷惑がかかる」
力強く頷いた若い騎士は、毒消しを飲み干しライリーにも飲むように促した。
互いに顔を見合せ、ライリーと若い騎士は坑道を滑るように降りていく。 なぜか、底の方が明るい。
「底に着きました」
若い騎士が声を上げた。
ライリーは、目の前の光景に唖然としていた。
急に開けた最深部の中央には、湧水が溜まったかのような池ができていて、その中心には大きな鉱石が妖しげにに光を発していた。
底が明るかったのは、この鉱石の光だったのだ。
そして、歩くとパリパリと砂利とは違った音がする。 その音の正体はすぐにわかった。 骨だった。
動物の骨だけではない。
ヴィオラがこれを望んでいると思うと、背筋が凍る。
ライリーは、急ぎ辺りを見回す。 白く、でも薄汚れた地面しか見えなかった。
若い騎士が池を回り込む。ライリーも、彼の反対側から回る。
「三十秒!」
上から声が聞こえる。 呼吸が乱れる。
半分ほど回り込んだところで、青紫の布が視界にはいった。
「残り十五」
若い騎士の足が止まっているのが、横目で確認できた。 あの布を確認すると一分は確実に越える……が、ライリーは走った。
蒼の布の上に横たわる、青紫色のドレスを着たその人の頬はピンク色に染まり、うっすらと微笑んでいるように見えた。
(美しい………)
ライリーは、布の近くにザザッーと滑り込み、布ごと肩に担ぐ。
「一分だ!戻れ!」
ライリーの膝が崩れる。
(まずい、眠気だ。滑り込んだからか……)
毒ガスは下に溜まる。そう、言われた。
視界に若い騎士がぼやけて映る。 表情が見えない。
ライリーは、産まれて始めて焦りを感じた。
(俺が倒れたら、ヴィオラと、この騎士を巻き添えにしてしまう)
「何してる!十五秒経過!」
ライリーは、上着の中に手を入れナイフを取り出した。 かと思うと、おもむろに自身の太ももに突き立てた。
「早くしろ!三十秒経過!」
若い騎士が駆け寄り、ライリーの肩を担ぐ。そして、引きずるように隊長の元へと急いだ。
「トレス!」
「ルーベル卿!」
悲鳴のような呼び声と共に、数人の騎士が駆け寄り二人に肩を貸そうとした。
しかしながら、ライリーはヴィオラを渡さなかった。しっかりと抱きかかえ、隊長の元へと戻った。
「申し訳ない。 少し遅れた」
そう言って、ライリーは毒消しを飲み干した。
※※※
大事そうにライリーに抱きかかえられ、屋敷に戻ったヴィオラは、直ぐ様リーラから魔力を分けてもらった。
その間も、太ももの傷の治療を受けている間も、ライリーはヴィオラの側を離れず、愛おしそうに彼女を見つめていた。
(求婚しているふりにしては、ずいぶんと熱心だな……)
不思議に思う所はあるが、同族の蒼を騙すには、これぐらいオーバーな方がいいだろう。
そんな風に侯爵は考えた。
自室の寝台に横たわるヴィオラは、やはりピンク色に頬を染め、微笑みをたたえながら眠っている。
リーラから魔力を受け取ったヴィオラは、自身を『完全中和』しているのだろうか。
それとも、死を望んだ彼女は……。
穏やかに微笑み横たわっている彼女からは、何も感じられない。
リーラは、無駄だと理解しているものの、毒消しをヴィオラの口腔に流し込む。
コクリと液体を飲み込む、その喉に、ヴィオラの生を感じて安心する。
リーラとライリーは、ヴィオラの側を離れない。




