舞踏会
社交シーズン最大のイベント、王家主宰の舞踏会が始まった。
今回『アカンサス貴族学院』を卒業し、大人の仲間入りをする生徒達が、ルイ王子を先頭に入場してきた。
弟、アドニスの姿を見つけ、胸が熱くなる。 弟は
アンジェリカの攻略対象者だった。
しかし、彼女は誰も攻略する事無く、姿を消した。
―――元気にしているだろうか。
アンジェリカは宣言通り『アカンサスの花園』の運命から、物語から見事にフェードアウトした。
それに比べて、私はどうだ。
目下の目標であった、戴冠式も無事にやり遂げた。 次はどうする? 薬師にもなれず、魔法使いとしても中途半端。
ただ、生きているだけ。 そこに、存在しているだけ。
前途有望な若者達を見ているからだろうか。 自分が不必要な人間に思えてきた。
そもそも私は何がしたい?
隣に並んで立っている兄を見上げる。
いつも私の事を考えていてくれている。 今回の事で蒼に居づらくならないだろうかと尋ねてみれば
「職場が同じというのは、安心だ。いつでも姿が見えるし、何処にいるか、すぐわかる」そう微笑む。
私の視線に気付いたようで「どうした?」と聞いてくる。
「兄様、私の存在価値って何?」
「えっ?」
「魔法使いになれる程の魔力も無いし、薬剤師の仕事もできなくなって……、この先どうすればいいんだろう……」
素直に不安をぶつけてみた。 兄は少し寂しそうに微笑んで、私の肩を引き寄せた。
フェリクス国王に祝福されたアドニスが、誇らしげに駆け寄ってくる。
私は、用意してあった小さなブーケを、期待と不安で胸がいっぱいであろう、彼のフラワーホールに飾る。
「おめでとう。大人の仲間入りね、頑張ってね」
そう、声をかけると
「姉さんも女官の仕事、頑張れよ」
と応援してくれる。 随分、好意的に捉えてくれているようで、安心した。
「不満気なのは古株だけで、大多数の蒼は、姉さんが王妃付の女官になる事に、好意的だと思うよ。僕達の立場も心配しないで」
急に大人びたアドニスから、嬉しい言葉を貰えた。
祝福の拍手喝采が疎らになっていくタイミングで、緩やかに音楽が流れてきた。
舞踏会の始まりだ。
兄とのファーストダンスを終えて、いつも通り壁の華になろうと、会場の隅へ行こうとすると、兄に引き留められた。
「どこに行くんだい? 次のお相手が待っているよ?」
そう言われ、ラウルに引き渡された………。
ヴィオラとラウルはお互い沈黙を保ったまま、緩やかな音楽に身を任せていた。 二人を見ながら囁きあっている人々の声が、さざ波の様に広がっていく。―――気がした。
(今まで誰とも踊らなかったのに、そりゃ気になるわよね。でも、所属騎士団の団員だし、兄の友人だし……)
チラリと上目遣いで彼を盗み見れば、視線が絡まりドキリとする。
「その……すまなかった」
「何がですか?」
マスカットのようなペリドットの瞳をマジマジと見る。
(しっかり顔を見たのは、何時ぶりだろうか)
そんな事を考えていた。
再び沈黙が続き、曲の終わりが見えた頃
「しばらく、―――忙しくて会えないと思うから、最後に言っておく。身体に気を付けて、無理するなよ」
あまりにも真剣な面持ちに、クスリと笑みがこぼれ
た。
「フェリクス国王の所で会えるでしょ?」
「……だと、いいけどな」
曲の終わりと共に、手が離れた。
それからは、立て続けに孔雀石騎士団の人々を兄に紹介され続け、次々に踊るのだが、流石に疲れてきた。
ほとんど引きつっている笑顔を張り付けた顔で、にこやかに疲れたアピールをしていると、フレイヤの姿を見つけた。
あちらも私に気付いたようで、お互い逃げるようにテラスで落ち合った。
「今年はすごいわね。王妃付女官に内定したって公表されたとたん、これよ」
フレイヤが、テラスの手摺に身を預けながら、ぼやく。
「もう、回りすぎて気分が悪いわ。一生分回ったわ、きっと」
夜風が火照った身体に心地好い。
「ヴィオラ、甘いわ。来年、再来年と回転数が上がるわよ。婚約者が決まるまでね」
「婚約者ねぇ……実感がわかないわ。兄の決めた人と婚約するんだろうなって、小さい頃から思っていたから」
「そうね……ジョセフィーヌ様は『あなた達は、ちゃんと恋をしなさい』って言うけど。 恋愛小説みたいに都合よく恋する相手が現れるわけないしね」
私達はテラスの下に広がる暗闇を眺めながら、とりとめの無い話をしていた。
「でも、恋する相手が現れたとして、気付くのかしら?」
素朴な疑問を投げ掛けるが、フレイヤも首を傾げるばかりだった。
「寝ても覚めても、その人の事を考えるらしいよ?」
急に後ろから声が聞こえ、振り返ってみれば、ライリー様とジョシュア様だった。
「どっ、どこから聞いてました?」
ジョシュア様が差し出す果実水を受け取りながら、恥ずかしそうにフレイヤが尋ねる。
「恋する相手……位からかな? なぁ、ライリー」
「そうだね、その辺り……そうそう、ヴィオラ嬢。 オリバー殿が捜していたよ。 案内しよう」
フレイヤに「また後で」と声をかけ、ライリー様とテラスを後にした。
フレイヤを見つめるジョシュア様を見て、なんとなく、彼の想い人はフレイヤのような気がした。
私の勘は良く当たる。




