トマト祭・2
実は、前日にジョセフィーヌ様やフレイヤに付き合ってもらい、会場となる噴水回りを中心に『完全中和』の魔方陣を仕込んでおいたのだ。
魔方陣を複数描く練習にもなるので、深く考えず、気休め程度に思っていた。
それが功を制したようで、ある事件が防げたのだ。
実は、旅の薬師を名乗る一団が胃腸薬を、法外な値段で売っていたのを、紅の竜騎士団員が見つけたのだ。
普段から、旅の薬師が出身地のご当地薬を売っている事はあったが、彼らの調剤は、ごく一般的な普通の胃腸薬だったのだ。
他の物より、高く売られる理由が見当たらない。
そして、持ち物を調べたところ腹下しが見つかったのだ。
この毒は、どこかに仕込まれていて、会場にいる人々の口に入ることになっていたのだろう。
振る舞われる食事、または投げ合うトマト……。
その報告を受けたライリーは「ヴィオラのお蔭で、未然に防げた」と感謝していた。
その後も、フレイヤ達やジョセフィーヌ様、グラタナス様を含め、本気のトマトの投げ合いをした。
祭が終わる頃には、皆、全身が見事に赤く染まり、会場はトマトの海と化していた。
―――その日の夕食時に、ヴィオラは、公爵夫妻に大変感謝された。
収穫祭で病人を出したとなれば、せっかくの祭が台無しになる所だった、と。
「ヴィオラ・アメシスタス侯爵令嬢は、魔力が無いと聞いていたが、噂は当てにならないな」
と、感心していた。
夕食後にライリー様に時間を頂きたかったが、トマト祭の後始末で忙しいらしい。
そこで、公爵家の侍女にイニシャルを刺繍したハンカチと、手紙を渡してもらえるよう、頼み込んだ。
手紙には、話を聞いてくれたお礼と、薬剤師の知識を生かした魔方陣を作ってみようと思っている事を書いた。
(手渡し……したかった)
ヴィオラは、少し残念な気持ちになっていた。 ライリーのあの穏やかな微笑みが、普段の気圧される姿からは想像できない、あの微笑みが恋しかった。
―――フレイヤと部屋に戻ったが、トマト祭の興奮冷めやらず、とても眠れたものじゃなかった。
侍女に頼んでホットミルクを飲んでみたが、まったく眠くならない。
困った私達は、侍女に頼み込んで中庭を散策させてもらう事にした。 衛兵が見守る中、カンテラの灯りを頼りに中庭に降りる。
夜風が火照った身体に気持ち良い。中程にあるガゼボのベンチに、どちらからともなく腰を掛けた。
「ヴィオラ、ライリー様とどうするの?」
「フレイヤもジョシュア様と、どうなの?」
二人で顔を見合わせてコロコロ笑う。
「そんなわけ、ないじゃない」
声が揃い、フフッと寂しく笑った。
「人気者だものね……お相手していただけるだけで、光栄だわ」
「噂には聞くけど、どれくらいの数の婚約話が来ているのかしらね?」
蒼黒い夜空に輝く月を見上げ、お互いの肩を寄せ合い、つつきあう。
「でも、ヴィオラにじゃれられて、ライリー様もまんざらでもない様子に見えたわよ」
「それを言うなら、ジョシュア様だって、嬉しそうにフレイヤを見てたわ」
そう言いながらクスクス笑いあう。
「そんなわけ、ないじゃない」
空想を止めて、現実に帰る私達は、手を取り合い部屋に戻った。
翌日、フレイヤと共に王都に馬車で戻る。 ジョセフィーヌ様は、このまま領地に留まるそうだ。
ライリー様とジョシュア様は、やはり忙しいようで姿を見ることはできなかった。
昨日の毒の件なのだろうか。祭で不特定多数を狙うなんて、ヒドイ話だ。 イタズラなのか、それとも……。
それにしても、一人も体調不良者がでなくて良かった。
楽しい時間は一瞬で、王都に戻れば虚無感と共に、怠惰な日々を過ごすだけだ。
ヴィオラは、フレイヤとため息と共に、帰りの馬車に乗り込んだ。




