戴冠式・2
「ヴィオラ嬢?」
「ヒッ!」
肩を叩かれ振り替えると、ライリー様だった。 腕を取られ、引っ張り起こされた。
聞けば、カンテラの灯りが急に消えたのが見えて、心配になり、追いかけて来たのだとか。
「何かいるのです。 あのガゼボ近くにっ」
私は暗闇を指差しながら、必死に訴える。 ガサガサ物音がすると。
その時、また音が聞こえた。
ガサッ
「ヒャッ!」
思わずライリー様にしがみついた。 彼に肩を抱かれ、どことなく安心する。
ライリーが魔法を使い、カンテラに火が灯った。 その灯りでガゼボの方を照らすが、何も見当たらない。
「何もいませんよ」
クスッと笑いながら、ライリー様がカンテラを返してくれたのだが………、一度怖いと思ってしまったら、もうダメだった。 あの暗闇に、一人で立ち向かうのが。
「ありがとうございます」
「じゃ、気を付けて」
ライリーは踵を返して、会場の方へ戻って行ってしまった。
心細さを押し殺し、暗闇に消えるライリーの背中を見送ったヴィオラは、気合いを入れ直す。
(よしっ)
暗闇に向かい、一歩あゆみを進める。
(大丈夫、何もいなかったじゃない)
私はなるべく早足で、ガゼボ横を通りすぎようとしていた。
その時、植え込みの向こうに何かがいた。
「ッ!」
もう、声も出ない。
ガシャン!! 思わず同時にカンテラを落とし、私はその場にへたりこんだ。
数十メートル先の宮殿の入口には衛兵がいる。 そこまで走ろう。と、なんとか立ち上がり走り出したが、恐怖のせいで足がもつれ転んでしまった。
痛さと恐怖で涙が溢れ、視界が歪んできた。
「大丈夫か!?」
再び腕を掴まれた。目をこすり、顔を上げるとライリー様だった。
私は、思わず彼の胸に飛び込んだ。
「―――何かいます。あの植え込みの向こう」
指差した方向に、視線を向けたライリーは「あぁ」と言い、何かを悟ったらしい。
「送っていこう」
そう言うと、ライリーはハンカチをヴィオラに手渡した。
遠慮なく受け取ったヴィオラは涙を拭った。 微かにバラの香りがした。
宮殿の入口でライリー様にお礼を伝えると、彼は「部屋まで送ろうか?」と、艶やかに微笑んだ。
ドギマギして返答に困っていると、「冗談だよ」とカラカラ笑う。そして、耳元で囁いた。
「さっきの物音は、大人になったらわかるかもね」
ライリーはクスクス楽しそうに笑って、会場へと戻っていった。
※※※
「フハッ」
暗闇に笑い声が響く。 ライリーは、思い出し笑いをしていた。
日頃ツンケンしている、あのヴィオラが物音を怖がって、石畳にへたりこんでいた。
それも、才色兼備と言われる、あのヴィオラの顔が涙でぐちゃぐちゃだった。
他の誰も見たことがないだろう。
「ククッ」
追いかけて良かった。 良いものが見れた。
忍び笑いをしていると、段々とカンテラの灯りが近付き、声をかけられた。
「ライリー殿!」
グリシヌだった。息も切れ切れに問いかけてくる。
「ヴィオラを見ませんでしたか?」
「あぁ、彼女なら今しがた、宮殿の入口まで送ったが?」
「良かった……」
と、グリシヌが石畳にへたりこむ。
(この兄妹は、しゃがみこむのが癖なのだろうか)
そんな事をライリーは思っていた。
「何かあったのかい?」
興味本意で聞いたライリーは、後々後悔した。
―――晩餐会が行われていた会場を通り抜け、個室に入ったグリシヌとライリーは、カチリと鍵をかけた。
テーブルには、ワインとカード、それと果実水が置いてある。
ライリーは、グラスにワインを注ぎグリシヌに渡すが、彼は首を振る。 仕方なく、果実水を入れてやった。
「ヴィオラが狙われているかもしれない」
ライリーはワインにむせた。 激しく咳き込みながら、グリシヌを見る。
「なぜ?」
「わからない。初めは気のせいかと思っていたが、今日、確信した」
アンジェリカとヴィオラが『ユニコーンの乙女』になってから、各々が一人にならないように、護衛を付ける事になっていた。
それが、なぜかヴィオラには付かない事が多かった。 調べれば、伝達ミスや行き違いだったのだが、あまり気にしていなかった。 まぁ、王宮内なので衛兵もそこかしこにいる。
しかし、今日は違う。
帰りが深夜になることもわかっていた。 今までの行き違いや伝達ミスも加味して、オリバー、ラウル、アジュールにだけ相談した。
ヴィオラが隣室で控えているのは知っていたので、帰る時にオリバーに声を掛けてもらう事になっていた。
それなのに………
オリバーに、グリシヌからだと言って、メモを渡した人物がいる。
『頃合いを見て、連れて帰る』
そう書かれたメモだった。
几帳面なオリバーが「念のため」と言って声をかけてくれたので、直ぐに追いかけてきたそうだ。
「蒼の一族の中に、ヴィオラを邪魔に思っている人物がいるのは確実なのだろう。それが、嫌がらせの類いなら、まだいいのだが」
「それなら、部屋まで送り届けた方が良かったかな?」
何気なく言ったライリーの言葉に、グリシヌが立ち上がった。
「すまないライリー殿、付き合ってくれ」
「えぇぇぇぇ」
ライリーは、グリシヌに引きずられるように部屋を出た。




