舞踏会・2
ライリー様に連れられオリバー様の元へ向かっているはずなのだが、彼は会場の奥へと進んでいく。
「ライリー様?」
音楽が小さくなっていく。 どこまで行くのだろう。
「ライリー様?」
私は立ち止まり、もう一度彼に声をかけた。
「そんなに警戒しないでよ。僕達、婚約中でしょ?」
「そんな話は、兄から聞いていません」
彼が差し伸べる手を、思わず叩き返す。
短い舌打ちが聞こえ、彼のルビーの瞳が妖しくきらめいた。が、直ぐに光が消えた。
「ヴィオラ?」
「兄様!」
私は兄に駆け寄り、背に隠れる。 とたん、兄の顔が曇った。
「ライリー殿?」
「少しからかっただけだよ、オリバー殿が待ってる」
ライリーは、おどけた表情で両手を上げた。
案内された部屋に入ると、オリバー様が直立不動の姿勢で待っていた。
私の顔を見るなり、勢いよく頭を下げる。
「ヴィオラ、申し訳ない。私のせいだ」
彼が言うには、客室利用の申請を出したはずなのだが、向こうは受け取っていない。と言うのだそうだ。
確かに、書類は受付箱に入れたのだが、確認を怠った自分のミスだと。
「本当に申し訳ない」
「謝罪を受け入れます」
「本当にいいの?」
ライリーが口を挟む。
「見回りの衛兵に、暗闇に引きずり込まれた可能性もあるんだよ?」
確かに。想像すると身震いする。しかし、処罰は私の仕事ではない。
「後は兄に任せます」
「あぁ」
グリシヌの返事を聞いたヴィオラは、踵を返し部屋を出た。その後を、やはりライリーが追いかける。
「ねぇ、ヴィオラ。 君は強いの?弱いの?」
突拍子もない質問に、思わず私は足を止めた。
「物音に驚いて、泣いていた令嬢とはおもえないんだけど」
クスクスと思い出したように、ライリーは笑い出した。
「……ただ、感情で判断するのは良くない、と兄に教わりました。本当は怒っています。なので、兄に任せます」
「なるほどね……」
ふと優しい眼差しを向けられ、目が離せなくなる。
―――再び二人は歩き出した。 カツカツという靴音だけが、人気の無い廊下に響いていた。
会場に戻ると、一斉に視線を浴びた様な気がした。
思わず、足を踏み出すのを躊躇して、ヴィオラは立ち止まる。
もう、踊りたくないと思っていてた彼女は、魔方陣を敷く振りをしてやり過ごそうと考えた。
おもろに軽食コーナーで、魔方陣を敷き出したヴィオラを見て、彼女に向いていた視線が疎らになっていく。
ヴィオラは、ホッと安堵のため息をついた。
(流石に疲れたわ……)
すると、テーブルに飾ってあった花瓶から、ライリーが紅いバラを一輪抜きながら、ヴィオラに尋ねてきた。
「ねぇ、ヴィオラの好きな花って何?」
私は、ライリーの側にある花瓶を見ながら答える。
「そうですねぇ……その中なら、キキョウでしょうか」
「ふーん」
そう言いながら、ライリーは私の髪に紅いバラを飾り付けた。 甘い香りが鼻をくすぐる。
「ねぇ、ヴィオラも僕を飾ってよ」
唐突にそう言いうと、花瓶から抜いたばかりのキキョウを手渡してきた。 言われるままに、彼のフラワーホールにキキョウを一輪差し込んだ。
満足したように薄く微笑んだライリーは、私の手を取り会場の真ん中へと引きずり出した。
「なっ、なんですか!?」
「最後に一曲踊ってよ。そうしたら、もう踊らなくてすむと思うよ。たぶん」
そう言って、イタズラっぽく笑う。
―――私の手を取り、クルクルと私を回すライリー様は、本当に楽しそうだった。
「ライリー様は、悩み事とかあるんですか?」
「なにそれ、ひどくない? それなりに悩むこともあるよ。例えば今、ヴィオラ嬢は何を考えているか、とか」
そうだった。ライリー様は、人の気持ちに疎いんだった。
「快も不快もないですかね。ただ……自分のこれからに悩んでいます」
「重いね……、聞こうか?聞くだけだけど」
私は、胸をつかえを吐き出した。
フェリクス王子毒殺の罪で処刑される未来を見てから、処刑されない事だけを目標に、行動していた事。
無事、フェリクス王子が国王になった今、今後どうすればいいのか。
今まで、薬剤師として生きてきたのに、急に薬剤師の仕事ができなくなって、今までの努力が無駄になった事。
自分の存在価値が見つからない事。
気がつけば、とうに音楽は変わり次の曲が始まっていて、私はライリーに連れられ、庭園を歩いていた。
流れる様に誘導され、気が付けばベンチに腰かけていた。
そして、寝物語をするような、優しい柔らかな口調で話し始めた。
「僕は今まで、自分の存在価値を考えた事はないよ。それは、自分の人生の最後の総評だと思うから。それに、自分の出来る事を一つ一つこなしていって、それがいつか誰かの為になっていればいい、と思っているんだ」
私を見るライリーの瞳が、細く弧を描く。
「それと、僕が思うに、ヴィオラの今までの薬剤師としての知識や経験は、今後の人生の無駄にはならない。どちらかと言えば、有益だと思う」
「知らないんですか? 私が触れると薬草の効能を消してしまうんですよ? もう、薬は作れないの」
私の頬を涙がこぼれ落ちる。
「私、薬を作るのが一番好きだったんです。ただの草が、薬に変わっていくのが、それを見るのが好きだった」
背中に置かれたライリーの手の暖かさに、心の刺が涙と共に溶けていくような、そんな感じがした。




