戴冠式・3
宮殿の入口まで、ライリーに送り届けてもらったヴィオラだったが、再び困難に陥っていた。
オリバー様を通して、頼んであったはずの客室が、準備されていなかった。
部屋が空いているには空いているのだが、掃除がされていなく「とても寝れたものじゃない」と、侍女に言われたが、仕方がない。
そう思って案内してもらったが、かなり埃っぽい。
「さて、どうしたものか」
とりあえず、家具を覆っているカバーを外し、窓を開けてはみたが、埃っぽさは免れない。
流れ込む風が、心地よい。
(仮眠を取るだけにして、早朝に家に帰ろう)
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
頼んでいた掛物を持ってきてくれたのかと、ドアを開けると、ガウンを羽織っただけの令嬢が、掛物を抱えた侍女と立っていた。
「あら、本当だわ」
カンテラを持ったその令嬢は、驚いていた。
「災難だったわね。ユニコーンの乙女さん。私の部屋にいらっしゃいな」
※※※
彼女の後ろを歩きながら、薄暗い廊下を進む。 階段を昇りながら、考える。
(彼女は誰なのだろう。 そうとうな人物のはずだわ)
彼女の立ち振舞いから、当りを付けた。
紅く燃えるような髪色に、きらめくルビーの瞳の彼女の後ろ姿を見つめながら、頭の中で貴族名鑑をめくる。
(ライリー様の妹? フェリクス国王の婚約者よね。 まさか、こんな時間に……どちらにしろ、ルーベル公爵家の縁者だろう)
そう予測して、彼女の後を付いていった。
「どうぞ」
と、案内された部屋には、数人の令嬢がお菓子を摘まんでいた。
「ヴィオラ!?」
「フレイヤ!?」
「あら、お知り合い?」
紅髪の令嬢は、上品に驚いていた。
彼女はやはり、フェリクス国王の婚約者でライリーの妹、ジョセフィーヌ嬢だった。
男達が、晩餐会で美味しい物を食べて、楽しんでいるのだから、私達も美味しい物を食べましょう。
というジョセフィーヌの提案で、令嬢達と夜を通してお喋りをしていたのだとか。
そこに侍女が「手違いで、ユニコーンの乙女の部屋が準備できていない」と、相談に来たと言う。
「ユニコーンの乙女はいつも、男性に囲まれているから、なかなかお話できないのよね。だから、今日会えて嬉しいわ。さぁ、お喋りしましょ」
少し刺のある言い方だったが、ジョセフィーヌ自ら、ヴィオラに紅茶を入れてくれる。
驚いてフレイヤを見ると「いつもの事よ」と教えてくれた。
お互いに自己紹介をしたところで、侍女に呼ばれジョセフィーヌが席を外した。
※※※
直ぐにフレイヤが近付いてきて「何があったの?」と心配そうに訊ねてきたので、事の顛末を手短に話した。
そんな事があるんだ。と、皆に驚かれた。
「それにしても、ユニコーンの乙女様とお話できるなんて光栄だわ」
紅の令嬢達に、キラキラした瞳で見つめられ、少し照れ臭い。
「そうだわ、まだ発表前……と言っても、明日には公表されると思うんだけど、私、ジョセフィーヌ様付の女官になったのよ」
フレイヤが誇らしげに自慢する。 聞けば、ここにいる令嬢達は皆、未来の王妃付女官に内定しているそうだ。
「これで、急いで婚約者を捜さなくても、向こうからやってくるわ」
フレイヤは嬉しそうに微笑む。他の令嬢達も、頷いていた。
「それに、思う存分ライリー様を堪能できるし」
彼女達は嬉しそうにキャッキャッと笑いあう。
フレイヤは人一倍、恋愛に興味津々だった。図書館で借りる本は皆、恋愛小説だった。
「フレイヤは、ライリー様が好きなの?」
私の問いかけに、フレイヤはカラカラ笑う。
「ヴィオラが、アジュール様を慕う気持ちと一緒よ。見てるだけで幸せなの。わかるでしょ?」
「―――わかるかも」
私は頷く。 眉目秀麗なアジュール様は、見ているだけで幸せな気持ちになる。 今日も一日頑張ろう、と思える。
「それに、ライリー様は人を好きになれないのよ」
近くにいた令嬢が、耳打ちしてきてた。 驚いてフレイヤを見ると、彼女も頷いていた。
「魔力が強過ぎて、そういう感情が欠落しているんですって。可哀想よね」
「ライリー様は優しいんだけど……候補からは、外れるのよね」
「やっぱり、愛されたいじゃない?」
クスクス笑いながら令嬢達は、理想の旦那様論を語っている。
そんな話を蒼で聞いたことはない。たぶん、キリの無い縁談話に対する、体のいい断り文句なのだろう。
そう思いながらも、ライリーが彼女たちの婚約相手に選ばれない事に、ホッとする自分に驚いていた。




