除幕式・3
(この状況、少し違うけどあの時と同じだわ)
あの時……、ヴィオラがユニコーンに頼まれ、魔獣の群れから幼女(後にイマだとわかる)を助けた状況と、そっくりだった。
ヴィオラは、無表情に正面を見続けているイマ像を見上げた。
「さて、ヴィオラ嬢。僕としては、噂に伝え聞いた最上級防御魔法を繰り出してくれると助かるのだが」
「数えるのも嫌になる位の、魔物に取り囲まれながら言う冗談じゃないです」
このような場面で、しかも飄々とした態度で、笑えない冗談を言うライリーを、苦々しい思いで見つめながら、ヴィオラは汗で滑る杖を、握りし直した。
「そうか、じゃぁ本気になってもらおう」
そう言うと、彼は何を思ったか、剣を地面に突き立てた。
「どうする?ヴィオラ」
「何してるんですか?バカですか!」
慌てながらも冷静に飛び掛かってくる魔物を、防御シールドでなんとか弾き返しているが、奴らは直ぐに起き上がり、唸り声を上げている。
拙い攻撃魔法は、威嚇にしかならなかった。
「ほら、覚悟を決めなよ。僕を守れるのは、今、ヴィオラしかいないよ? 僕の命はヴィオラに預けた」
ライリーは、魔物に取り囲まれているとは思えないほど、優雅な微笑みをヴィオラに向けた。
「何か怒らせるような事をしてしまったなら、謝りますから、もう、助けて!」
私は防御シールドを展開させながら、必死に懇願する。
「ヴィオラ、大丈夫。できるよ」
ライリーの惑うことないルビーの瞳が、ヴィオラを捉えた。
魔物が飛び掛かってくるのが、視界の端に見えた。 もう、無理だ。あの魔法が使えなければ、ここでおしまいだ。
(えぇぇい、ままよ)
「完璧なる盾」
私は地面に杖を突き立てた。とたん、地面に魔方陣が浮かび上がり、辺りが白く輝いた。
「すごいな……」
キラキラと白く輝く空間を眺め、ライリーは感嘆のため息をついた。
キラキラと輝き舞っていた粒子が消えると、あれ程いた魔物が全て消え去っていた。
「ライリーのバカ」
ヴィオラはライリーを睨み付け、ヨタヨタしながら小径へと向かった……のだが、崩れ落ちた。
「ヴィオラ!?」
慌てて駆け寄るライリーの腕の中で、ヴィオラはスヤスヤと寝息を立てていた。
「すごいな。この子……」
ライリーにとっては、ちょっとした悪ふざけだった。 あれくらいの魔物の数々なら、ちょっと真面目にやれば、消滅させる事ができた。
だが、噂に聞いた『最上級防御魔法』を見てみたかった。 盾の家門にしか扱えない、アメシスタス家の高度魔法。
魔力も乏しく技術も無いのに、この場に残ることを決めたヴィオラなら、もしかしたら……そう思った。
―――魔力切れで眠っているヴィオラを抱え、森から出てきたライリーに対して、グリシヌが烈火の如く怒り狂ったのは言うまでもない。
※※※
言うまでもなく、サフィルス公爵邸で開かれる予定だった食事会は中止となり、『蒼の竜騎士団』が森の中を探索した。
公爵邸はもちろん、住居区には魔物が侵入しないように、厳重に結界が敷かれていた。 それなのに「迷い混んでしまった」とは言い逃れできない数の魔物が侵入してきたのだ。
原因は、直ぐに見つかった。森の奥の結界が壊されていた。
直ぐに結界は補修されたのだが、事故なのか事件なのか、今は判断できない。
今は、公爵邸の安全が保証できないとして、令嬢達は直ぐに自領へ帰るべく馬車に乗り込み、サフィルス公爵邸を後にした。
―――ライリーに抱えられたヴィオラは客室に運び込まれ、グリシヌから魔力を分けてもらっていた。 そこに、急ぎ領地へ戻るエミリーが顔を出した。
ウトウトしているヴィオラに向かい、悪態をつく。
「魔力も無いのに、なにやっているのよ」
と、さんざん罵倒しておいて「無事で良かった」と、泣いていた。
魔力切れでボーッとしているヴィオラを、馬車に乗せながら、グリシヌが申し訳なさそうに言い出した。
「ヴィオラ。 結界が壊される、というのは看過できない。不本意だが、安全の為にライリー殿と共に、領地に向かってくれ」
苦々しい表情で伝えるグリシヌとは対照的に、ライリーは飄々としていた。
「兄様とライリー様は、どことなく似ていますね」
クスッと、私は笑った。
―――まだハッキリしない意識の中、馬車の揺れに身を任せていると、ライリー様と目があった。
特に意味もなく、彼の綺麗に煌めくルビーの瞳に見入っていた。
「………」
「………ヴィオラ嬢?」
ガタガタと、馬車の揺れる音だけが聞こえている。
「ヴィオラとヴィオラ嬢と、どちらが正解なのですか?」
「それは、君も同じだろ?」
どちらからともなく、クスクス笑い出した。
「私が君の兄に似ている、というが、君も私の妹にどことなく似ている。 無鉄砲で放っておけない所なんかは、そっくりだ」
そう言って、ライリーは目を細めるのだった。




