除幕式
王都に戻ってきたヴィオラは、王宮図書館に通い魔方陣の専門書を読みあさり、様々な薬効のある魔方陣の研究を始めた。
そして、グリシヌを連れ野山に行き、ケガをした野生動物を見つけては、魔方陣を試していた。
フェリクス国王への『完全中和』は、食事会が無い時は、月に一回を目安に施術する事になっていた。
なので、ライリー様とはトマト祭以降、一度も会っていない。
そして、気が付けばサフィルス公爵家へと向かう日を迎えていた。 ヴィオラは一人馬車に乗り、サフィルス公爵領へと向かっていた。
除幕式にはグリシヌを含めた、蒼の青年貴族が参列する事になっていて、後から向かう手筈になっていた。
また、ヴィオラは除幕式が終わったら、その足で自領に帰るつもりでいる。
―――馬車に乗り半日程で、サフィルス公爵邸に着いた。 まだ、明るかったので断りをいれて、あの森の入口、小径を目指す。
あれから数ヶ月、すっかり季節が変わりに、木々は色づき始めている。 上を見上げれば、空が高い。カサカサと鳴る落ち葉を踏みしめ、小路を進む。
思えば、ここから私の『アカンサスの花園』が始まったようなものだ。
アンジェリカの抵抗が成功したせいか、物語は始まらなかったけど。
アンジェリカに『結局は、死ぬ運命なのよ』と言われたが、それはどうなったのだろうか。 回避できているのだろうか。
アジュール様が言っていたように、小径の両側には柵があり、迷いようもない道だった。それに湖もない。
道なりに進むと、ほどなくして急に開けた広場のような場所にたどり着いた。
その芝が敷き詰められた広場の中央に、守護聖母イマ様であろう像が、布を被って建っていた。 像の回りには、綺麗に花が飾られていた。
数奇な運命を授けられたヴィオラは、守護聖母イマに祈りを捧げ、その場を後にした。
※※※
翌朝、早くに目が覚めたヴィオラは、時間をもて余した挙げ句、早朝のサフィルス邸の中庭を、散策する事にした。
芝の緑に、木々の紅葉や様々な色の花が映え、目を楽しませてくれる。 特に所々に咲く濃い紫の花が、良いアクセントになっていた。 茶色の石畳に、色とりどりの小菊が、被るように咲いているのも可愛らしい。
すると、小道の先のベンチに先客がいた。
「ヴィオラ?」
「エミリー?」
エミリー・スプルース侯爵令嬢。 アカンサス貴族学院の卒業以来の再会だった。
エミリーは極度の人嫌いで、社交にも顔を出さず、今まで領地から出てきた事はない。
彼女も魔力が乏しく、ヴィオラと一緒に本薬学を専攻していた。その縁もあって、人嫌いなエミリーがヴィオラとは親しくしていた。
「どうしたの? 心境の変化?」
そう尋ねると、エミリーは眉間にシワを寄せる。
「そろそろ私達、婚約者を決める時期にきたのよ。 わかるでしょ?」
本当は、シーズン最後の王家主催の舞踏会に参加させられる予定だったのだが、初めての本格的な社交に、そんな大舞台は無理だ。と、騒いだらしい。
スプルース侯爵夫人が、困り果てる様子が目に浮かぶ。
「それで、考えたのよ。サフィルス公爵家の除幕式なら、父の考えている婚約相手のほとんどが出席するんじゃないかって。その上、人数はそんなに多くないでしょ?」
そう言いながらも、本当に嫌そうな表情をしている。
「でも、ヴィオラの方が大変だわね。 色々話は聞いていたわ。 薬剤師の仕事………残念だったわね」
彼女の言葉に、思わず涙が溢れてきた。 泣くつもりは無かったのに。 もう、大丈夫だと思っていたのに。
急に泣き出したヴィオラに、エミリーは慌ててハンカチを渡す。
「そうよね。あんなに楽しそうに調合していたのにね」
稀有な能力『完全中和』を授かったとはいえ、私は薬剤師の仕事が好きだった。 薬の調合が出来ないうえ、薬草の手入れもできないなんて、人生の楽しみを全て奪われた気分だった。
でも、それは贅沢な悩みだと思い込んだ。 それに、不満を吐き出す事もできなかった。 大好きな兄にも……。
エミリーは、泣きじゃくるヴィオラにただ、ただ寄り添っていた。
数時間には、テラスで楽しそうに昔を懐かしみ、食事を楽しむ二人の姿があった。
ヴィオラの目は、少々腫れているようにも見えた。
そして、昼前に、グリシヌ達がサフィルス公爵邸に到着した。
除幕式の準備も進んでいるようで、森の方から賑やかな声が聞こえてきた。
ヴィオラはソワソワしながら、客室のテラスで誰かを待っているように時間を潰していた。 が、結局、誰も彼女を訪ねて来なかった……。
ヴィオラは冷たくなったハーブティをそのままに、除幕式に参列する準備を始めだした。




