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鉱山

「旦那様、ヴィオラお嬢様が戻られません」

発端は侍女の訴えだった。


早朝に、こっそり抜け出して「馬で出掛けて行った」という報告があった。 領地にいる時は、よく抜け出して朝駆けをしていたので、皆、さほど気にしてはいなかった。


しかし、朝食にも顔を出さず、いよいよルーベル公爵子息が出立する時刻が近くなっても現れない。

流石におかしい。と、家の者達が捜し始めたのだ。


「どうせ、その辺りにいるはずだから」

そう、侯爵に言われたライリーが、馬車に乗り込もうとした、まさにその時、ヴィオラの馬が小枝を引きずりながら戻ってきたのだ。


この時、ライリーは初めての感情を感じていた。 居ても立ってもいられない、今すぐ駆け出したい。そんな衝動だった。 そして、胸が痛い。

(これが()()という感情なのだろうか)


ライリーは王都に戻るのをやめた。


ヴィオラの行き先は直ぐに判明した。

鼻の利く者が、ヴィオラの馬が引きずっていた小枝の匂いを嗅ぎ、鉱山のガスの匂いがする。と言ったのだ。


後は時間との勝負だった。いくら()の効かない身体となっていたとしても、魔力が(つい)えてしまえば、後は死を待つだけだ。


自分で鉱山に向かったのか、それとも連れ去られたのか。 それすらもわからない。 ここは()の領域だ。 ヴィオラは()()()()いる。

侯爵は、一兵団を探索に当てた。 そこに、ライリーも参加していた。


砂煙を上げ、騎馬の一団が街道を突き進む。 領民達が、何事かと道を空けていく。

ライリーの焦る心とは裏腹に、空はどこまでも澄んでいて、暖かな冬の始めの日射しが降り注いでいた。

思わず、隣にヴィオラが居たら良いのに。そう思ってしまうほどに、穏やかだった。


足場の悪い山道を掛け登る。 谷合を抜けると、そこが鉱山の入口だった。


騎士の一人が下馬し、鉱山へと続く山道に座り込み、地面を手で撫でていた。

「人が通った跡があります、一人ですね」

その声に、安堵のため息がこだまする。しかし、直ぐに緊張が走った。


一人ということは誘拐はない。しかし、それはヴィオラが自ら進んで死地へ向かった、という事だ。


ヴィオラが鉱山に入ったであろう時間から、はや数時間が経過している。 彼女の魔力量を(かんが)みれば、そろそろ魔力切れを起こす頃合いではないか?

ライリーは、一人ヤキモキしていた。


「ここのガスは眠気を引き起こします。 少しでも眠気を感じたら、すぐに毒消しを飲んで下さい」

騎士の一人から、ガスを防ぐ装備と、毒消しを数本手渡され、念を押された。

ライリーは、無言で頷いた。


坑道の中は薄暗く、所々陽が差し込んでいた。 換気の為に、()でも開いているのだろうか。

「油断しないで下さい。 ガスは下に溜まります」

ライリーの隣を歩く騎士が囁く。


ゆっくりと下っているようだった。 それに連れて闇も深くなる。


暗闇を怖がっていた、あのヴィオラが、この坑道を進むのは余程の決心なのだろう。 そんな事をライリーは考えていた。


一人、また一人と引き返していく騎士が増えてきた。

隊長がライリーに近寄った。

「ライリー殿、毒消しを飲んでいますか?」

「いや、眠気は感じていない」

「毒に強いようですが、一本飲んで下さい。 相当の毒を摂取してますので」


ライリーが毒消しを飲み干すのを確認した隊長は「まだまだ降りますよ」そう言うと、先に歩きだす。


カンテラの灯りだけが、暗闇に揺らめいている。 ついてきている騎士の数も半数を切った。

ザッザッという足音だけが響いていた。 しかし―――


「捜索を打ち切る」

突如、隊長が宣言した。 動揺が広がる。

「隊長、底が見えてます。すぐそこですよ」

若い騎士が、悲痛な叫び声を上げた。 彼が指差す方向は、うっすらと明るく見えた。


「だからだ。 お前達ならわかるだろ」

「………」

すすり泣きが聞こえてきた。嗚咽が暗闇に響く。 ライリーは一人だけ、理解できていなかった。


「すまない、意味がわからないのだが……」

ライリーは、近くにいた騎士に、戸惑い気味に尋ねた。


最深部は毒ガスが充満している。 数十分程で眠気に襲われ、一時間もいれば確実に命を落とす。


道中でヴィオラお嬢様の痕跡がまったく無かった。この坑道に入っているのならば、後は最深部を残すのみである事。

しかし、それはもう、ヴィオラお嬢様の生存は期待できない。ということなのだ。


そう説明する騎士の声は、涙で掠れていた。

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