戴冠式・4
侍女に呼ばれたジョセフィーヌが部屋に入ると、二人の男性が、慌てて椅子から立ち上がった。 彼らの額にはうっすら汗が滲み、良く見れば呼吸が乱れている。走ってきた事がわかった。
「あら、兄様とグリシヌ様。今日は珍しいお客様が多いわね」
ジョセフィーヌは、ガウンのボタンをしっかりと止めた。
「ジョセフィーヌ。 ヴィオラ嬢を見かけなかっただろうか。 こちらの客室にいるはずだったのだが、その……客室が準備されていなかった」
ライリーの隣でグリシヌは、不安そうな表情を浮かべている。
「あら。ヴィオラ様なら、私の部屋にいますよ」
彼女の言葉に、グリシヌがホッと胸を撫で下ろしたのが、見て取れた。
ジョセフィーヌは、侍女に飲み物を頼み、彼等に座るよう促した。
直ぐに帰ると言う二人に、彼女は微笑んでみせた。
「訳も言わずに帰るなんてつまらないわ。ねぇ、兄様?」
ライリーの困った顔を、グリシヌは初めて見た。
※※※
「―――なるほどねぇ」
グリシヌの説明を聞いたジョセフィーヌは、天井を見上げながら、何か考えていた。
ヴィオラに付き添うはずの護衛は、通達ミスでいたり、いなかったりする。初めは偶然かと思っていたが、どうも故意のような気がする。
そして、今回。オリバーに渡された偽物のメモ、そして客室のキャンセル。
「ヴィオラの行動を把握できるのは、我々しかいない」
グリシヌは困惑し、頭を抱えた。
「グリシヌ様、こう言っては何ですけど、ここの客室の使用の申請は出ていないわ。一応、明日確認してみますけど」
ジョセフィーヌの言葉に、グリシヌが憤る。
「そんなはずはない。オリバーが深夜になるから、と俺に相談に来た。そんな……まさか……」
「まぁ、どちらにしろ蒼の中に、ヴィオラを……というか、ユニコーンの乙女を疎んでるヤツがいるって事なんじゃない?」
ライリーが組んでいた脚を戻し、紅茶に手を伸ばす。
そして、しばらく思案すると「僕の提案、受け入れてくれる?」と話し出した。
「僕がヴィオラ嬢の婚約者候補に名乗りでるよ」
「!?」
「そうね。それは名案だわ」
ジョセフィーヌは、澄ました顔で紅茶に口をつける。
「なっ、何を言っているんだ? ヴィオラは蒼なんだぞ?」
グリシヌは驚いて、紅の公爵兄妹を代わる代わる見た。
「アメシスタス候補家には、紅に輿入れした女性が過去にいたと思うが? 違ったかい?」
確かに祖先には、そういう女性もいた。そのせいか、アメシスタス家は他の蒼ほどは、紅を意識していない。
「その……ライリー殿は、婚約者は? 想いを寄せる、ご令嬢は……」
言いにくそうにグリシヌが尋ねた。
「失礼だな、グリシヌ殿。 君だって、婚約者も候補もまだだよね? それに大丈夫。ねぇ、ジョセフィーヌ」
「兄は、多すぎる魔力のせいで、人として感情が欠落しているの。 だから、父も婚姻はあきらめています。相手になるご令嬢が不憫だと言ってね。なので、事が済むまでヴィオラ様の護衛になりますよ? 自由にお使い下さい」
いや………でも………と、思い悩むグリシヌに、ジョセフィーヌは畳み掛ける。
「それなら、私の女官にするわ。私室付にすれば、かなり安全よ? ヴィオラ様は、薬師の任を解かれたんでしょ? それに、両方に絡んでいるオリバー様の近くにいるのは危険じゃないかしら? 最低でもオリバー様が信用できるか、確認できるまででもいいわ」
「それがいいよ。あの蒼からはアメシスタス侯爵家でも、ヴィオラを守りきれないでしょ?」
「そうなのだが……」
グリシヌが動揺する。
「ならいいじゃない。ここだけの話、私達はヴィオラ様を懐柔しろと紅に言われているし、蒼は彼女が邪魔なんでしょ? 私達にヴィオラを預けませんか?」
彼女の提案に、グリシヌは頷き諾を示した。
「しかし、ライリー殿の婚約者にという話は………」
心許ない様子のグリシヌを見て、ライリーは声を上げて笑う。
「いくら人の機敏に疎い私でも、無理強いはしないよ。 私からそういう申し出があった事にしてもらえば、ヴィオラ嬢の回りを彷徨いていても、不思議じゃないでしょ」
ライリーはそう言って、グリシヌの肩を叩いた。




