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トマト祭

王家主催の舞踏会が無事終わり、社交シーズンに幕が降りた。


私は植物園職員の仕事も失って、何もすることがない。やる気もわかない。 自室の寝台の上に寝っ転がって天井を見ている。


リーラは早朝に領地へと帰っていき、アドニスはグリシヌと一緒に孔雀石(マラカイト)騎士団へ出勤していった。

今、私は広い屋敷にひとりぼっちだった。


フェリクス国王とジョセフィーヌ様の結婚式は、来年の初夏と発表された。

また、兄から貴族学院に通うのは、年明けから春頃まで。そう、王妃付の女官として王宮に入る頃まで。と伝えられた。


ラウルと続けていた魔法の実戦も久しく行っていない。 舞踏会が終わって以来、顔も見ていない。


そして、ルーベル公爵領の収穫祭。来週末だ。


サイドテーブルの上に、ライリーのハンカチが置いてある。 先日も、()()ハンカチを借りてしまった。

(刺繍でもしようかしら)

真っ白な彼のハンカチを手に取った。 刺繍が気に入らなければ、捨てるだろう。


私は窓辺に椅子を寄せ、ハンカチを広げた。


チクチクと針を進め、形になっていく図柄を見ていると、なんとなく魔方陣の模様を思い出した。

(薬草の効果を魔方陣に描けないかしら?)


急に閃いた。そうよ。薬が作れないなら、魔方陣を作ればいいのよ。

私はいそいそと、中庭にある薬草園に向かった。


※※※


―――数日後


丘の上から見るルーベル公爵領は、赤い屋根と白壁の美しい街だった。 あちらこちらにトマトが飾られ、街中が赤く彩られている。流石、紅の総本山。


街のちょうど真ん中にある噴水は、祭当日トマトで真っ赤に染まるという。 まったく想像が付かないので、楽しみでしかない。


屋敷の入口となる石門を通り抜けると、横に小川が流れていた。派手なイメージのあったルーベル家だったが、造りは牧歌的で、どこか温かみがあった。

素朴な風景を楽しみながら進み、蔦のアーチを潜ると急に目の前に整形式庭園が広がった。


噴水を中心にした左右対称のトピアリーに、幾何学的文様になるよう計算された植栽、自然庭園からの変わりように目を奪われる。


ひたすら感心しているヴィオラを、ジョセフィーヌとフレイヤがコロコロと笑いながら見ていた。

彼女達との馬車の旅は、とても楽しいものだった。


※※※


―――トマト祭当日、真っ白のワンピースを渡された。夕方までに、トマトで真っ赤に染め上げるのだとか。

もちろん、トマトは()()()()()()()のだ。

フレイヤが言うには、熟れすぎたトマトを使うので痛くないらしい。

貴族も平民もなくトマトまみれになるそうで、それがとても楽しいのだとか。


「髪の毛はまとめておかないと、後が大変なんですよ」と、ルーベル家の侍女に言われ、髪の毛を結ってもらった。

鏡の前に立つと、髪を一つに結い上げた、見たことのない自分が映り、気分が上がる。


「フレイヤ、楽しいわ。来て良かった!」

ヴィオラは、思わず彼女に抱きついた。

「誘ってくれたライリー様に感謝しないとね」


様子を見に来たジョセフィーヌ様も、同じように白ドレスで髪を高く結い上げていた。

「ヴィオラ、お楽しみはこれからよ」

そう言うと、ジョセフィーヌはヴィオラにウィンクをした。


私達は馬車に乗り込み、会場となる街の広場に向かった。


馬車を降りると、ジョセフィーヌの婚約を祝福する声がかかった。

笑顔で手を降りながら、彼女は皆の前へと進む。私達も彼女の少し後ろから付いていった。


広場に作られたステージには、公爵夫妻とライリー様、ルイ王子の御学友でもある、彼の弟のグラタナス様が待っていた。

彼等も上下白の装いだった。


ジョセフィーヌが壇上に昇るのを見守っていると、ライリーと目が合い、ニコリと微笑まれた。

その微笑みが、あまりにも優しくて勘違いしそうになる。 フレイヤに脇をつつかれた。

そして、ステージの反対側にジョシュア様がいるのに気付くと、フレイヤは小さく手を振っていた。


「創造主()()様と、収穫に感謝をし、来年の豊作を祈ろう」

ルーベル公爵の声かけと共に、トマト祭が始まった。


トマトの入った桶を貰う前から、トマトが飛び交う。 壇上の公爵家の人々は格好の的だった。 あっという間に、赤く染まっていく。


フレイヤと共に桶をもらい、所かまわず投げつける。もちろんフレイヤにも投げた。

ジョシュア様も捕まえて、トマトを投げ合う。

あっという間に、全身トマトまみれで真っ赤になった。


トマトはどんどん追加されていき、なぜ足に布を巻かれたのか理解した。 トマトで滑るのだった。

歩くだけでもトマトが跳ね、そこら中を赤く染めていく。


こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか。

飛んで跳ねてトマトが飛び散る様を楽しみ、追加されたトマトを投げ合う。 笑いすぎて顎が痛い。


「楽しそうだね」

後ろからライリー様の声がした。

「最高に楽しいです。誘ってくださってありがとうございます」

私は、勢い余ってライリー様に飛び付いた。 そんな、私を彼は受け止め、クルクルと回った。


実は、この時事件が起きていた。





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