another story
アメシスタス領に帰るのは、何年ぶりだろうか。
アカンサス貴族学院を卒業した年……以来だろうか。
サフィルス公爵領を出て一週間程、季節も進み山々は綺麗に彩られている。 朝、晩の冷え込みも厳しく、寒さに目を覚ますこともある。
幾つか連なる丘が、所々黄色に色づいていだ。 その、向こうに見える城壁の内側に、懐かしの我が家がある。
「ちょうど、紅葉が見頃ですね。あの黄色のが、葡萄棚です」
私は、ウトウトしているライリー様に、車窓を指差しながら伝えるが、すっかり夢の中らしい。
壁にもたれ、うつらうつらしている美男子を、ここぞとばかりに堪能する。 アメシスタス侯爵家が近くなり、張り詰めていた緊張が、解けたのだろうか。 昨日までは、ピリピリしていて、話しかけるのも躊躇した。
夕陽に照らされた紅髪が、オレンジ色にきらめき、長めの前髪が、サラリと頬に掛かる。
緩やかに上下する肩は、服の上からでも鍛えられているのが感じられた。
ガタンッ
馬車が揺れ、さらに前髪で顔が隠れてしまった。 フワリフワリと、馬車と共に揺れている前髪。 鼻筋のとおった凛々しい美丈夫の、その前髪から見え隠れする、長い睫毛をボンヤリと眺めていた。
ハッと気づいたとき、自分の指がライリーの前髪に伸びていた。 無意識だった。 慌てて手を引っ込める―――と、紅く煌めく瞳と目があった。
「………」
「………何?」
ぎこちない笑顔と共に「前髪が邪魔そうだったから……」と言い訳をすると、特に気にする様子もなく、彼は再び目を閉じた。
※※※
紅の一族それも公爵家が、国王の書簡を持って来訪するとあって、屋敷内は大騒ぎになっていたらしい。
それほどまでに、蒼と紅の交流はなかった。
見慣れたはずの応接室は、どこから持ち込んだのやら調度品が並べられ、きらびやかに飾られていた。
重厚なテーブルに置かれたティーセットは、ヴィオラが初めて見るものだった。 父の気合いの入れ具合がよく分かる。
案内をしたヴィオラが退室し、応接室にはライリーとアメシスタス侯爵と二人きりとなった。
書簡は、フェリクス国王からの『ジョセフィーヌ付女官』の任命書類だった。
アメシスタス侯爵は、一読するとサラサラとサインを入れ、ライリーに渡した。
その後、穏やかに歓談が続いた。
「それで、グリシヌ殿から聞いているとは思うのですが……ヴィオラ嬢に求婚したいと思います」
ライリーは、緩やかに口元に弧を描きながら、話し出す。
「はい、お話は伺っていますが……その……その後、破棄するとなると……どうも……」
侯爵は、言い淀む。 事が終わるまでというが、いつ終わるのかも検討がつかない。 それに、その後のヴィオラの評判が気掛かりだ。
「求婚の返事は必要ありません。ただ、私がヴィオラ嬢に婚姻を申し込んでいる。 そして、侯爵が渋っている。その状況があれば、私がヴィオラ嬢に付きまとっても、問題ないでしょう。なので、今日は侯爵に挨拶に来た。という事にしてください」
「どうして、そこまでされるのか? 『絶対治癒』と違いヴィオラの能力は、さほど貴重とは思えないが……」
侯爵は不思議だった。 なぜ、そこまでしてヴィオラを囲い込むのか。 しかし、巨大な権力の庇護下にいるのは、有益だった。
「父に言われたからですよ。 ユニコーンの乙女を懐柔しろって」
「あぁ……」
侯爵は気の抜けた相槌をした。 一瞬でもヴィオラを好いているのでは?と思った自分を恥じた。
「わかりました。 では、書面に致しましょうか。ライリー殿も、その方が良いでしょう 」
手を上げ執事を呼ぶ侯爵に、ライリーは薄く微笑み、制止した。
戸惑う侯爵に、自分は人としての感情が薄く、心の機微に疎い事を伝えた。
それなので、父であるルーベル公爵は自分の婚姻はあきらめている、とも付け加えた。
「ですが、ヴィオラ嬢を傷付ける事は致しません、それは御約束します」
にこやかに微笑むライリーを、侯爵は暫し見つめていた。 ライリーが不安を感じ始めた頃
「それならば、ヴィオラが居なくなっても心を痛めませんか?」
思わぬ展開にライリーが言葉を失うが、侯爵はかまわず続ける。
「なにも予知できるのは、ヴィオラだけではありません。 アメシスタス家の者ならば、それなりに未来を見ることができます」
そう前置きをして、侯爵は話し出した。




