ユニコーン
アメシスタスの家門は、直感力が高い。 予知、予言とも言われる程だ。
その為か『フェリクス王太子の毒殺』の予感は予知として受け入れられた。
王宮植物園では、想像し得る毒薬の解毒剤の作成と、近隣に毒薬の原料となる草が無いか、探索を行う事となった。
また、体制が整うまでオリバー様が、直々に私を監視監督するそうだ。
出勤してきた私は、園長室の衝立の裏で、オリビン侯爵家の侍女に見守られながら、着替えを済ませた。
毒殺と言えば、食事だ。
まず、私達は王族の食事を作る調理場へと向かった。
※※※
ヴィオラとオリバーは、イッカクで作られた杖を振りかざしながら調理場を歩き回る。
その杖の先には所属騎士団の証、孔雀石が埋め込まれていた。
「毒の情報あり」とだけ伝えられている為か、調理場は異様な緊張感に包まれていたが、私個人にも杖にも、異常は表れなかった。
毒性の物は、発見できなかった。
後は近隣の森林に毒草花が自生していないか……なのだが、
「オリバー様、正直、切りがないと思います」
一応、王家の森へ探索に来てはみたものの、そこかしこに毒草花が自生している。
ほとんどの草花は、毒にも薬にもなる。 困った。
馬から降りたヴィオラ達は、辺りを見渡しながら途方に暮れた。 ヴィオラは、フォックスグローブを手折りながら、物思いにふけるオリバーを眺めていた。
「一角獣を捕まえるか……」
「えっ?」
オリバー様が、奇怪な事を言い出した。 彼は、神秘的なグレーの瞳で、ジッと私を見つめてくる。 それと共に、私の顔は上気する。
「君は……嫌、グリシヌと相談しよう。この時間ならば、まだ騎士団にいるだろう」
オリバーは、颯爽と馬に跨がると「早く」と言いたげに、私を急かす。 慌てて馬に跨がった私は、先に駆け出したオリバーを追いかけた。
「オリバー様! わざわざユニコーンを捕まえなくても、イッカクで十分では?」
私を待つ気がサラサラ無い様子の彼に、大声で疑問を投げ掛けた。
「王族に使用するものは、最上級であるべきだ!」
納得できるような、できないような理由を叫びながら、彼は先を駆けていく。
一角獣、ユニコーンの角には毒の中和作用があり、その角で作った角杯に毒物が混入した液体を注ぐと、泡と共に消える、という。
そして、ユニコーンの捕獲には美しい処女が必要だ。 それに命懸けとなる。 ユニコーンは非常に獰猛で、角で一付きされれば死に至る。
わざわざユニコーンの角を使わなくても、イッカクで十分なのに……。
先程、フォックスグローブを手折った時の汁、その毒が、イッカクの角で作られた私の杖を、変色させていた。
※※※
急ぎ王宮に戻ったヴィオラ達は、ヴィオラの兄が所属する孔雀石騎士団のある、南の宮殿へと向かった。
案内された部屋で兄・グリシヌを待っていると、上半身をはだけた格好の、だらしない兄がやって来た。鍛練中であったのだろうか。
紅茶を給仕してくれていた侍女達が、頬を赤らめていた。 思わず兄に対し、眉をしかめた。
「兄様……」
「グリシヌ。なんだ、その格好は」
オリバー様も、顔をしかめる。
「ハッ、君たちがこんな時間に、唐突に訪ねてくるのが悪い。 僕だって、騎士として一応忙しいのだから」
ふてぶてしい態度の兄は、目の前のソファーにドカッと腰を下ろした。 そして、注がれた紅茶を一息に飲み干した。
「君、ありがとう。ちょうど良い温度だ」
先程とは打って代わり、麗しい笑顔を侍女に向ける。
「で、話とはなんだ?」
頬を赤らめている侍女に、二杯目の紅茶を注いでもらいながら、兄は問いかける。
「実は、毒の探知にユニコーンの角を使いたいと思ってな」
オリバー様は、なんともないような様子で軽くそう言った。
「なるほどね」
兄も軽く受け流す。
沈黙が続いているが、グリシヌもオリバーも涼しい顔で紅茶を楽しんでいる。 ヴィオラだけが一人やきもきしているようだ。
だれが、命懸けでユニコーンのエサになるだろうか。そんな物好きは、いるわけがない。
「そこでだ。ヴィオラはどうかな?」
「わっ、わたし!?」
まっ、待って欲しい。 ユニコーンは沈魚落雁程の美女でないと、興味を示さないのでは?
私みたいな中途半端な女性は、角で一突きではないのか?
「ヴィオラ、ちょっとこっちへ」
兄がポンポンとソファーの隣のスペースを指し示す。おずおずと兄の隣に腰を下ろすと、耳障りの良い声で、こう問われた。
「処女であっているかい?」
ゾクゾクする響きを持った兄の美声と、発せられた内容の品の無い格差に、私の脳がパニックを起こす。
「兄様!失礼ですっ」
顔を真っ赤にして怒るヴィオラに対し「いやぁ、万が一があるだろう?」と、グリシヌは遠慮もなくカラカラと笑いだした。