舞踏会前日
私が目を覚ました時は、すでに陽が高く上がっていた。
「!!」
慌てて起き上がると、タイミングよく侍女が入室してくる。すべて、ジョセフィーヌ様の計らいだ。
昨晩、ジョセフィーヌ様に隣室に呼ばれ、行ってみれば兄とライリー様もいた。
そして、そこで自分の身の回りに起きていた、不可思議な出来事のあらましを知った。
そして、それに対抗するためにジョセフィーヌ様付の女官になる事。それは、私がルーベル公爵家の庇護下に入るという事だ。
明日にでも、公式に王家とルーベル公爵家からアメシスタス侯爵家に、ヴィオラを王妃付女官に据える要請の使者が向かうだろ。
それと、ヴィオラに近づくためにライリーが婚約者候補に名前が上がる事になった、と伝えられる。
「まぁ、目障りかも知れないけど、心配症のグリシヌ殿の為に我慢してね」
そう言うと、ライリー様はウィンクをした。
そして、部屋に戻るとジョセフィーヌ様から女官内定者達に、事のあらましが伝えられた。
ヴィオラが何者かに狙われているかもしれない。 そう、伝えられたフレイヤは、声を殺して泣いていた。
※※※
呼び出しを受けたヴィオラが、ライリーと共に連れ立って、フェリクス国王の執務室に入ると、そこには兄のグリシヌと共にラウルとアジュール、そしてジョシュアが控えていた。
ヴィオラは緊張していた。この中の誰かが、私を陥れる手引きをしているのかもしれない。
普段通りにしようとするが、口数が少なくなる。
いつもと通りにフェリクス国王の手を取り『完全中和』を施していると、兄がおもむろに聞いてきた。
「ヴィオラ、客室はどうだった?」
「えっ!?」
何を言っているのだろう。手違いで部屋が無かった事を、知っているはずなのに………
「あぁそれ? 最初から部屋の申し込みは無かったって。ジョセフィーヌの部屋に泊まってたんだよね?」
ライリー様がそう言いながら、興味深そうに私の術を覗き込む。
「なにそれ………」
ラウルとアジュールが驚きを通り越して、唖然としている。
「オリバーが話をするって言ってたよな?」
「今日の部屋はどうなってんの? しばらく深夜までかかるでしょ」
私以上に二人はオロオロしていた。 これが演技なら大したもんだ。
「そのうち発表されるだろうけど、ヴィオラは王妃付女官に内定したからな」
フェリクス国王が、唐突に、しかも何の前触れも無しに発表する。
「はぁっ!?」
ラウルとアジュールの声が重なる。
「薬草の効能を打ち消してしまうんだ、薬師として植物園職員でいる必要もないだろう? それより、私達の側で毒に対処してもらった方が有益だろ?」
私は黙ったまま、兄やラウル達にも『完全中和』を施す。
ラウルの手を取ったときに「いいのか?」と小声で尋ねられたが、どう答えるのが正解なのか、わからなかった。
執務室に魔方陣を敷き直して、何も伝えないままヴィオラは退室した。その後をライリーとジョシュアが付いていった。
※※※
「陛下、どういう事でしょうか。 蒼に相談もなくヴィオラを紅の王妃付の女官なんて……」
アジュールが難しい顔をしてる。
「昨日、ヴィオラの窮地を救ったのは紅の者達だが。 なぁ、グリシヌ」
「はい、陛下。 昨日、ライリー殿がヴィオラを救ってくれなければ、私は後悔していたでしょう」
グリシヌは神妙な面持ちで答えた。 彼の様子を見たラウルとアジュールは、蒼の信用を失った事を悟った。
※※※
ヴィオラは、明日舞踏会が行われる会場向かっていた。 『完全中和』の魔方陣を敷く為だ。
廊下ですれ違う蒼の面々の視線が気になる。
疚しい事は何もないのだが、どこか肩身の狭い気分になる。 蒼の人々に蔑んだ目で見られている気がして仕方がない。
(蒼のクセに、紅に取り入るなんて……)
そう、言われているような気がして、聞き耳を立ててしまう。
(私は何も悪くないのに……)
そう思い直し、意識をして背筋を伸ばし前を見た。




